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アホウドリの聟島再導入(山岸 哲 氏 / 山階鳥類研究所 所長)

2008.06.11

山岸 哲 氏 / 山階鳥類研究所 所長

山階鳥類研究所 所長 山岸 哲 氏
山岸 哲 氏

 山階鳥類研究所では、絶滅危惧種アホウドリの雛(ヒナ)10羽を、伊豆諸島の鳥島の繁殖地から小笠原諸島聟島に本年2月に移送し、約3カ月間人工飼育した結果、5月25日までに全ての個体を巣立たせることに成功した。巣立ち前に長期にわたり飼育された雛は聟島を生まれ故郷と考えて、数年後に繁殖のために戻ることが期待できる。

 これまで、こうした雛の移送例としては、巣穴営巣性のニシツノメドリの雛を、カナダのニューファンドランドから約1,610Km離れた米国メイン州のイースタンエッグ岩礁とシール島へ各1,000羽ほど移送し人工飼育した例がある。移送雛の繁殖は両地ともに8年後から始まり、イースタンエッグ岩礁では16〜19つがい、シール島では40つがいに増加した。

 これに対し、地表営巣性海鳥では移送例は少なく、ハワイのアカアシカツオドリ、オーストラリアのオーストラリアシロカツオドリ、ニュージーランドのニュージーランドヒメアジサシくらいで、アホウドリ類では今回が世界初の試みである。

 アホウドリは、現在地球上に、鳥島と尖閣諸島生まれのものが合計2,500羽程度生息すると推定されているが、鳥島は火山島で噴火の危険があること、尖閣諸島は調査や保護活動がままならないことが、本種の回復にとって大きな不安要因となっていた。そこで、鳥島での回復が順調になってきたこの数年、かつての繁殖地のいずれかに再導入を行い、第3の繁殖地を作る計画が関係者の間で現実味を帯びて語られるようになってきた。

 今回の再導入計画実施の発端はアメリカ政府の呼びかけにあった。アホウドリは非繁殖期にアラスカ沖などの合衆国の領海に生息するため、同国の絶滅危惧種に指定されている。同国では国内法によって、絶滅危惧種に指定後、一定期間以内に具体的な数値目標を盛り込んだ回復計画を作成し、実施することが政府に義務づけられている。アメリカ政府は、本種の回復計画の策定段階から日本の参画を持ちかけてきたのだ。

 回復計画策定チームでは、総繁殖個体数、増加率に数値目標を定めるほか、3カ所の集団繁殖地が存在し、そのうちの2つは火山がない場所であることが必要といった非常に具体的な目標を設定した。そしてこの基準をクリアして絶滅危惧種から外されない限り、アラスカ沖での漁業でごく少数のアホウドリが漁網に混獲されるだけで漁場が閉鎖になるといった極めて厳しい規制が解除されない。

 こうしたいきさつから、今回の計画は予算の大きな部分をアメリカ政府の資金によっている。日本でも、いわゆる種の保存法の定めによって保護・回復の対策がなされうる規定にはなっているが、アメリカ合衆国で定められている施策の具体性や強制力には残念ながら遠く及ばない。今後見習わなければならない点であろう。

 アホウドリのもうひとつの幸運は、従来の繁殖地である鳥島、再導入の場所である聟島ともに離島であるために、産業などの利害が比較的少なく、保護対策を例外的にスムーズに実施することができた点がある。多くの絶滅危惧種では、生息地に利害をもつ人や産業が存在し、保護施策と地域の産業や住民の利害との調整が大きな課題となり、アホウドリの場合にもまして大きな努力が求められるのが通例である。

 ところで、今回のプロジェクトが成功するかどうかは、ひとえに繁殖齢に達した雛たちがおよそ5年後に聟島へ帰ってくるかどうかにかかっている。ミッドウェイ環礁のコアホウドリを1カ月齢と5.5カ月齢で5Km離れた島の他個体の巣に移す先行実験(Fisher 1971年)では、1カ月齢で移された中で無事巣立った雛の35%は3年後に移送先の島に戻り、誕生地に戻った雛はいなかったが、5.5カ月齢時に移した雛では3年後に移送先の島に戻った雛はわずか5%であった。これらの結果から、今回約1カ月齢の鳥島の雛を聟島列島に移送し人工飼育を試みたわけである。聟島への「刷り込み」を確実にするために移送時期を早めると、人工飼育が難しくなるというトレイドオフの中で、今後どのように早い日齢で雛を移送するかという大きな問題が残されている。

 さて、アホウドリの回復のための課題は、ひとつは今回始まった聟島への再導入をいかに成功させるかにあるが、もうひとつは、繁殖地ばかりでなく、洋上の採餌海域を含む生息環境全体の保全であろう。特に、採餌海域の海洋汚染、また漁業による混獲はアホウドリの将来にとって大きなリスクとなる。リスク回避のためにはまずアホウドリの採餌海域を特定することが必要で、日米の研究者が、人工衛星による追跡によって繁殖期、非繁殖期の採餌海域の調査に着手している。

 アホウドリの保全にとって繁殖地が離島であることは幸運であったと述べたが、他方、離島であるために実際に現場に赴く研究者には肉体的な体力が、そして実施する主体には組織の体力が要求される。今回の10羽の巣立ち成功は聟島再導入の計画のほんの始まりにすぎない。日米の政府を初めとする多くの方々の援助を仰いでなんとかこの計画を成功させ、アホウドリを確実な復活に導いてゆきたいものだ。

山階鳥類研究所 所長 山岸 哲 氏
山岸 哲 氏
(やまぎし さとし)

山岸 哲(やまぎし さとし)氏のプロフィール
1939年長野県生まれ、57年長野北高校卒、61年信州大学教育学部卒、大阪市立大学理学部教授、京都大学大学院理学研究科教授などを経て、2002年から現職。東京農業大学客員教授、応用生態工学会会長も。理学博士。専門は、主に鳥類を研究対象とした、動物生態学・動物行動学・動物社会学および鳥類学。1993-97年日本鳥学会会長。「保全鳥類学」(京都大学学術出版会)、「けさの鳥」(朝日新聞社)、「オシドリは浮気をしないか」(中央公論新社)、「これからの鳥類学』(裳華房)、「マダガスカル自然紀行」(中央公論社)、「鳥類の繁殖戦略上・下」東海大学出版)など著書多数。

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