
言うまでもなく、資源のない我が国は、人と知恵で厳しい国際競争社会を生きていかざるをえない。科学技術の振興と人材の育成はその要であり、そのための戦略については、既に、各所で多くが語られている。ここでは、やや異なった視点で、「“鼎(かなえ)型”の科学技術の展開と人材育成の必要性」について意見を述べてみたい。
“鼎”は、3本の脚を持つ。今後の科学技術やそれを担う人材も、三つの専門性を合わせ有する必要がある、というのが、“鼎型”科学技術展開のポイントである。
第1は、情報学やナノ、バイオ等の専門性、言うまでもない通常の意味での科学技術分野の「専門性」である。しかし、これだけで、これからの社会の中で新たな価値をつくり、国際競争力のあるビジネスやサービスの展開に結びつけていくことは困難である。例えば、小生が関わる情報学分野で言えば、多くの場合、“情報学の専門性”は言わば手段であり、実際の価値あるサービスを形成するのは、その“適用分野”である。環境、製造、金融、流通、交通、エンタテーメントなどなど、あらゆる適用分野での価値を生むことが要求され、その分野への知識、興味、見識が合わせ必要となる訳である。もちろん、他の分野においても、グローバルレベルの課題やビジョンに対応することが求められ、また、多くの問題解決は、多くの分野の知見の融合によりなされるという大きな変化もある。かつてよく言われた、π型戦略、人材育成でいえば、ダブルメジャーはこの観点をいっている。つまり、第2の専門性の必要性である。
しかし、これら二つの専門性でもまだ十分ではない。その由縁は、研究・開発の方法論の大きな歴史的パラダイムシフトと無縁ではない。
科学技術研究・開発に関する「第4の方法論」への移行が、パラダイムシフトのポイントである。数千年前から実験・観測を主とする「実験サイエンス」が、数百年前から、それらを体系、一般化する「理論サイエンス」が、数十年前からモデルを立て、シミュレーションを行う「計算サイエンス」が、そして、今やネットワークやコンピュータを駆使して、以上の三つの方法論の結果や「知のストック」たる研究成果、データベース等を統合し、その中から新たな知を発見、活用、形成する第4の方法論「E-サイエンス」がその主役になりつつあるというパラダイムシフトである。
欧米で急速に進みつつあるこの「E-サイエンス」の方法論こそ、科学技術や人材に求められる“第3の脚”となるものである。即ち、専門性を具現、活用する武器としての「E-サイエンス」手段の具備である。この意味で、「E-サイエンス」は、言わば科学技術のIT革命、人材育成方法論のIT革命に相当する。
科学技術の推進には、スーパコンピュータや各種実験装置、観測装置などの研究リソース、アイディアや成果の共有などが不可欠である。E-サイエンスでは、これらの研究リソースを、ネットワーク上で共同利用することにより、より強力な共同研究の推進が可能となる。例えば、我が国の地震の観測網では、多くの大学や気象庁の観測データをリアルタイムで統合・共有する体制を、学術情報ネットワークSINET3のVPN機能上に実現している。
我が国では、このE−サイエンス推進やそのための基盤提供は、文部科学省の科学技術学術審議会の答申を受けて、国立情報学研究所が中心になり、多くの大学等の協力を得て、「サイバーサイエンスインフラストラクチャ(CSI)」として実現に向けて努力している。
図にサイバーサイエンスインフラの構造を示す。先ず、学術・研究コミュニティ全体を結ぶネットワークの強化とその国際化、各種の研究リソースを連携活用するためのミドルウェア、コンテンツの共同確保や成果たる学術コンテンツの発信強化システム、これらを支える人材育成などを、シームレスに融合することを目指している。

サイバーサイエンスインフラストラクチャー -
CSIの詳細は、国立情報学研究所(NII)ホームページを参照されたし。
我が国の科学技術とその人材育成が、専門性の深化と、ターゲットビジョンの共有、そしてE-サイエンスの具備の「鼎型」の体制により、一層アクティブに国際的リーダシップを発揮できることを念じたい。

(さかうち まさお)
坂内正夫(さかうち まさお)氏のプロフィール
1975年東京大学大学院工学系研究科修了。同工学部電気工学科講師、生産技術研究所助教授を経て86年同教授。98年東大生産技術研究所所長、02年国立情報学研究所副所長、05年から現職。02年から生産技術研究所教授を併任。工学博士。専門は情報処理。日本学術会議会員。同会議情報学委員長。総務省情報通信審議会委員、同情報通信技術分科会長代理、文部科学省情報科学技術委員会委員長代理、ITS Japan副会長なども。