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原発の業界体質改善と安全性向上を(松田 智 氏 / 時事通信社 社会部科学班 記者)

2007.12.05

松田 智 氏 / 時事通信社 社会部科学班 記者

時事通信社 社会部科学班 記者 松田 智 氏
松田 智 氏

 最近、軽いショックを受ける出来事が続いている。一つは、宇宙航空研究開発機構の月探査衛星「かぐや」に搭載されたNHKハイビジョンカメラによる「地球の出」の鮮明な映像だ。筑波宇宙センターでの巨大なかぐやの公開、種子島宇宙センターでのH2Aロケットによる打ち上げと、記事を書き続けてきて、この映像を初めて見た時、息をのむと同時に、複雑な思いにとらわれた。自分が小学校に上がる前に読んだアポロ宇宙船の絵本では、21世紀に入るころには海外旅行と同じように月旅行が実現しているはずだったからだ。そして、現在構想されている国際有人月面基地で日本人宇宙飛行士が手を振る姿を、自分はテレビで見ることができるだろうか、という思いだった。

 もう一つは、近所のガソリンスタンドに給油に出かけ、「ハイオク162円」の看板を見た時だった。デザインと値段の安さだけでマイナーな中古輸入車を買った選択を後悔しながら、1973年の第1次石油ショック当時、子供向けの漫画雑誌に「石油は掘りつくしてもうなくなる」と書いてあったことを思い出した。今では可採埋蔵量や原油先物相場というからくりを知ってはいるが、石油が高くてもまだあるだけましかもしれない。

 三番目は、世界気象機関(WMO)の資料センターを運営する日本の気象庁が発表した2006年の温室効果ガス年報だ。メタンの大気中濃度の上昇は鈍化傾向だが、一酸化二窒素は右肩上がりの一直線であり、二酸化炭素は90年代から上昇ペースが上がっている。今年8月16日、埼玉と岐阜で気温が40.9度となり、国内最高気温の記録が74年ぶりに更新されたことと直接の関係はないかもしれないが、中高生でも「これやばくない?」と思うだろう。

 さて、この原油の長期高騰と温室効果ガス削減に対処できるエネルギー源があるだろうか。答えは、なかなか言いたくないが、原子力しか選択肢がないと思う。現在ある技術ではバイオエタノールが比較的有力かもしれないが、食べられるトウモロコシなどを原料にするのではなく、植物の食べられない部分を使う技術開発が必要であり、耕地の大幅拡大は新たな環境破壊になる。

 原子力の中でも、現在ある電力会社の商業用軽水炉を安全に、安定に稼動させることが最も大事と考える。ただし、電力会社やメーカーの原子力部門が、社会の理解を得られる「普通の業界」に変わることが条件だ。極めて困難ながら、放射性廃棄物の処分問題の解決も必須だ。

 99年に茨城県東海村で起きた臨界事故がきっかけで科学技術を担当するようになって以来、原子力がなぜ灰色のイメージなのかを考え続けてきた。もともと原子爆弾から生まれた技術で、常に軍事転用を警戒して機密保持に努めなければならなかったり、米原子炉メーカーから導入した特許技術のため、日本国内で自由に改善を重ねることができなかったかもしれないことや、不透明な立地対策が原因なのだろうと、漠然と思っていた。

 しかし、今年3月22日、東京電力福島第一原子力発電所3号機で78年11月に起きた「日本初」の臨界事故の発表記者会見に出席し、がくぜんとした。社内でも原子炉の制御棒が脱落する事故の情報を共有せず、メーカーもすべて把握しながら、東電の管理部門に情報を伝えず、その後も同種の事故が発生し続けていたのだ。

 この閉鎖的な体質は何が原因なのか。官民の原子力関係者に聞いたところ、多くが指摘するのは、当時の原子力技術者の極めて高いエリート意識だった。前向きな自信ならいいが、原子力部門からは電力会社のトップになれない、世間に理解されないという思いが生じることもあるようだ。

 一連のトラブル隠し問題発覚の後、電力各社から再発防止策の聞き取り調査を行った原子力安全当局者は、「彼らは『原子力村』以外の人と話すとき、この人は敵か味方か、味方なら利用できるか、と考えている目をしている」と話した。どこの事業者が最悪だったか聞くと、「それは言えないが、良かった所は日本原子力研究開発機構と四国電力。原子力機構は、(高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故などを起こした)旧動燃以来、さんざんたたかれた教訓が受け継がれている。四国電力は、よく酒を飲む土地柄だからでしょう」との答えだった。

 文部科学省の元上級幹部は、「もんじゅやITER(国際熱核融合実験炉)の開発をやるなとは言わない。しかし、今あるエネルギー問題に対処するためには、軽水炉こそが最も大事だ」と話した上で、技術的には成熟段階とみなされ、商業化されてしまっているがゆえに、国も電力会社も一層の改善策に予算をかけない現状を嘆いた。最近まで原子力安全行政の中枢を担った当局者も同様の考えを示した上で、新潟県中越沖地震での柏崎刈羽原発の被害について、「現在の免震・制震技術を駆使すれば、地震への安全性を高めることもできるはずだ」と語った。現在、月旅行が実現していないのは、技術がなかったからではなく、国や企業が社会的な価値を認めて投資する状況に至らなかったためだ。原子力についても、同じことが言えるのではないだろうか。

時事通信社 社会部科学班 記者 松田 智 氏
松田 智 氏

松田 智 氏のプロフィール
早稲田大政経学部卒。1990年時事通信社入社。外経部、浦和支局、社会部警視庁担当などを経て2000年から科学班。原子力や宇宙、生命科学、気象など担当。

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