AI技術を医療にいち早く取り入れて、国内のみならず世界規模で展開している日本企業がある。富士フイルムだ。同社の医療AI事業は、現場の診療業務フロー(手順)の中で実際に役立つ製品やシステムづくりを重視している。その姿勢からうかがえるのは、医療現場に寄り添い、個別のニーズを解決するためにAIを活用するという思想。AI活用のヒントを得るため、同社でプロジェクトを率いるメディカルシステム事業部ITソリューション部長の成行書史(なりゆき・ふみと)さんに聞いた。

ディープラーニング登場前から取り組む
―富士フイルムは医療分野でのAI活用に早くから取り組み、2018年にAI技術ブランド「ReiLI(レイリ)」を立ち上げています。世界に先駆ける展開だったと思いますが、なぜ可能だったのでしょうか。
1990年代後半、コンピューターのリソース(資源)が今より少なかった時代から、当社はデジタル医用画像の管理や、CT/MRI画像などの解析のための臓器認識、病変認識などの複雑なタスクに取り組む機械学習の技術を試行錯誤し、祖業の流れを汲んだ独自かつ先進的な医用画像解析の技術開発に取り組んできました。1999年には医用画像情報システム(PACS)を、2008年には3D画像解析システムをリリースするなど、昨今の画期的なAI技術が登場する以前から、医用画像解析の研究を一生懸命にやっていたわけです。
そして、2012年頃からディープラーニング(深層学習)が急速に進化する中で、当初はこれがどこまで有用なのか半信半疑でした。従来の機械学習を用いた場合、臓器認識の精度としては8割ぐらいにとどまりましたが、ディープランニングを取り入れると精度がどんどん高まることを検証し、「これは使える」と判断して開発の加速にかじを切りました。今ではディープラーニングの活用によって、適用できる臓器や症例の範囲が格段に広がっています。

当社だけが先駆けていたとは言いませんが、いち早くブランドを立ち上げて、一連の製品やサービスを上市できたのは事実です。それを可能にしたのは、常に医療現場の課題を意識しながら新しい技術に取り組むという開発姿勢を持っていたところにあると思います。
医師たちの短時間で的確な診断をサポート
―医療の現場ではAI技術がどのように使われているのですか。
いろいろとあるのですが、例えばAI技術を活用した当社の3D画像解析システムは、CTやMRI画像をディープラーニングで解析し、臓器を抽出して高精度な3D画像を描出します。その画像を使った、術前の手術シミュレーションも可能です。

また、放射線科の医師たちは毎日、医用画像を撮影しては読影し、病変などについてのレポートを作成しています。しかし機材の進歩に伴う撮影枚数の増加や画像の高画質化などにより、詳細に見なくてはならないところも増えました。そこで当社は、AIによって臓器を見やすくしたり、病変が疑われるところを示したり、レポートのドラフト(素案)を作成したりできる機能を提供し、医師たちが短時間で的確な診断ができるようサポートをしています。もちろん、最終的な判断や決定は医師が担います。

ほかにも、当社が提供するCTやMRIなどの機器にはAI技術を活用した機能が搭載されています。大きな特徴の一つは撮影時間の短縮です。特にMRIは位置を決める調整に手間がかかるので、撮影時間が長くなりがちです。そこで、AIを使って調整を半自動化したり、医師が求める画像を高精度で描出できたりするようにしました。ある大病院では、これらの製品を導入したことで放射線科の業務時間が1日あたり2時間ほど短くなりました。
さまざまな医療機器と連携するITシステム
―医療のデジタル化に取り組む他社に対し、富士フイルムの強みはどこにあるのでしょう。
我々の製品やサービスの特徴は、現場の業務フロー全体を通して医療従事者を支援するところにあります。病院ではレントゲンやCTなど、日々さまざまな医用画像が撮影されています。現在では多くの病院で医用画像を管理して院内ネットワークで共有するためにPACSが導入されており、医療機関のIT基幹システムとなっています。
我々が提供しているITシステムは、CTやMRI、内視鏡、エックス線画像診断システムなどの画像を用いた診断はもちろん、超音波診断装置や体外診断システムなどのさまざまな医療機器と連携しています。当社の調べでは、国内の中規模から大規模の病院では60%以上で導入いただいており、世界でもトップシェアとなっています。

―現場のニーズに応えるためにAIを活用していることがシェアを得る一つの要因になっているのでしょうか。
そうですね。我々は常にAIの最新技術を追い求めていますが、最先端の技術を開発してユーザーに「すごいでしょ」と言ったところで、現場の業務フローが複雑になってトータルの診療にかかる時間が増えてしまっては、医療関係者に必ずしも使ってはもらえません。
加えて、医療現場が求めるものは病院ごとに異なります。求めているものが何なのか、ユーザー自身が気づいているものもあれば、外部の者が観察して気づくこともあります。現場の先生方と一緒に考えることが大事で、医師と近いレベルで臨床についても議論できることが望ましいです。そのために我々は、AI技術としてのトップレベルの技術開発と同時に、それ以上に医学書や医学論文を日々読むようにしています。

新興国などに健診を普及、装置の小型化と軽量化で実現
―海外で力を入れている取り組みを教えてください。
新興国や途上国には、日本のような健康診断の制度が整っていない国が多く、病気の予防や早期発見をするために健診をするという意識が基本的にありません。そこで当社は健康診断関連の事業を海外展開しています。健診センター「ニューラ(NURA)」を2030年度までに100拠点まで広げることを目標にしています。
インドなど経済的に発展して衛生状態が改善している国では、経済発展に伴い生活習慣病が増えるなど、健診に対する関心が高まっています。2021年にインドでスタートして以降、NURAやNURAのノウハウを取り入れた健診センターは、インドのほか、モンゴル、ベトナム、アラブ首長国連邦にも広がっています。

―健康診断に医療AI技術をどう生かしていくのでしょうか。
医療インフラの整っていない地域での結核検診の支援にも取り組んでいるのですが、交通インフラが整っていない地域でも持ち運びしやすいよう使用するX線撮影装置を小型化する必要がありました。また、新興国では人材も不足しがちなため、短時間で正確に判断できる仕組みも求められました。
この「小型化」と「短時間化」を実現しているのが独自の高感度化技術とAIです。レントゲンなど撮影機材の大きさはX線の出力に応じて大きくなります。従って大きな撮影機材ほど質の良い画像が撮れるわけですが、当社は独自の高感度化技術で、少ないX線量でも高画質な画像が撮影できるX線検出器を開発し、撮影装置の「小型化」を実現しました。また、AI技術を活用して医師の診断をサポートすることで、経験値の低い医師でも短時間で診断可能になりました。

また、診断の場面でもAIの支援が短時間化につながります。NURAでは、開始から検査結果の説明まで、一人あたりの所要時間は120分。その場で結果を見ることができるので、病気の早期発見だけでなく、受診後の行動変様も促すことができます。
この支援の仕方は、医療資源が不安定な新興国では大きな意味をもち得るでしょう。このように我々は、海外でも現場のニーズを最重視しています。
ロボットの細かい手技で変わる潮目
―今後の展開として、何か新しい技術開発を考えていますか。
昨今急速に進化しているロボット手術の周辺にも支援できる領域があると思っています。我々は手術前のシミュレーションだけでなく、手術中に医師が的確に手技を進められるよう支援するアプリケーションの開発も進めています。精緻なシミュレーションに基づく手技は手先の器用さを求めるものも多くあり、手術支援ロボットを活用して、これらの手技に取り組むトレンドが出始めています。海外の医師からの関心も高まっており、潮目が変わってきたと感じています。たぶん、この先5年ぐらいでいろいろな可能性が見えてくると思います。
関連リンク
- 富士フイルム AI技術ブランド「レイリ(ReiLI)」
- 富士フイルム 3D画像解析システム「シナプス ヴィンセント(SYNAPSE VINCENT)」
- 富士フイルム 画像診断ワークステーション「シナプス(SYNAPSE)」