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実効あるプロパテント政策のために(橋本一憲 氏 / 東京医科歯科大学 知的財産本部 特任准教授)

2007.05.30

橋本一憲 氏 / 東京医科歯科大学 知的財産本部 特任准教授

東京医科歯科大学 知的財産本部 特任准教授 橋本一憲 氏
橋本一憲 氏

 日本が本格的にプロパテント政策(特許保護強化という変化を推進しようとする政策)に突入したとされる1990年代後半から約10年の歳月が過ぎた。パイオニア発明の創出と強い特許保護が声高らかに叫ばれ、これまでに立法、司法、行政が様々な施策を設け、実行に移されてきた。ところが、一昨年、私の知財研究グループにいる学生さんのひょんな一言から、日本のプロパテント政策に対する疑念が浮上した。[最近、オクスフォードジーンテクノロジー社(OGT社)注1のDNAチップの基本特許が日本で成立したようです。アフィメトリックス社注2の基本特許はまだ日本で成立していないようです(その後、2006年に成立)。]

 なぜ、日本はこのような状況なのであろうか? OGT社とアフィメトリックス社のパイオニア発明については、既に欧米では特許成立はおろか、数々の訴訟も提起されOGT社の勝利の下で終了している。ライセンスを受けたアフィメトリックス社が開発したDNAチップは既に研究現場でデファクトスタンダード化している。取り残された感がある。

 詳細が知りたくなり、学生さんと調査を始めた。驚くべきことに、日本における両社の基本特許の寿命(存続期間)は、特許庁と出願人との激しい攻防による審査の長期化により、欧米に比して激減しており、余命わずかであった。また、日本における両社の基本特許は、欧米に比して権利範囲も減縮していた。さらに調査を進めると、組み換えタンパク質生産技術、アンチセンス技術、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術などの代表的な基本特許までもが、与えられた寿命は短かった。日本は、これまでプロパテント政策ではなかったのであろうか?

 いずれにしろバイオビジネスがグローバル化している以上、それを支えるパイオニア発明には、国際的に調和された十分な特許期間が必要なはずである。また、特許法は、新規発明公開の代償として特許を付与すること、即ち、秘密と独占との交換理論を原理としており、本来秘密にできたであろう期間が長いパイオニア発明については、そうではない発明に比して、長期の特許期間が認められても本質的におかしくない。しかしながら、これまでのバイオ特許の一般的傾向は、その逆に思われた。

 政策を決めるのはいいが、多くの案件を抱えながら現場でそれを実行するのは大変である。ましてや産業界への影響が大きく、その制約を受ける企業群から厳しい目が向けられているパイオニア発明ともなれば審査負担は大きい。かくして、強い保護が与えられるべきとされたパイオニア発明については、逆に、強い保護を与えにくいようだ。まさに“パイオニア発明のジレンマ”である。とはいえ、プロパテント政策が正しいと信じて日本は歩みを進めた以上、その実現のための立法、司法、行政における施策全体が調和をもってその方向性に向かわなければ意味がない。

 ここで見落としてはならない重要なことは、生み出される発明が海外オリジナルである場合には、日本のプロパテント政策は、外国企業のためのプロパテント政策にもなり得ることである。特許制度は、出願人の国籍でその取り扱いを区別することは許されていない。従って、日本のプロパテント政策が真の意味で日本のために生かされるには、日本オリジナルな革新的技術が次々と生み出されることが何よりも重要である。企業が必要とする技術のすべてを自前で開発できなくなったと言われる現在、その生産源としての、そして産業界への橋渡し役としての、大学の責任は重い。

 皮肉なことに、これまでのバイオ基本特許の多くは海外オリジナルであり、その保護の弱さは、その応用技術・改良技術の開発を行っていた日本企業に恩恵を与えてきた側面があった。だが、もう、それを喜んでいられる時代ではないのである。

注1: 1995年に、サザン・ブロッティング法の開発者であるエドウィン・サザン博士により設立され、DNAチップ技術の概念に関する基本特許を戦略的に活用してビジネスを行うバイオベンチャー企業。
注2: 創薬ベンチャーであるアフィマックス社からスピンアウトして1993年に設立されたバイオベンチャー企業。光リソグラフィー法によるDNAチップの製造等に関する基本特許を保有する。同社の開発したDNAチップは、研究現場でデファクトスタンダード化している。

本記事に関連する研究内容は、「Nature Biotechnology 25(5):533-535,2007」に掲載されている。

東京医科歯科大学 知的財産本部 特任准教授 橋本一憲 氏
橋本一憲 氏
(はしもと かずのり)

橋本一憲(はしもと かずのり)氏のプロフィール
東北大学理学部生物学科修士課程修了。1995~2005年清水橋本国際特許事務所(現:清水国際特許事務所)、2005年~ 東京医科歯科大学知的財産本部。現在、東京医科歯科大学知的財産本部特任准教授・弁理士。ライフサイエンス分野を専門とした1,000件を超える国際的な知財実務経験に基づき、産学連携、人材養成、知財研究などの活動を行う傍ら、数多くのバイオベンチャー企業を支援している。

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