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質の高いシーズ創造が産学官連携の鍵(井上明久 氏 / 東北大学 総長)

2006.12.26

井上明久 氏 / 東北大学 総長

東北大学 総長 井上明久 氏
井上明久 氏

 わが国が世界から尊敬を集める先進国として持続ある発展を遂げていくための方策が、「科学技術創造立国」を目指すことであるとされ、厳しい財政状況にもかかわらず平成8年から始まった科学技術基本計画で各期増額の予算体制下で科学技術研究が推進されてきた。

 この基本計画の目標の一つは、基礎学術研究の推進とその成果を産業の創出に結び付け、より豊かな人類生活に役立てることである。特に、質の高い基礎学術成果に基づいて産学官連携研究を成功させることは、世界の工業先進国を維持していくために重要である。

 産学官連携研究においては、シーズである基礎研究成果の根源が日本発であり、革新性を含んでいることが望まれる。

 一方、成果が革新的であるほど、工業化を達成するまでに長期間を要することが一般的である。高いリスクを覚悟した上で、息の長い基礎学術研究と応用開発を行うことが求められる。

 革新的基礎成果の場合、当初産業化のイメージを描くことが困難な場合が多く、企業単独でこの種の基礎研究開発を長期間行うには多くの支障がある。このような場合、わが国では成果の進捗段階に応じて支援体制がかなり充実した状況にある。

 大学教員の基礎学術成果が工業化される一つの例として、日本学術振興会の科学研究費補助金により基礎学術の芽を出し、続いて文部科学省の大型科学研究補助金を得て基礎成果を育成した後、科学技術振興機構(JST)の創造科学事業、さらには新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の各種事業により産業化を果たす流れがある。

 私自身は現在「過冷却液体金属の安定化とバルク金属ガラスの開拓」の研究を推進しているが、1980年代後半に文部省(当時)の基盤研究費によりこの種の研究を開始し、1990年ごろに金属過冷却液体の異常安定化の条件・原理を発見し、その成果に基づいて1990年代前半に文部科学省の特別推進研究、1990年代中ごろから今日までJSTの創造科学事業、さらに戦略発展事業に取り上げられるとともに、1990年代後半から今日までNEDOの革新的部材産業創出プログラム「高機能高精度省エネ加工型金属材料(金属ガラス)の成形加工技術プロジェクト」に採択され、大学内での研究から産学官連携研究へと進展してきた。

 その成果として、バルク金属ガラスはすでに工業化され、わが国発の本材料は世界の国々で研究が開始され、現在では競争が激化している。

 このように、わが国では真に新規な学術成果であるとの認知が得られ、グローバルな視点で研究が活発化している基礎成果を工業化域まで育成するためのさまざまな産学官連携事業が準備されており、恵まれた環境にある。

 その環境を生かすためにも、その礎として、将来大樹に育つに値する質の高いシーズを創造するための研究に日々いそしむことが、産学官連携研究の成否の鍵であると思っている。

 本記事は、科学技術振興機構のオンラインジャーナル産学官連携ジャーナル12月号の巻頭言からの転載です。

東北大学 総長 井上明久 氏
井上明久 氏
(いのうえ あきひさ)

井上明久(いのうえ あきひさ)氏のプロフィール
1975年東北大学大学院工学研究科金属材料工学専攻博士課程修了、90年東北大学金属材料研究所教授、2005年副学長などを経て、06年11月学長に就任。アモルファス金属、ナノ結晶金属、ナノ準結晶金属、バルク金属ガラスなどの材料科学・工学的研究を行い、特に、バルク金属ガラスは新しい金属として世界的な注目を集めている。

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