日本の研究力低下が叫ばれて久しい。世界大学ランキングでも、国内の主要大学が諸外国の後塵を拝す状況が長く続いている。研究力の低下は優秀な人材の流出にもつながり、やがては国力の低下すら招きかねない。少子化の逆風も吹く中で、大学に巻き返しの策はあるのか。「特集:荒波の先に見る大学像」の第1回は、国際卓越研究大学の認定第1号として研究力再興の旗手を託された東北大学の冨永悌二総長に伺った。

若手中心のPI1800人で研究力向上を目指す
―研究力低下の根本的な原因は何でしょうか。
事務や教育にかかる負担の増加や技術職の不足など、研究環境の悪化による研究時間の低下が大きいと思います。日本の研究者が研究に費やせている時間は32%程度との調査結果がありました。学内でもかつては50%ほどあったのが、直近では約38%と減っている。3人合わせて、ようやく1人分です。この「1人分」あたりのトップ10%論文の被引用数を見てみると、日本はかなり低い。諸外国は論文のアウトプット数も多いことを考えると、やはり1人あたりの研究時間不足と、それを招いた研究環境の悪化が非常に大きいと思います。

―国際卓越研究大学のコンセプトは、その課題に取り組むものと読み取れます。
環境を整えて世界中から優秀な研究者を呼ぶと公約に掲げています。さまざまな策がある中で1つ挙げるとすれば、若手の活躍を願うのが私たちの戦略です。
従来の講座制は縦型の構造で、若手は教授の指導下に入らなければなりません。一方、海外には30代から研究主宰者(PI)として独立して研究を行う環境があります。100年間日本で培われたシステムにはもちろん良い面もありますよ。ただ、研究力を上げるために1800人規模のPI制を立ち上げ、優れた若手には独立した研究環境を与えたいのです。

まずは各PIに基盤経費と研究費を与えます。必要であれば、研究支援人材も雇用できる形にします。もちろん研究スペースも与えて。これが基本戦略ですね。構造自体は学内で概ね同意を得られました。
若手PIの成果に経験あり、医療分野は研究を切り離す
―実現には困難も伴いそうです。
「本当に若手が独立してやっていけるのか」という不安もあると思います。ですが、独立独歩で全てやれという話ではありません。教授からのメンタリング、グループで予算を取りに行くなどといったサポートも得ながら、若手には自身のアイデアでPIになってもらう構想です。
東北大学では2013年に学際科学フロンティア研究所(学際研)という組織を作り、世界中から公募した若手50人にPIとして研究を主宰してもらう試みを既に始めていました。非常にアウトプットが出るんです。論文指標は、全国の大学教員平均よりもずっと上の値になりました。優秀でモチベーションのある若手に環境を与えると成果が出ることは、既に経験できていたのです。

―今回も学際研で得られたノウハウを生かすのですね。
ただですね、既にその体制が取られている部局や、必ずしも馴染まないところもあります。例えば文系は、若手も含めて各々が独立して自分のテーマで研究していますので、既にPI制になっていると言えますよね。
また、私の出身である医学部の場合、ある程度の経験が必要ですし、技術も伝承しなければなりません。臨床・教育・研究を同時並行するのは難しいという意味でも、PI制は必ずしも馴染まない。
―医療分野ではどのような手立てをしましたか。
研究だけを切り離してPI制をとることにしました。医学イノベーション研究所(SiRIUS)を新たに設立し、臨床系の優れた若手で研究志向の強い方を5人選抜して、この4月から稼働しました。将来的には30〜50人規模にしたいと思っています。
大学病院の国立病院との違いは何か。やはり研究開発のプラットフォームになることです。忙しさにかまけて研究をしないのは、大学病院のあるべき姿ではありません。背後にあるアカデミアの知見を生かして新しい医療や機器をつくる、新薬を開発する、スタートアップを創出する。そうしたプラットフォームになるための機能を強化すべきと考えて、SiRIUSをつくりました。PI制をベースに、医療分野のイノベーションへつなげて欲しいと願っています。

米研究者の受け入れは3月から始動、新体制も構築
―6月には米国などから500人の研究者を雇用するとの発表もありました。
米国だけでなく、世界中から優れた方を招聘します。背景をお話しすると、私たちは昨年、国際卓越研究大学に認定されて以降、研究者の受け入れ体制をつくってきました。新設したヒューマンキャピタルマネジメント室(HCM室)が綿密に、人事戦略会議のもとかなりの数の研究者をリクルートおよび受け入れをしています。

そうした中で米国の政権が1月に替わり、在米の研究者が窮状に陥る中で、国から支援金をもらう我々こそが受け皿になるべきだと考えたのです。
そこで、国際卓越研究大学の制度や東北大学が求める人材について、米国で若手研究者を集めて説明会をやりました。3月に動き出して、5月19日から23日にかけてサンフランシスコとボストンで計5回です。
トランプ大統領の政治姿勢などを考慮して、当初はこのことを公表せず慎重に動いていました。国は今でこそ積極的な研究者受け入れを表明していますが、我々は3月時点で動き始めていたんですよ。
―研究者のリクルートはどのように進めているのですか。
実務はHCM室が担いますが、リクルート自体は部局単位です。認定前の昨年9月から私やプロボストがすべての部局を回り、各トップに国際卓越研究大学のプランや期待することを説明しました。その際、向こう20年間の成長戦略を作って欲しいと要請したんです。その戦略に基づいて、部局ごとの採用基準と採用数の目安を設けました。従って、米国の問題で注目を浴びる前から、受け入れ体制は既にできていたのです。
―研究者が大量に増えますが、どのようにサポートしていきますか。
まずは5年間で400人の研究支援人材を雇用します。ある程度の専門性を持った方をリサーチアドミニストレーター(URA)などとして。
あとは知財も重要です。我々も将来的には収入を上げていかなければなりません。ビジネスの目線で時代が読める方に来ていただきたいです。
実は今、アドバイザーとして米ハーバード大学副学長のアイザック・コールバーグさんに来ていただいています。ボストンにイノベーションエコシステムを作った自負を持つ方で、我々にはビジネスパーソンが少ないと指摘されました。ハーバードのやり方を伺うと、知財の活用や企業との共創において、ビジネスパーソンがいかに重要かがわかります。骨の髄までビジネスのDNAで染まっている方を呼ばないと、大学の自己収入は上がらない。そういう専門性を持った人を、研究支援人材として雇用する必要があると痛切に感じました。

全学部が前向き、課題は給与格差
―業績の評価のあり方についての考えは。
昨年の段階で、評価基準は文理を分けるべきだと考えました。理系はトップ10%論文や特許のようにわかりやすい指標があるのですが、文系は同じように測れません。各部局を回ったときも温度差がありました。国際卓越研究大学の実感が湧かないのもあるし、大学の収入が伸びても自分には関係ないと感じる部分はあると思います。そこで文系の部局から責任者の先生に集まっていただき、優れた研究者を評価する基準を決めました。
文系学部にも少しずつ変化が起きてきたように感じます。ある学部では、これまで少なかった海外発信や教授の採用をやっていこうと。そういった変化が非常に嬉しいですね。今では全学部が前向きに考えてくれていると言って良いと思います。
―人事面での課題はありますか。
リクルートは順調に進んでいますが、課題は海外との給与格差ですね。海外のスター研究者は年収1億円超が当たり前なんですよ。円安の影響も大きいです。
課題への対応として、企業から得る知財収入の一部を知的貢献費として給料に上乗せする仕組みが全国の大学で取り入れられていますが、東北大学はこれを特に重視しています。今までは研究者の知識や経験を無償で提供してきましたが、成果を残した人に適切な対価が支払われないと、研究職を魅力に感じる若い人がいなくなるかもしれません。昔みたいに「好きなことをやっているのだからいいじゃないか」では済まされない。それなりの見返りがある形を、少しずつ考えていきたいですね。
震災を経て整った社会との共創マインド
―東日本大震災を経て、東北大学は世界の防災研究をリードする立場になりました。
防災研究は他の大学でも行われていますが、災害科学国際研究所(IRIDeS)は防災を多面的に捉え、研究と実践を柱にしているところが特徴です。医学部による被災者の心理的ケアや、文系学部による災害の歴史研究や文化財保護などがそうですね。
防災・減災に投じる額と、被災からの復興に必要な額を比較すると、前者への投資は圧倒的に経済効果が高い。こういったことを、もっと世界に広めていくべきだと思います。特に災害の多い東南アジアなどですね。防災教育にも力を入れていきたいです。

―認定により地域との関係は変化しますか。
地域との共生は東北大学のDNAにあるんです。1907年の創設時は日露戦争直後で資金がなく、宮城県の自治体や民間の財閥から資金をいただきました。そういう意味で我々は、創設時から社会とともに歴史を築いてきた自負があります。
そして震災を経験し、学内でどれだけ研究したとしても復興には貢献できない、自分たちから社会に出ていかなければならないと、大学の人間は皆わかったんです。ですので、産業を含めた地域との共創に対するマインドセットは、既に整っていると思います。
―今、具体的に取り組みたいことは。
産学官金による共創の場として「サイエンスパーク」を整備しています。半導体、AI、バイオ、量子、マテリアルなど重要分野の研究拠点として、投資の呼び水となることを目論むものです。

一方で東京との距離の近さを生かし、同じ経済圏として捉える考え方もあると思っています。これまでは仙台でのエコシステムづくりに取り組んできましたが、研究開発は仙台でやって、営業は東京でする。こんなやり方もあるんじゃないかと。
ボストンはマサチューセッツ工科大学を核にエコシステムが構築されていますが、30年かかったそうです。東北にエコシステムを一朝一夕で作ることはできないので、やはり発想の転換は必要でしょう。情報・資金・人材が集まる東京のエコシステムに、我々も加わっていくことを検討しています。
スタートアップにDX―他大学との連携盛んに
―地方の衰退が叫ばれる中、これからの大学のあり方をどのように捉えていますか。
東北地方の本学が国際卓越研究大学第1号に選ばれた意味合いを考えていきたいです。この先、地方の人口が急激に減って、学生数も減ったときにどんな戦略を描くのか。地方の大学は、将来を非常にシリアスに考えていると思いますよ。我々東北の大学も教育・研究の両面で連携しています。
スタートアップ支援では、東北6県と新潟県の大学・高専22校がすべて入る形で「みちのくギャップファンド」を運営しています。
大学のDX(デジタルトランスフォーメーション)化に関しても、東北大学を母体に約80の大学と約30の企業などから500人以上が連携する「大学DXアライアンス」が日本DX大賞2025で支援部門優秀賞を獲得しました。

研究面では、学際研の取り組みを「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」として東北地域の国立7大学に横展開しました。各大学の優秀な若手を対象に合宿・セミナーなどの開催、国内・海外各1人によるダブルメンター制での研究支援など、連携して育成に取り組んでいます。

他にも文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」では、山形大学をはじめとする複数大学のプロジェクトに参画し、貢献を果たしています。
このような貢献は、国際卓越研究大学の認定段階から考えていたことです。自校のみならず日本の大学を引っ張っていくよう求められていたので、皆でレベルアップしようと心得ながら取り組んでいます。
システム改革の先陣に
―日本の研究力向上の旗手として、決意をお聞かせください。
国際卓越研究大学の認定第1号としての自負と責任があります。日本が置かれた状況で研究力を上げるには、研究や教育のシステムを再考し、ガバナンスや財務などの大学運営を見直す。そうした変化が世界との競争力を引き上げることにつながると思いますので、あらゆる面でのシステム改革は非常に重要だと考えています。ですから我々は、先陣を切って従来の国立大学にはない仕組みをつくっていきたいですね。
この制度は、国も責任感を持って取り組んでいると思うんです。ですから国民が納得する結果を残さないと継続されないという危機感はありますよね。当然ですが責任重大です。
ただ、今後第2号以降が認定されて複数校のグループになれば、東北大学の立ち位置もより鮮明になってくるのではないかと思っています。そうしたものも、今後考えていきたいですね。
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「特集:荒波の先に見る大学像」は難局の時代を迎えた大学運営に焦点を当て、研究力向上を目指すさまざまな大学の特色ある取り組みを掲載します。
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