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米国の大学での技術移転成功例(矢口太郎 氏 / 弁理士、恵泉国際特許・法律事務所グループ主宰)

2007.07.11

矢口太郎 氏 / 弁理士、恵泉国際特許・法律事務所グループ主宰

弁理士、恵泉国際特許・法律事務所グループ主宰 矢口太郎 氏
矢口太郎 氏

 米国の大学では、どの大学にもOTL(Office of Technology Licensing)と呼ばれる機関があり、大学での発明の商業化(技術移転)を担っています。本稿では、その一つとして、フロリダ大学の成功例を紹介します。

年間収入3,740万ドル

 米国では毎年25万〜30万人が、交通事故や職場での事故、手術ミスなどにより、末梢神経に損傷を受けています。末梢神経の損傷は、筋肉の動きの低下や麻痺だけでなく、皮膚や筋肉の感覚を失わせることもあり、重症となる場合がほとんどです。

 フロリダ大学のデイビッド・ミューア博士は、損傷を受けた神経組織の修復方法とそれを促進する組成物を発明しました。その修復方法と組成物は、神経移植を用いた治療にも拡張され、フロリダ大学OTLから特許出願されました。

 将来5億ドルを超える収入が大学側に入ると予測されるこの技術は、フロリダ大学OTLにとって重要性の高いものでした。また、末梢神経傷害にかかわる医療行為の件数は年間約70万件に上り、その医療費は全米で年間35億ドルという莫大な額に相当すると推測されていました。

 この神経移植・再生技術を商業化するため、フロリダ大学OTLは2002年、AxoGen社を立ち上げ、その技術の使用を許可しました。さらに同大学OTLは、AxoGenのために数々の投資家グループとの交渉に乗り出し、最終的には、投資家グループ4件から775万ドルの初期投資を得て、同技術の商業化に成功しました。

 このように、大学自らがビジネス成功のために積極的に活動するのがアメリカの大学の特徴です。フロリダ大学OTLの技術供与による収入は2004年度には約3,740万ドルに上り、同年度AUTM(全米大学技術移転者協会)アンケート調査に参加した全米155の大学のうち6位、米国特許出願件数も233件で同7位となっています。年間約360万ドルの特許出願費用を含む知財管理費と年間約125万ドルの人件費(職員20名)という出費があっても、独立採算で運営が順調に進んでいる大学OTLの一つと言えるでしょう。

ゲータレードも

 ところで米国では、時代を画すこととなった歴史的な商品により、研究の助成や大学発技術商品化の黎明期の貴重な資金に恵まれた、という事例がよくあります。フロリダ大学では、人気スポーツドリンク、ゲータレードからの莫大なロイヤルティー(特許使用料)および関連収入8,000万ドルが同大学の財政を潤し、数多くのプロジェクトに有益に使われています。

 ゲータレード発明の発端は60年代にさかのぼります。当時、フロリダ大学のフットボールチーム、フロリダ・ゲーターズのコーチが、練習中や試合中に選手たちの体重が極端に減少するのにもかかわらず、ほとんど排尿しないことに気づき、大学の腎臓研究の大家であるロバート・ケード博士に相談しました。選手たちを使って実験を行い、汗とともに人体から失われていく電解質、とくにナトリウムとポタシウムの欠乏が、選手たちのエネルギーを奪い、疲労感を増大させることが判明しました。そうした電解質を補い、さらに味のよい飲み物の開発が進められ、熱中症などを低価格で予防する世界初のスポーツドリンクが生まれたのです。

 現在、清涼飲料大手ペプシコの傘下にあるゲータレードの売り上げは、1983年の1億ドルから2001年の22億ドルまで急激に伸びています。ゲータレードは、そのマークが時にはフロリダ大学のロゴと勘違いされるほど、同大学発の有名な目玉商品として知られています。

 こうした例を見ても、大学の研究者にとって、大学のOTLを利用するのが技術移転成功への近道であることは言うまでもないでしょう。

弁理士、恵泉国際特許・法律事務所グループ主宰 矢口太郎 氏
矢口太郎 氏
(やぐち たろう)

矢口太郎(やぐち たろう)氏のプロフィール
東京理科大学工学部を卒業、1997年弁理士登録、その後米国でも弁理士登録、2003年フィラデルフィアにジャパン・テクノロジー・グループ設立、代表取締役に、06年恵泉国際特許・法律事務所グループ設立。東京、大阪、フィラデルフィアに事務所。日本や米国での国際的な特許出願のほか意匠、商標、著作権が専門。特に、大学、ベンチャー企業や個人発明家のアイデアを欧米企業に国際ライセンスすることの支援を得意とする。著書に、「米国「最新」ビジネスモデル特許564」(実業之日本社)など。

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