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新しい光が新しいサイエンスをつくる(石川哲也 氏 / X線自由電子レーザー計画合同推進本部プロジェクトリーダー)

2006.11.13

石川哲也 氏 / X線自由電子レーザー計画合同推進本部プロジェクトリーダー

X線自由電子レーザー計画合同推進本部プロジェクトリーダー 石川哲也 氏
石川哲也 氏

 19世紀中ごろまで、走っている馬の絵は、少なくとも1本の足を地面に着けて描かれているのが、大半だった。正確に観察する写真技術を手に入れるまで、想像で描くほかなかった結果、4本とも地面から離れている瞬間があることがわからなかったためである。

 近代科学の発展には、望遠鏡や顕微鏡といった「光学機器」の発明・応用が大きな役割を果たしたが、20世紀におけるX線の発見、放射光やレーザーの発明など、新しい光は常に新しい科学技術を創成し、産業の発展に貢献してきた。

 短波長のX線を高強度で発生する放射光は、いまやナノ(10億分の1)の世界を見るための光として必要不可欠なものであるし、位相が揃った光を出すレーザーは、驚くほど広範に利用されている。

 より広く考えてみると、電灯の普及は人間の生活様式を変えたであろうし、さらに根源的には、「火」を使うことが、人類の進化の様式を規定したとも言える。つまり、新しい光の利用は、科学技術や産業の発展に留まらない波及効果がある。

 21世紀となったいま、ナノの世界を見るための位相がそろった新しい光、X線レーザーが誕生しつつあり、新たなブレークスルーが期待されている。

自由電子レーザー

 レーザーをX線まで拡張する試みは、長年にわたり続けられてきた。しかし、従来のレーザー技術の延長で、硬X線領域に到達することは困難であった。

 一方、1970年代に加速器を利用した「自由電子レーザー」の概念が出来上がり、原理的にX線レーザーにつながるものとして注目を集めたのが、80年代に提案された「自己増幅自発放射(Self Amplified Spontaneous Emission: SASE)」原理に基づくX線自由電子レーザー施設で、90年代後半にアメリカ、ドイツで建設が検討された。

 日本ではそのころちょうどSPring-8(注)の建設が進められていたころであったが、SPring-8建設が一段落して検討を開始すると、SPring-8建設で確立した新技術を用いると、欧米の三分の一から四分の一の規模で、欧米と同等以上の性能のX線自由電子レーザー建設の可能性が明らかになり、2001年に理化学研究所で要素技術開発研究プログラムが開始された。

X線自由電子レーザー(XFEL)の性能

 現在計画されているX線自由電子レーザーは、80億電子ボルト(8GeV)の線型加速器で加速された電子を、永久磁石による多周期の交番磁場内で蛇行運動させるアンジュレーターに導入して、SASE原理により、0.1ナノメートル以下の波長でレーザー発振させるものである。SPring-8と比べて、ピーク輝度が10億倍高く、パルス幅は千分の一以下となる。また横方向に完全コヒーレントなX線を発生する。

XFELが拓くサイエンス

 まだ世界中のだれも見たことのない光で、どんなサイエンスが展開されるかを述べることは、実は非常にむずかしい。ある程度の予想が立てやすかったSPring-8ですら、光を見る前に議論されていたことと、光を見てから行われたことの間には雲泥の差があった。

 しかし、あえてサイエンスの展開を予想してみれば、ナノメートル以下の世界をフェムト(千兆分の1)秒で観察可能な手段を手に入れるのであるから、原子や分子の世界の「機能」を直接観察する道具が手に入ることになる。

 また、SPring-8のような波の位相がばらばらなX線では、分子の形は分子をそろえて結晶にすることによってはじめて解析可能となったが、XFELからのコヒーレントなX線を使うと、結晶にすることなく一つの分子の散乱パターンのみから、分子の形の解析が可能となる。

 生命機能に重要な役割を果たす膜タンパクの多くは結晶にすることが困難であるため、XFELによる単分子構造解析による分子の形の解析が期待されている。

 新しいサイエンスは、新しい光から生まれてきた。いま、まさに期待されている新しい光が、X線自由電子レーザー(XFEL)なのである。

注) 日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)と理化学研究所が、兵庫県播磨科学公園都市に建設した大型放射光施設。光速に近い速度まで加速された電子を、強力な磁石で進路を曲げるときに発生する強力な電磁波(放射光)を利用することで、タンパクや微細素子材料の構造解析など、さまざまな分野の研究に活用されている。

X線自由電子レーザー計画合同推進本部プロジェクトリーダー 石川哲也 氏
石川哲也 氏
(いしかわ てつや)

石川哲也(いしかわ てつや)氏のプロフィール
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻を1982年に修了し工学博士を授与された後、高エネルギー物理学研究所助手、東京大学工学部助教授を経て95年から理化学研究所主任研究員。大型放射光施設SPring-8のビームライン建設を統括し、コヒーレントX線光学を開拓した。2006年から、X線自由電子レーザー計画合同推進本部のプロジェクトリーダーを務めるとともに、理化学研究所播磨研究所・放射光科学総合研究センター長を務めている。

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