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高まる家庭用ロボットへの期待(杉浦孔明 氏 / 情報通信研究機構 専門研究員、国際電気通信基礎技術研究所 研究員)

2008.08.13

杉浦孔明 氏 / 情報通信研究機構 専門研究員、国際電気通信基礎技術研究所 研究員

情報通信研究機構 専門研究員、国際電気通信基礎技術研究所 研究員 杉浦孔明 氏
杉浦孔明 氏

 北京オリンピックを1カ月後に控えた2008年7月、家庭用ロボットの世界大会「ロボカップ@ホーム」が中国で開催された。大会では、各国の研究チームの製作したロボットが、ごみの片付け、人と対話しながら場所を学習する、など日常生活に役立つ機能をどれだけ正確にできるかを競う。この大会はロボカップと呼ばれる大会のリーグのひとつで、他のリーグではロボットによるサッカーやレスキューの技術が競われている。

 ロボカップでは競技の勝敗も醍醐味(だいごみ)であるが、競技を通じて生まれる科学技術を社会に還元することが最も重視されている。前述のロボカップ@ホームも、生活環境で人間を支援する実用的な技術を切磋琢磨(せっさたくま)することが目的である。このような大会が開かれるようになった背景には、家庭用ロボットが現実味を帯びてきたことがある。

 少子高齢化社会に突入した日本では、生活環境で人間を支援するロボットへの期待が高い。「イノベーション25」には、生活支援ロボットに関連する技術が2025年までに目指すべき革新技術として構想されていることに加え、企業からも生活支援ロボットのフラグシップ的製品が次々と発表されている。多機能なロボットが家庭に導入されるまでには、なお多くの課題を解決しなければならないものの、生活支援ロボットに関するものづくりにおいて日本は世界をリードしているといえる。

 では生活支援ロボットの実現に向けて解決すべき課題は何であろうか?

 そのうちのひとつは人間との自然なコミュニケーションである。例えば「コップ持ってきて」という命令を聞いて、食器棚に向かうのか、目の前のテーブルに手をのばすのか、など適切な行動を選択することは、現在のロボットの対話技術にとって難しい問題である。家の中には候補となる「コップ」が多く存在し、食事の準備か片付けのためかなどによって、ユーザに渡すべき対象は異なるためである。

 それに対し、家族にコップを持ってきてもらう場合は省略した言い方でも通じることが多いうえ、わからなければ聞き返すだろうという期待がある。つまり、人間はそれまでの経験から、相手が自分の発言をどれくらい理解できるかに関して暗黙的な知識がある。しかし、ロボットと対話するユーザにとって、ロボットが状況をどれだけ理解しているかを推定するのは難しいだけでなく、ロボット側にもユーザの理解モデルがないため、両者の対話はちぐはぐになりがちである。

 したがって、ロボットに人間と自然にコミュニケーションさせるためには、ユーザや状況への適応手法を確立する必要がある。現在のところ、数十個の物体と簡単な会話に限定すれば、ユーザとの対話経験を通じて適切な行動を学習し、ユーザの命令がたとえ省略されていても、ぬいぐるみなどの物体をつかんで移動させることのできるロボットが開発されている。しかし、ロボカップ@ホームに代表される研究室以外の環境や、その先にある実際の家庭への適用には、より複雑な状況や対話への対応が必要である。このためには、非接触式タグつきの家具など、環境に埋め込まれた情報も統合して、新たな知識を獲得したりユーザに適応したりする手法を開発する必要があるだろう。

 私は知能ロボットの研究者としてはまだ駆け出しであるが、イノベーション25が描く2025年には40代後半になっている。それまでの期間に、より安全安心な社会、特に体が不自由であっても豊かな生活が妨げられない社会の実現に貢献できるような研究人生を送りたい。

情報通信研究機構 専門研究員、国際電気通信基礎技術研究所 研究員 杉浦孔明 氏
杉浦孔明 氏
(すぎうら こうめい)

杉浦孔明(すぎうら こうめい)氏のプロフィール
1978年生まれ。 2002年京都大学工学部電気電子工学科卒業、04年同大学大学院情報学研究科修士課程修了、07年同大学大学院情報学研究科博士後期課程修了。博士(情報学)。06-08年日本学術振興会特別研究員。08年から現職。知能ロボティクス、特にロボットによる言語獲得の研究に従事。7月、中国・蘇州で開催されたロボカップ2008世界大会の家庭用ロボット部門「ロボカップ@ホーム」リーグで優勝した日本チームロボットの音声対話・未登録語学習機能開発責任者。

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