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H2Aロケットの着実な成功に期待(松田 智 氏 / 時事通信社 社会部科学班 記者)

2006.12.19

松田 智 氏 / 時事通信社 社会部科学班 記者

時事通信社 社会部科学班 記者 松田 智 氏
松田 智 氏

 国内では史上最も重い衛星「きく8号」を搭載したH2Aロケット11号機が18日、種子島宇宙センターから無事打ち上げられた。固体燃料の大型補助ロケット(SRB-A)を4本付ける最強の型式が初めて成功。H2Aはこれでさまざまな重さの衛星に対応できる4型式がそろい、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から三菱重工業へ民間移管する上で重要なハードルがクリアーされた。

 H2Aはこれで11回打ち上げて10回成功したが、信頼性が万全になったとは思えない。打ち上げ後の記者会見でH2Aプロジェクトマネジャーの遠藤守氏が説明したように、第1段エンジンの液体酸素ターボポンプ(0TP)の改良など、過去の打ち上げ失敗を受けた宿題が幾つか残っている。これらは直ちに失敗に結び付く問題ではないが、現状では打ち上げ前に入念に点検する必要があり、コストが問われる民間事業ではぜひとも解決しなければならない。

 OTPの問題とは、燃料の液体酸素をタンクから燃焼室に押し込む羽根車に気泡が大量にまとわりつき、異常振動で疲労破壊するリスクを排除しきれていないことだ。H2Aの先代、H2の8号機が1999年11月に打ち上げられた際、液体水素ターボポンプ(FTP)でこの破壊が起きた。当時、既に準備が進んでいたH2AのFTPはH2から設計変更されていたが、事故を受けて2号機からさらに改良された。しかし、FTPほどリスクが高くないOTPは後回しにされた。

 こうした潜在的なリスクはたちが悪い。「そのうち対策を…」と言っているうちに起きてしまったのが、03年11月の6号機の打ち上げ失敗だった。片方のSRB-Aのノズル(噴射口)に穴が開き、高温の燃焼ガスが外部に漏れたため、ロケット本体からSRB-Aを火薬仕掛けで分離させる導爆線が機能喪失したのが原因だった。だが、ノズルの耐熱性能に余裕がないことは、宇宙開発委員会が1号機の打ち上げ前審査を行っていた2000年秋の段階で分かっていた。

 地上燃焼試験で、円すい形のノズルの主要材料(炭素繊維強化プラスチック)の一部が予想以上に溶けて薄くなったため、旧宇宙開発事業団の担当者らは外側に金属板を巻く応急措置(「腹巻き」と呼ばれた)を取る一方、ノズルの抜本的な設計改良に取り組み始めた。皮肉なことに、6号機の事故が起きたとき、この改良型ノズルはほぼ完成していた。

 事故調査が終わった際、JAXAの幹部に聞いたことがある。「ノズルがやばいことは1号機の打ち上げ前から分かっていたんじゃないですか」。幹部はあっさり答えた。「分かっていたよ。でもノズルを改良しようとしたら、(1号機)打ち上げが半年延期では済まなかった。それ以上延期したら、メーカーがもたなかった」。

 私自身、じくじたる思いがある。2000年秋の段階では細かいトラブルが続いていた第1段エンジンに関心が集中していた。SRB-Aについては、長短6本の支持棒を使う取り付け方法がユニークであり、確実に分離できるかという心配をしていたぐらいで、ノズル問題にはそれほど注目していなかった。

 宇宙開発委の専門家会合で1号機打ち上げ前審査の責任者を務めた棚次亘弘室蘭工業大教授(当時宇宙科学研究所教授)は、世界最高性能の純国産ロケットH2のコストを半減させたH2Aで商業衛星打ち上げを目指すことについて、「F1マシンをトラックにして宅配便をやろうとしている」とたとえたことがある。H2、H2Aの「生みの親」である五代富文元宇宙開発事業団副理事長はかつて、「民営化ではいかにうまく『手を抜く』(コストを削減する)かが大事。手の抜きどころを間違えたら失敗する」と話していた。

 11号機の打ち上げは迫力があり、格好良かった。今後のJAXAと三菱重工業のマネジメントに期待したい。

時事通信社 社会部科学班 記者 松田 智 氏
松田 智 氏

松田 智 氏のプロフィール
早稲田大政経学部卒。1990年時事通信社入社。外経部、浦和支局、社会部警視庁担当などを経て2000年から科学班。種子島でのH2A打ち上げ取材は6回。

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