オピニオン

価値を生む知識とは(山本修一郎 氏 / NTTデータ・システム科学研究所長)

2008.02.13

山本修一郎 氏 / NTTデータ・システム科学研究所長

NTTデータ・システム科学研究所長 山本修一郎 氏
山本修一郎 氏

 最近、BlogやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に代表されるように、コミュニケーションの活性化や情報交換等を目的として、企業や消費者を中心に、社会の様々な場面における新たな情報技術の活用が進んでいます。

 このような社会や企業におけるコミュニケーションのデジタル化の急速な進展に伴い、コミュニケーション内容もまたデジタル化されています。このことはこれまでその場で消費され消失していた情報がデジタル化され、ネットワークによって記憶されるようになってきたことを意味しています。これはとりもなおさず、ネットワークに発信され記憶されたデジタル情報が指数関数的に増大していくことだともいえるのです。したがって、このデジタル・コンテンツを分析活用するための新しい情報技術や方法論の開発が求められているのです。

 たとえばWeb上で発信されるテキスト文章を自然言語解析することで、どのような単語がネットワーク上で利用されているかをリアルタイムに調べることができます。人間がネットワーク上で発信する情報を人間の力だけではとても瞬時に調べつくすことはできませんが、コンピュータを使うことでそれが可能になるのです。またネットワーク上でどのような話題が人々の関心を集めているかを知ることで人間の知的創造や意志決定行為を支援することもできると考えられます。

 しかしながら、BlogやSNSを活用した企業や社会における知識コミュニケーションに関する研究や適用手法に関する議論はまだ始まったばかりです。このような知識コミュニケーションのデジタル化が知識流通にどのような影響を及ぼすのか、そして知識流通をさらに促進するためにはどのような取り組みが必要になるのかなどの課題についての知見を共有することが重要ではないでしょうか?

 (社)人工知能学会では、「知識流通ネットワーク研究会」を設立して、この問題に取り組んでいます。1月24日に開催した第1回研究会では、企業内SNSによる情報共有活性化の取り組み事例、コミュニティ生成メディア(CGM,Consumer Generated Media)に基づく社会規範型知識流通モデルの提案、知識経営とweb2.0を活用したビジネスインテリジェンス(BI=Business Intelligence)サービスの有効性、120万語を擁する巨大検索ディレクトリの自動生成について報告がありました。これらの詳細については研究会のホームページからダウンロードできますのでご覧ください。以下ではこの研究会のパネルで議論した「価値を生む知識とは」について紹介します。

 巨大検索ディレクトリ「鳥式」ではインターネットの公開情報から用語辞書を自動生成して検索に役立てる取り組みを進めています。この用語辞書では「アオブダイ」などの対象を特定するための上位下位関係に基づくシソーラスと「調理法」など対象用語の利用法や準備を特定するためのシナリオ関係からなる2階層構造を持っています。ある用語で示される技術やサービスをどのような場面で使うのかと考えれば、対象用語とシナリオ関係という考え方は、企業内SNSにおける知識流通にも適用できそうです。

 また「鳥式」では対象用語に対する利用シナリオに含まれるトラブル表現を解析することで、その用語が持つ想定外のリスクを提示できる点にも特徴があります。イノベーションでは想定外のできごとに気づくことが大切です。「鳥式」では用語の利用シナリオ例から予想外の使い方を検索できます。一方、企業内SNSでは、社員全員が参加することによって、一つの話題を異なる価値観をもつ社員同士がリアルタイムに協力して多様な観点から知識を交換できます。両者の方法は対立するものではなく相補的に組み合わせた研究が望まれます。

 岩波の広辞苑第六版では項目数が24万ですから「鳥式」は広辞苑の6倍の用語数を持っています。しかしインターネット上のWeb空間から収集される用語には一過性のものや趣味性の高いものも多く、必ずしもビジネスで役立つものばかりではありません。最終的には人間の価値判断が大切になります。

 またパネルでは「知のコモディティ化」なども議論しました。

 もし知識がある組織の中だけで流通するとしたら、当初は個人間の視点や知識の差があることで知識流通が最初は活性化するかもしれないが、そのうち知識が増えなくなるのではないか?

 この論点でも、技術的な取り組みだけではなく、コミュニティの背後にある相互信頼などの社会的側面の研究が不可欠であるとの共通認識が得られました。

 21世紀の知識創造社会で求められる知識の創造から流通コミュニケーションに関する課題を解決するために、技術的側面と社会的側面の両面を融合する知識流通ネットワークの研究が進むことを期待しています。

NTTデータ・システム科学研究所長 山本修一郎 氏
山本修一郎 氏
(やまもと しゅういちろう)

山本修一郎(やまもと しゅういちろう)氏のプロフィール
1979年名古屋大学大学院工学研究科情報工学専攻修了、日本電信電話公社入社、2002年(株)NTTデータ技術開発本部副本部長、07年から現職、NTTデータ初のフェローにも。プログラム言語処理系やソフトウェア開発方式の研究、Web環境におけるデータ連携やサービス連携方式の実用研究にかかわる。著書に「ゴール指向によるシステム要求管理技法」(ソフト・リサーチ・センター)、「~要求を可視化するための~要求定義・要求仕様書の作り方」(ソフト・リサーチ・センター)、「誰も語らなかったIT 9つの秘密」(ダイヤモンド社、共著)、「ICカード情報流通プラットフォーム」(電気通信協会、共著)、マルチメディア情報学「相互の理解」(岩波書店、共著)など。

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