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サイエンスショップ -市民のための科学相談所(平川秀幸 氏 / 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 准教授)

2008.11.19

平川秀幸 氏 / 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 准教授

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 准教授 平川秀幸 氏
平川秀幸 氏

 2007年4月、大阪大学コミュニケーションデザイン・センターに「サイエンスショップ」が開設された。サイエンスショップとは一言でいえば「市民のための科学相談所」であり、科学や技術、人文・社会科学の専門性が必要な問題について、市民グループやNPO、教育関係者などからの相談や依頼をもとにリサーチを行い、依頼者の問題解決や社会活動をサポートする組織である。具体的には、大学などの研究者や学生を「研究協力者」として募り、依頼者とのマッチングをはかることを基本的な業務としている。

 サイエンスショップは、オランダや米国で1960年代から70年代にかけて誕生し、各国に広がったものであり、近年はアフリカやアジアにも広まりつつある。オランダなど欧州諸国では、教育カリキュラムの一部として、教員の監督・指導のもと、学生主体でリサーチを行っている大学も多い。日本でも、ごく少数ながら同様の活動を行っているNPOがあり、大学でも、公害問題などで市民を支援する調査や研究を行ってきた研究者個人や研究室は数多い。しかし、大学全体を対象とした社会との窓口組織としてのサイエンスショップは、阪大と神戸大(阪大と同じ2007年4月に開設)のものが初である。

 このうち、筆者が代表を務める大阪大学サイエンスショップでは、2007年度に試験プロジェクトとして、大学の近くを流れる猪名川と藻川の清流化に取り組む漁協関係者や市民グループの依頼で、そこで獲れるアユの汚染度調査などを行った。現在は、科学技術振興機構・社会技術研究開発センターの受託研究「市民と専門家の熟議と協働のための手法とインタフェイス組織の開発」(2007-12年度)の一環として、より本格的な学生主体のリサーチを運営する方法論を確立するため、比較的簡単なテーマを扱う「短期研究調査」を実施中で、大学院生も含めた10数名の学生が参加している。将来的には授業化も視野に入れている。

 こうした活動を通じてサイエンスショップが目指していることは何か。一つはいうまでもなく、NPOなど市民セクターの支援である。現代社会では、まちづくりや環境保全、福祉、食の安全確保などさまざまな公共的問題において、市民セクターが果たす役割への期待が大きくなっている。とくに、独自のリサーチをもとに、現状の制度や政策、企業活動などの問題点や課題を明らかにし、社会に情報発信したり、魅力的で実効性のある代替策を提案したりする「アドヴォカシー」機能が重要だと言われている。

 ところが現状では、そうした役割を果たすのに十分な専門性を備えた団体は非常に限られている。個々の市民も、専門性の壁を前に、問題について自ら調べ、考え、行動する権利を放棄せざるをえず、メディアに流れる安易な情報に振り回されたり、専門家任せ、行政任せになってしまっている。そうした日本の市民社会の現状を、研究者としてなんとかできないか。これこそ、筆者が10年ほど前からサイエンスショップに注目し、実際に開設するに至った一番の動機である。

 もう一つ重要な目的は、学生や市民の「リサーチリテラシー」の醸成である。これは、単に知識を身につけることに留まらず、自ら問題を発見・設定し、リサーチの方法を考え、異分野や異業種、異なる生活経験など多様な背景をもった他者と議論し、協働しながらリサーチを実行するとともに、その成果をインターネットや映像表現なども含めた多様な手法で社会に発信するための一連の能力のことである。学生にとっては、将来、研究職も含めてさまざまな職場でその専門性を活かしていくのに必要な基礎的能力であるとともに、一市民として、社会の問題を理解し、他者と協働しながら解決したり、地域や国の政策形成に参画していくための力でもある。サイエンスショップではこの力を、利用者である市民にも、自らリサーチの一部を担う「参加型研究」を通じて高めてもらい、「自分で調べ、他者と知を分かちあう」という行為が日常生活や社会生活の中でもつ意味や価値、面白さを体得してもらうことを目指している。

 また、そこにかかわる知は学問的なものばかりではないと考えている。研究者コミュニティも含めた社会のさまざまな場所で働き、暮らしている多様な人々の知識や知恵、経験が交わるところにリサーチリテラシーは育まれる。そうした社会のあちらこちらに偏在している知を結びあわせ、互いに活用できるようにすることこそ、サイエンスショップの核心である。

 かつて江戸時代の日本社会では、「町人」と呼ばれる人々が、武士や公家とは独立に、町政や公事を担う自治を営んでいた。大阪大学のルーツである学問所「懐徳堂」もそうした町人の力で作られた。リサーチリテラシーは、この伝統を、「知識基盤社会」とも呼ばれる現代の社会で、より多くの市民のあいだで再興するためのものであり、サイエンスショップは、そのために社会が備えるべき知的インフラの一つだといえるだろう。

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 准教授 平川秀幸 氏
平川秀幸 氏
(ひらかわ ひでゆき)

平川秀幸(ひらかわ ひでゆき)氏のプロフィール
1964年東京生まれ。89年国際基督教大学 教養学部理学科卒、91年東京工業大学理工学研究科応用物理学科 修士課程修了、2000年国際基督教大学大学院 比較文化研究科博士 後期課程博士候補資格取得後退学、京都女子大学現代社会学部 助教授などを経て、06年から現職。博士(学術)。1998年末から2000年まで、(財)政策科学研究所 客員研究員として、科学技術政策関係の調査プロジェクトに参加。専門は科学技術社会論(科学技術ガバナンス論、市民参加論)。共著書に「公共のための科学技術」(玉川大学出版部)、「科学技術社会論の技法」(東京大学出版会)「科学技術ガバナンス」(東信堂)など。

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