リニアモータで走行する地下鉄電車の愛称が「リニアメトロ電車」である。この電車のコンセプト作りから、研究開発・実用化試験を経て、営業運転できるまでには、満15年の日数を要した。この電車の技術概要と特徴、現状、およびこの研究開発が成功した経験則を紹介したい。
「リニアメトロ電車の概要と特徴」
リニアモータとは
家庭で使用されている扇風機のモータはくるくる回転する部分と、回転している周囲にある丸い形状で巻かれた電線(コイル)の部分から成り立っている。この丸い回転の部分と丸いコイルの部分を、丸い形状からお菓子の羊羹(ようかん)のように平べったい形状に変えたモータをリニアモータという。扇風機のモータを正確に表現すると回転形(ロータリ)モータ。それに対して平べったい直線形モータなので、すなわち直線形(リニア)モータという。リニア(Linear)は直線という意味である。
電車の仕組み
電車を正面や側面から見ると、従来の回転モータ電車より床下部分が低いと感じる以外は、外観上ほぼ同じである。リニアメトロ電車と回転モータ電車の仕組みを構成する装置の中で大きな違いは、リニアモータ、リニアモータを取り付ける台車、およびリアクションプレートである。以下、この3つの装置について述べる。
リニアモータ
リニアモータのコイル(1次側)とリニアモータのリアクションプレート(2次側)が12ミリのすき間を保って別々に取り付けられている。このコイル(1次側)の寸法は長さ方向2.5メートル、幅方向0.7メートル、高さ0.4メートルで重量は500キロである。このモータが電車1両に2台ある台車(車輪と車軸より構成され、それぞれ4個と2個)にリニアモータが1台ずつ取り付けられている。
台車
リニアモータを取り付ける台車の寸法は長さ方向2.7メートル、幅方向1.6メートル、高さ0.7メートルで重量は4トンである。
リアクションプレート
リニアモータの2次側となるリアクションプレートは電車が走行する軌道の中央位置に鉄レールと並行して取り付けられている。大きさは長さ方向5メートル、幅方向0.4メートル、高さ3センチである。なお、高さ方向はアルミニウム板(厚さ5ミリ)と鉄板(厚さ2.5センチ)の合板である。
「リニアメトロ電車の特徴」
小断面トンネルで建設コストが低減
リニアメトロ電車は床下の高さが低くなるため、高さは3.1メートル、幅は2.5メートルである。このため、トンネル断面は従来の回転モータ電車のトンネル内径に比較して約半分に縮少でき、トンネルの建設費が低減できる。なお、リニアメトロ電車の高さが、従来の回転モータ電車に比較して0.5メートルも低くできるのは リニアモータの平べったい形状により電車の床面高さが0.5メートル低くなったことに起因する。
8%の急こう配路線を走行可能
回転モータ電車が走行する路線こう配は3%程度が限度である。しかし、リニアメトロ電車はリニアモータの特徴により8%%程度の急こう配を走行できる。路線の急こう配化によって地下鉄区間から地上の車両基地までのトンネル区間の長さを短縮したり、または郊外で地上走行する場合に地下区間から地上区間までトンネル区間が短縮できることで、建設コストが大幅に低減できる。
急曲線も小回り走行
回転モータ電車は 台車に回転モータの回転数を減少する歯車装置や、回転モータと減速歯車を接続する装置などが取り付けられ複雑な構造となっている。一方、リニアメトロ電車はリニアモータが台車に取り付けられているだけの簡単な構造になっている。このためリニアモータ台車は、曲線の具合に応じて車軸(鉄車輪と両側の車輪を一体に結びつけている軸)の向きが変化するステアリング(案内)機構を採用できる。この機構により、半径50メートルまでの急曲線での小回り走行ができ、柔軟な路線設定が可能となる。従って、公用道路の下部空間のみにトンネルを建設することができ、私有地を購入しなくて済むことから建設費が低減できる。なお、回転モータ電車が無理なく走行できる急曲線の半径は100メートル以上である。
「リニアメトロ電車の現状」
リニアメトロは、リニアメトロ電車を導入した地下鉄の別称である。このリニアメトロは、1990年3月に日本で最初に大阪市交通局・7号線(京橋駅-鶴見緑地駅間5.2キロ)に適用され、「花の万博」の入場者輸送に大きな役割を果たした。その後、長堀鶴見緑地線(旧路線名は7号線)は97年8月に全線(大正駅~門真南駅15キロ)が開業して、17駅を約30分で結んでいる。
91年12月に東京都交通局・12号線(光が丘駅ー練馬駅間3.8キロ)が営業開始し、その後97年12月に練馬駅と新宿駅間9.1キロが営業に入った。2000年12月に環状部27.8キロを加えて、大江戸線(旧路線名は12号線)40.7キロが全線営業開始した。
そのほか神戸市交通局・海岸線(7.9キロ)が01年7月に、福岡市交通局・七隈線(12キロ)が05年2月に、大阪市交通局・今里筋線(11.9キロ)が06年12月に営業を開始した。その後、横浜市交通局・4号線(13.1キロ)が08年3月に営業を開始している。また、仙台市交通局・東西線(14キロ)が15年度の営業開始を目標に建設に着手した。従って、今日現在、全営業路線長100.6キロに、約1,000両のリニアメトロ電車が走行している。
「リニアメトロ電車の研究開発に成功した経験則」
リニアメトロ電車の研究開発でプロジェクトリーダを務めた経験を通して得られた、研究開発を成功させる経験則を紹介したい。
Process
研究開発の内容を十分に調査の上、検討し、その本質を把握した後に、研究開発をスタートする。研究開発する際、他社が研究開発しているから、幹部が研究開発を指示しているから、およびマスコミで話題になっているからなどの理由から研究開発をしたテーマは必ず失敗プロジェクトになっている。また、研究開発をスタートしたら途中では絶対に中止してはならない。研究開発のProcessの中で、次の3つの過程(HOP、STEP、JUMP)を経ることで研究開発は成功する。
HOPは、周囲(上長を含む幹部など)が、責任上や不安から時々、ストップをかけるが、その時は信念を持って十分に説明する段階である。
STEPは、周囲(部外者など)がねたみ始めてきたら、半分は成功の段階である。
JUMPは、周囲の人々が集まって来るようになったら成功は目前の段階である。
Intention
研究開発の途中ではいろいろな困難が生じ苦しい時があるが、その時に、その研究開発を楽しくする3つの意図する項目を実践することで、研究開発は成功する。最初にこの研究開発が成功した時のことを考える。すなわち、「将来を考える」と「明るくなる」。「明るくなる」と「楽しくなる」。「楽しくなる」といろいろな困難も苦しくなくなり、研究開発は成功の方向に導かれる。
Policy
研究開発を実行するときに絶対に考えてはならぬ3カ条は、(1)他人に良く思われようと考えるな!(2)自身の代で、研究開発を完成させようと考えるな!(3)途中で中止しようと考えるな!ーである。
(1)は、上長をはじめ周囲の人々に良く思われる(評価が良好)のではなく、研究開発に夢中で、時には他人から変人扱いされる状態が良い、などの意味を含んでいる。
(2)は、プロジェクトリーダは、自身がリーダの位置にいる期間内にその研究開発を成功させようと焦ることなく、時には成果は部下の時期になると考えて研究開発を遂行する状態が良い、などの意味を含んでいる。
(3)は、研究開発の成果がなかなか生じないことが多く、上長などから研究開発に途中でストップがかけられることがある。その時は信念を持って、研究開発の重要性を上長に説明し、了解を得る渉外能力が必要、などの意味を含んでいる。
リニアメトロ電車の研究開発を通して把握できたことは、人材が大切であり、その人材は高学歴者でも、知識者でもなく、(1)夢を出せる人 (2)知恵を出せる人 (3)元気を出せる人ーが集まり、研究開発する時に成功する、ということだった。その人材は以下の3つの「本気ですれば」を身につけた人材でもあった。
(1)本気ですれば大抵のことができる (2)本気ですれば面白い (3)本気ですれば誰かが助けてくれるー。
安藤正博(あんどう まさひろ)氏のプロフィール
新潟県出身。山形大学工学部電気工学科卒、1963年日立製作所入社、システム事業部輸送システム部部長、同事業部主管技師長などを経て、2000年交通システム事業部主管技師長。03年から現職。地下鉄にリニアモータ電車が導入される15年ほど前に地下鉄事業者にリニア電車の導入を提案するなどリニアモータ電車の研究開発を早くから推進し、「ミスター・リニアメトロ」とも呼ばれている。リニアモータ電車の開発で、電機工業技術功績賞、市村産業省(貢献賞)、2001年文部科学大臣賞(科学技術功労賞)など受賞。01年から05年日本技術士会副会長も。