本年7月、マグニチュード(M)6.8の新潟県中越沖地震が発生し、柏崎市や刈羽村を中心に大きな被害を生じた。3月に能登半島で起きたM6.9の地震の記憶も冷めやらないうちの出来事だった。その2年前の2005年3月にはM7.0の福岡県西方沖地震、さらにその半年前の2004年10月にはM6.8の新潟県中越地震が発生して甚大な被害を生じている。まさにわが国は地震大国であり、天災は忘れないうちにやってくる。
このように大きな地震が続くと、必ずといってよいほど「日本列島全体が地震の活動期に入った」という表現がマスコミ界から発せられる。言いたくなる気持はわかるが、本当にそうであろうか? ちゃんと確かめたのだろうか? この種の報道に接するたび、いつも思い浮かぶのは「虫の眼、鳥の眼」という言葉だ。言うまでもなく、虫の眼は微視的かつ詳細に物事を見る視点、鳥の眼は俯瞰的・大局的に物事をとらえる視点である。微分的アプローチ、積分的アプローチと言い換えてもよい。
人間の記憶は最近の事柄ほど鮮明であり、ややもすると刹那的な印象で物事を判断しがちである。虫の眼で観察したことが、鳥の眼でも同じように見えると錯覚してしまうことがある。たまたま短い期間に地震が連発したからといって、長期的に地震活動が高まっているかどうかは別問題であり、軽々な判断は禁物だ。まずは、じっくりと長期の地震データを客観的に眺める必要があり、虫の眼から鳥の眼へと視点を切り替えねばならない。
下の図は気象庁の地震カタログが整備されている1923年8月から最近までの84年間で日本周辺で発生した大きめの地震の発生状況をマグニチュード別に見たものだ。M8級の地震はおおむね10年に1回、M7級の地震は年1回、M6級の地震は年10回ほど発生しており、そのペースは驚くほど一定だ。自然界はそんなに変化しないのである。
我々の住む直下で発生し、被害を伴う可能性の高い地震として、内陸および沿岸部の浅いところ(深さ30km以浅)で発生したM6.5以上の地震だけを拾い出すと、同じ84年間に32個の地震が抽出される。これを同じく積算回数図にすると、数が少ないため多少ぎくしゃくはするものの、やはりほとんど直線状になり、近年特に増えたり減ったりということはない。鳥の眼で長期的・大局的に眺めると、「日本列島全体が地震の活動期に入った」という考え方は誤りであることがわかる。
では日本列島全体ではなく、首都圏とか西日本とか、地域を限った場合はどうだろうか。今度は、虫の眼の出番である。首都圏では1923年の関東地震以降、被害を伴うような大きな地震を経験していないが、それ以前は東京周辺で大きな地震が頻発した。一方、西日本でも、太平洋沖合における南海地震の発生を境にして、それに先立つ期間では内陸で大きな地震が頻発し、その後は静穏化する傾向が知られている。このような特徴は巨大地震を発生させる領域の周辺で歪みエネルギーの蓄積と解放が規則的に繰り返されるという物理的背景によって理解できよう。
ある特定の地域を取り出すと地震の活動期や静穏期が見えてくるが、日本全国でくくってしまうと、そのような傾向は見られなくなる。これは、各々の地域が独自のサイクルを持って地震の活動期・静穏期を繰り返しており、全体を足し合わせてしまうと特徴が消えてしまうためであろう。対象とする問題の性質によって、虫の眼、鳥の眼はしっかりと使い分けねばならない。
本記事は、「日経サイエンス誌」の許諾を得て2008年1月号から転載
岡田義光(おかだ よしみつ)氏のプロフィール
1945年東京生まれ、67年東京大学理学部地球物理学科卒、69年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、70年東京大学地震研究所助手、80年理学博士号取得、国立防災科学技術センター第2研究部地殻力学研究室長、93年防災科学技術研究所地震予知研究センター長、96年同地震調査研究センター長、2001年同企画部長、06年から現職。06年から地震調査研究推進本部地震調査委員会委員長代理も。専門は地球物理学(とくに地震学および地殻変動論)。
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