
ベンチャーは当然ながら、人も金も量産技術も販売力もブランドも信用力も何も無い。あるのは特異な技術力と斬新なアイデア、昼夜を問わずにイノベーションに没頭する情熱と恐れを知らぬ行動力だけだ。
そんな彼らには大企業との協業が成長への足掛かりとして大きな助けになる。VB(ベンチャービジネス)の革新的で迅速な技術開発力と大企業の量産技術や販売力、信用力が補完しあって新規事業の達成に至ることは、かつてのマイクロソフトとIBMの協業が巨大なパソコン市場を生んだ事例でも明らかだ。
一方、大企業は近年、短期に金を産まない研究開発部門を大幅にリストラしたから自社開発に頼れる領域が狭まり、他社との技術協業が必然となっている。特に、特異な新規技術を持つVBとの協業による開発のスピードアップは、競争力の強化や新規事業開拓プロジェクトの死命を決するほどに重要だが、トップの危機感が組織全体に浸透していないきらいがある。
私は日ごろ、技術力のあるVBを大企業に紹介しているが、技術説明を受ける多くの大企業のミドルたちの目は一様に死んだ魚のようにドロッとしている。VBの技術を利用して新しいビジネスを立ち上げようという気概が感じられないのだ。
技術力が確かなら他社の手垢が付いていないVBの方がより大きなチャンスなのに、長い間の減点主義のためか、実績がないVBと協業するリスクは取れないらしい。
特にイノベーティブな業績がなくても、有名大卒だから出世ルートに乗り大過なく来た人が、同様の先輩から経営者のバトンを受けるという風土がミドルたちの死んだ魚の目の元凶ではないのかと恐れる。
官によるVB支援も、ただやみくもに起業を呼び掛けて質より量の起業数を追い、補助金をバラまくのでは知恵が浅い。米国で技術力のあるVBが勃興したのは官の掛け声や補助金ではなく、マイクロソフト、インテルなどの成功が次の起業家たちを鼓舞したからである。
彼らを鼓舞するのは起業呼び掛けのイベントでも補助金でもなく、過去の成功事例であることを肝に銘じるべきである。
優秀な起業家を数多く作るための支援策には、安易な新規起業の呼び掛けより、既存の優秀なVBの背をあと一押しして成功事例を作ることの方が効果的だ。しかも補助金の投げ捨てではなく経済原則に即した金を投入すべきである。安易な補助金はリスクを取って立ち上がったVBにタダ飯への甘えの体質を身に付けさせるだけだ。
国家予算の単年度主義の壁を越えて、過去に投資した血税がキャピタルゲインを産み、次の成功を産むための再投資に循環する仕組み作りを考えること、それこそが官のイノベーションである。
本記事は、科学技術振興機構のオンラインジャーナル産学官連携ジャーナル2月号の巻頭言からの転載です。

(にしおか くにお)
西岡郁夫(にしおか くにお)氏のプロフィール
1943年大阪生まれ、66年大阪大学工学部卒業、69年大阪大学大学院修士課程修了、シャープ(株)入社、81年CADの研究で大阪大学から工学博士を取得、86年情報システム本部コンピュータ事業部長、同副本部長、92年インテル(株)副社長、93年同代表取締役社長、97年同代表取締役会長、99年モバイル・インターネットキャピタル(株)をNTTドコモなどとの共同出資により設立し、代表取締役社長に就任、ベンチャーの経営指導に力を注いでいる。2002年にはビジネスのプロフェッショナルを育てるための「丸の内ビジネスアカデミー(@MBA)」を設立して塾長に。
関連リンク