知を愛する――。哲学、フィロソフィーの語源を、古代ギリシア語までたどった意味だ。「9割はうまくいかない」などと揶揄されるにも関わらず、深い知を礎にしたディープテックのスタートアップへ人は投資をしてしまう。その「哲学」とはなにか。1973年創業で、現存する日本最古の民間ベンチャーキャピタル(VC)であるジャフコ(JAFCO)グループで、新卒入社から10年以上ディープテックスタートアップ投資に関わってきた産学・ライフサイエンス投資グループの三浦研吾・産学リーダーに聞いた。

資金提供にとどまらず経営面のサポートも
―累計投資社数は4000社以上、上場社数は1000社を超える実績があるというJAFCOですね。
JAFCOは、日本で初めてファンドを導入した独立系VCです。2025年上半期(4~9月)には、20社に対して合計77億円の投資を行いました。創業間もないシードステージやアーリーステージの会社に対し、早い段階から厳選集中投資を行っています。資金の提供にとどまらず、世の中に必要とされる新事業をゼロから立ち上げて新たなビジネスを作る起業家に伴走し、必要に応じて経営面のサポートも行っています。
また、再成長を目指す企業へのバイアウト投資も行い、企業の永続的な発展・拡大を支援しています。こうした多様なステージでの出資を通じて、投資先企業の成長を促し、その成果として得たリターンを次の成長企業に再投資する。そうした「成長の循環」を生み出すことで、当社の目的「挑戦への投資で、成長への循環をつくりだす」に挑戦し続けています。
―リターンを得るために厳選集中投資するのは分かりますが、なぜ成長支援までするのですか。
投資は、「お金を出して終わり」ではありません。投資先の事業が成功するためには、できうる支援を全て行います。特にディープテックスタートアップでは、優れた技術を事業化するために、ビジネスサイドの人材と技術者をどう組み合わせるかが重要です。そのためJAFCOでは、人的資源における人材採用や組織体制作り、セールス・マーケティングなどの営業支援、ガバナンスや内部統制などバックオフィスの管理体制構築の3つを支援できるよう、専門の部署を会社に置いています。
創業初期はもちろん、場合によっては創業前から関わることもあります。イノベーションを起こす技術であっても、研究者だけでは、最初の入り口で事業の方向性を定めるのは難しいことがあります。経営者候補を探してきてチームを組成し、コア技術をどの市場に投入して勝負するかを一緒に考える。事業の方向性が決まれば営業する人も必要ですし、管理体制を整える必要があります。そうした一つひとつの支援を重ねながら、事業の立ち上げを支えています。
―それでもスタートアップは9割が失敗するといわれます。そもそもスタートアップに投資をする意義って何でしょう。
「9割が失敗する」という見解には異論がありますが、確かに大成功するのが一握りであることは事実です。それでもディープテックであれば、日本の技術が世界に通用するポテンシャルがあると感じています。多くのスタートアップのように国内展開から隣国へ拡大していくようなやり方ではなく、最初からグローバル市場を見据えて展開し、その先で社会的課題を解決できれば、インパクトは非常に大きいものになります。
突出した成功を挙げた企業が出れば、社数ベースでは成功する率は低くとも、投資を継続することができます。ディープテックは難易度が高く、開発に時間も資金もかかりますが、VCとしてあえて割が悪い投資をしている訳ではありません。チャレンジングではありますが、その分、成功した時の社会的価値やリターンも大きいです。挑戦的な分野であるからこそ、やりがいがあり、社会に貢献できる可能性が高いのです。
私たちの仕事は、投資を通じて新しい事業や産業を生み出すことです。挑戦する様々な人に資金提供し、その成功確率を高める支援をしていく。VCの担当者というと、スタートアップ企業の経営会議で助言をするイメージを持たれがちですが、実際には、経営会議に参加するだけでなく、社員の方と同じように営業に回ったり、人材採用の面接に同席したりと、頭だけでなく、現場でも一緒に汗をかいています。

資源の少ない日本、研究技術シーズでグローバルに戦う
―大学発ベンチャーに対して、JAFCOは創業初期から「共同創業者」として関与し、事業開発・資金調達・チームビルディングなどを支援。これまでに146社以上の大学発ベンチャーに約332億円を出資していますね。
日本は資源の少ない国です。今の経済規模になっているのは、技術でモノに付加価値を付ける事業の貢献が大きいです。現在、研究力の低下が指摘されることもありますが、過去の研究の成果である技術シーズをみても、まだまだグローバルで十分に戦うことができるものがあります。この強みを生かしたいと考えています。
そもそも基礎研究費は、投資のようなもので、成果を社会実装して回収できなければ、新たな研究費へと循環していきません。私は新卒から10年以上ディープテック投資に携わってきましたが、研究成果を社会に還元し、次の研究へとつなげることが日本経済にとって重要だと感じています。大学発ベンチャーこそ、その要を担う存在だと思います。
―投資家の視点では、どういうディープテックスタートアップにどのように投資するのですか。
一般のスタートアップ投資と判断基準に大きな差はありません。ただし、技術の評価が加わる点がディープテックへの投資で難しいところです。私たちはそれに加えて、研究者のスキルやポテンシャルといった「人」を見ます。さらに、「市場」にどんな商品・サービスを投入するかという観点や、事業の進め方である「戦略」を含め、技術と人、市場、戦略の4つがバランスをとりながら会社が成長できるかを重視しています。
これら4つが最初からすべてそろっている企業はなかなかありません。人材を探して補強したり、新たなアイデアを取り入れたりすることで、事業が行き詰まるリスクをどの程度コントロールできるかを、これまでの経験から得た一定の仮説に基づいて判断しています。
世界最先端の技術があってもディープテックの事業化がつまずきうる理由の一つとして、マーケット選定があります。大学発スタートアップでは、研究成果を起点に企業を立ち上げるため、技術を中心に会社を組み立てがちです。一方、世の中の課題解決を市場側から見ると、当該の最先端技術が必ずしも最良の選択肢とはならないことがあるのです。
―どういうことですか。
たとえば製造機械を例に考えてみましょう。機械のスペックや性能が優れていても、価格が高すぎるため、多少性能が劣っても手頃な価格の製品が選ばれる業界もあれば、スペックや性能よりも安全性が優先される業界もあります。テクノロジーとマーケットをどうフィットさせるかが重要です。ライフサイエンス分野なら、開発する治療薬の対象疾患を、いまだに満たされていない医療ニーズや競合の開発動向などから検討し、選定します。ロボット分野であれば、ロボットを活用する領域の優先順位を、実際にサービスや製品を提供する企業のニーズを踏まえて決めていきます。
事業の成功に明確な方程式はありませんが、多くの企業と関わってきた経験から、つまずきやすいポイントはある程度共通していると感じています。例えば、ディープテックは先端技術であるがゆえに、事業方針を定めにくく、一方でいったん決めた方針をITベンチャーのようにピボットすることは簡単ではありません。設備投資や開発、人材採用がある程度進んだタイミングで判断の間違いに気がついても、取り返しが付きません。だからこそ、できるだけ起業の早い段階から投資とともに支援をして、つまずきの芽を事前に摘んでいくことが重要です。そうしないと、成功確率は上がりません。
明確な社会課題に直結する技術は学問的にも理解しやすい
―ディープテックスタートアップ、特に大学発ベンチャーの場合、技術は優れていても事業化の経験が乏しいケースが多いと思います。一般的なスタートアップと比べて投資判断や支援のアプローチに違いはありますか。
一般的なスタートアップであれば、売上や利益、その成長率といった数値で評価できますが、ディープテックスタートアップでは研究開発が想定通りに進まないことも多く、5年や10年利益が出ない場合も珍しくありません。そもそも「ディープテック」といっても、創薬や医療製品を扱うライフサイエンス領域から、ロボット、核融合、宇宙など多岐にわたります。そのため、投資判断や支援のあり方を一律に語るのは難しいです。
―ディープテックスタートアップにおいて、その分野の研究の最先端である科学技術を投資家はどのように理解するのですか。
主に創薬を扱うライフサイエンス分野では、身近な社会課題に直結することや、弊社側にも製薬企業出身のキャピタリストが多いことから、技術の理解が比較的進みやすいです。一方、様々な分野があるディープテックで、全ての領域において研究者レベルで技術を理解して評価することは、正直なところ難しいです。ただし、技術の本質的な価値は理解しなければいけないので、専門であるかに関わらず、私たちは論文や技術資料を読み込み、なぜその技術がブレークスルーを生んだのか、社会にどのような形で実装できるのかを見極めます。
アカデミアで「良い技術」と評価されるものが、必ずしも「社会で役立つ技術」になるとは限りません。しかし、人の健康など社会課題が明確な領域では、良い技術がそのまま社会に貢献する可能性が高いと感じています。そうした技術は、学問的にも本質がシンプルで理解しやすいことが多い。私たちは、アカデミアと社会の橋渡し役として、研究成果を社会実装できる形に翻訳し、事業化を後押ししています。
区切りを付けて投資を引き継いでいくことも大切
―老後資金を増やすために投資をしている私としては、予定した期間で目一杯リターンをもらいたいです。
ファンドには通常10年ほどの運用期間があり、その間に出資者へリターンをお返しする必要があります。ただ、ディープテックスタートアップの場合、計画を立てていても研究開発に想定以上の時間がかかることも珍しくありません。そのため、たとえ今後大きな成果が見込まれる場合でも、投資に一区切りをつけてリターンを確定し、その成果を次の投資へと引き継ぐ判断をすることもあります。
ひとつの案件で最大の結果を出すことも重要ですが、投資を継続し、挑戦の流れを止めないことも同じくらい大切です。あくまでもスタートアップが主役で、JAFCOは、スタートアップが自走できるまでの一定期間、伴走していくのが役目です。投資先にとって上場は一つの通過点です。
―小粒上場や投資を回収したい期間と実際の開発期間の不一致など様々な課題がディープテックスタートアップ界隈にはありますよね。
はい。東京証券取引所は4月に、2030年以降、上場5年経過後に時価総額が100億円に達しない企業は上場廃止とするという上場維持基準の見直し案を出しています。他方で、レイター期の資金調達では、未公開株(プライベートエクイティ)の取引をおこなうセカンダリー(2次流通)市場への金融機関の参加が増えつつあります。課題感としては、ディープテックの成功事例がまだまだ限られていることが挙げられると思います。
大きな成功事例を増やしていくためには、スタートアップの裾野を広げるとともに、「ディープテック・スタートアップ国際展開プログラム」(D-Global)のような、成功確率は低くても、成功した時のインパクトが大きい事業に絞り込み、集中的に支援することも重要だと考えています。
スタートアップエコシステムをより強くするためには金融関係者や関係官庁の方々と連携し、リスクを取って挑戦を後押しし、挑戦が報われる環境を整えることが不可欠だと感じています。私たちもその一端を担い、挑戦する起業家、研究者の力になり続けたいと思います。
関連リンク


