インタビュー

恐竜王国・福井の最新研究事情【後編】幅広いキャリアパスと科学の窓口に~新学部誕生に込めた真の狙い(福井県立大学・今井拓哉さん)

2024.10.22

関本一樹 / サイエンスポータル編集部

 2024年8月、福井県立大学への「恐竜学部」新設が文部科学大臣により認可された。「恐竜」の名を冠した学部の設置は、もちろん国内初のこと。日本で最も多くの新種恐竜が発見された地ならではの挑戦だが、大胆なネーミングの裏にある真の狙いは何なのか。先に行われた総合型選抜では出願倍率が10倍を超えるなど高い注目を集める中で、来年4月の誕生に向けて準備にあたる今井拓哉さん(恐竜学研究所・准教授)に聞いた。

ブロンズ像の「恐竜博士」と同じポーズをとる今井拓哉さん
ブロンズ像の「恐竜博士」と同じポーズをとる今井拓哉さん

恐竜好きの受け皿がなかった

―恐竜学部の新設に至った経緯や狙いを教えてください。

 福井県は世界的に価値の高い恐竜化石の宝庫でありながら、研究の道を志す恐竜好きの若者にとって受け皿がありませんでした。県立の恐竜博物館はあくまでも展示にフォーカスした施設であり、研究人材の育成には限界があります。北陸全体に目を向けても、古生物学を学べる大学の研究室はいずれも無脊椎動物を主な対象としており、恐竜を含む脊椎動物の研究には必ずしも最適とはいえません。

 脊椎動物を中心に古生物学を学ぶには、国内では北海道や関東などの他地域を目指す必要があり、人材が流出してしまうことになります。また、せっかく遠方の大学へ行ったとしても、恐竜を研究対象にすることはやはり難しく、「古生物」という広い枠の中で学ぶ必要がありました。

 本学では2013年に恐竜学研究所が発足し、2018年から大学院生への教育が本格的にスタートしていましたが、学部の新設により学士課程まで裾野が広がることになります。来春からは恐竜研究に特化した学部として、地域の豊富な資源と志ある若者を結び付け、研究のさらなる推進と人材育成の担い手になっていきたいと考えています。

2025年度中に恐竜博物館の隣地で完成予定の勝山キャンパスイメージ図。設計は隈研吾氏が担った(福井県提供)
2025年度中に恐竜博物館の隣地で完成予定の勝山キャンパスイメージ図。設計は隈研吾氏が担った(福井県提供)

学びは博物館と連携、フィールド実践、デジタル活用

―恐竜学部ではどのようなことを学べるのでしょうか。

 「オール福井、すべてが学びの場」をコンセプトに、恐竜研究の基礎となる地球科学や古生物学、地質学を中心に学ぶことができます。従来にない特色としては、主に人的・物的な側面での恐竜博物館との連携、新種恐竜の発掘現場などでのフィールド科学の実践、そしてデジタル技術を活用した新たな研究手法の3つが挙げられます。

今井さん(右)と金居利昌さん(経営企画部恐竜学部開設準備室・企画主査)
今井さん(右)と金居利昌さん(経営企画部恐竜学部開設準備室・企画主査)

 恐竜学部の下には恐竜・地質学科を置き、さらに2つのコースを設けます。「恐竜・古生物コース」はオーソドックスな古生物学を学ぶコースですが、一番の売りとなるのはやはり恐竜の化石です。

 一般的な古生物学の教育では、アンモナイトや貝類など日本で多く発掘される化石が教材の中心になることがほとんどなので、この点は圧倒的な強みとなりますね。デジタル古生物学にも力を入れているので、CTやレーザースキャナーなどデジタル機器の使い方を学び、恐竜など古生物への応用を深めていくことになります。

 もう1つの「地質・古環境コース」は、いわゆるフィールド古生物学と呼ばれるもの。化石そのものだけではなく、化石を手掛かりとして過去の環境やその変化を調べる分野です。地層や断層を調べる中で、測量機器やドローンなどの使い方も学ぶことができます。

オープンキャンパスには県内外から定員いっぱいの高校生100人が集まった(福井県立大学提供)
オープンキャンパスには県内外から定員いっぱいの高校生100人が集まった(福井県立大学提供)

産学連携で観光振興の追い風に

―県の機関として、地域貢献への期待も高いのでしょうか。

 恐竜は福井県のトップブランドの1つです。県内の恐竜好きの受け皿になることはもちろん大事ですが、県外からの学生が増えることへの期待は当然ありますし、勝山市も最大で毎月2万5000円の学生向け補助金制度を設けるなど住環境整備に尽力してくれています。

 同時に、観光振興に貢献していくことにも期待がかけられています。博物館では商業的に手を付けにくい部分があるので、産学連携のような形で大学がこの部分を担っていきたいですね。実は過去にも、本学と同じ永平寺町の蔵元である吉田酒造さん、茨城県つくば市のベンチャー企業・地球科学可視化技術研究所と連携し、日本酒の「恐竜ラベル」をデザインしたことがあります。

 そうした活動を盛んにするため、2021年には福井新聞社と共同で大学発ベンチャー「恐竜総研」も設立しました。学説に基づいた商品開発など、研究成果をそのまま産業につなげることを目指しています。これらの取り組みや経験を生かしつつ、恐竜学部の新設を観光振興の追い風にしていきたいですね。

今井さんらが監修した日本酒のラベル。福井で見つかった新種の恐竜や原始鳥類をあしらった(吉田酒造提供)
今井さんらが監修した日本酒のラベル。福井で見つかった新種の恐竜や原始鳥類をあしらった(吉田酒造提供)

複合的な知識生かして地域の課題も解決

―初年度の募集は30人を予定しています。研究者や学芸員などのポスト数を考えると、多い数字のようにも感じます。

 大学や博物館における恐竜関連のポストを考えると、卒業生全員が将来的にそれらを得るのは難しいと思っています。そうなると一見、供給過多に感じられるかもしれませんが、我々は全員が恐竜研究の道に進むとは考えていません。

 そもそも恐竜の研究には、複合的な知識が求められます。実際に私たち研究者も、古生物学はもちろんのこと(現生の)生物学、地質学、環境学、土木学、コンピューターサイエンスなどの幅広い知識を総動員しながら研究に臨んでいます。恐竜学部のカリキュラムも、当然それらの知識を得るためのものとなるでしょう。恐竜研究のキャリアパスのみに限定せず、力を発揮できるフィールドを探してほしいと考えています。

―具体的にはどのようなキャリアパスを想定されているのでしょうか。

 恐竜へ直接的に関わる分野であれば、メディアや出版、教育関連の職業などですね。また、近年の恐竜研究はデジタル化が進んでいますので、3Dやアート関連の技術者やクリエイターなどの道にもつながるかもしれません。

今井さんが大日本印刷と連携して開発した「VR恐竜展システム 福井恐竜編」では福井の恐竜化石を仮想空間上の博物館で自由に展示することができる

 それ以外にも、防災や地質コンサルティングなどの職業は、恐竜学部で行われる地学の学びを存分に生かせると考えています。特に福井県の場合は、原子力発電所の数が最も多い自治体でもありますので。地学の知見で地域課題解決に貢献できる人材を輩出することも、目標の1つです。

コミュニケーション力と体力は必要

―恐竜学部を志望する学生にどのようなことを期待していますか。

 意外に思われるかもしれませんが、恐竜研究者には化学や数学が苦手な人も多いんですよ。ですので、理系科目の得意不得意や専門知識の有無を過度に気にせず、好奇心旺盛であってほしいと思います。

 恐竜研究は数学的に分かりやすく答えが出せる学問ではありません。さまざまなことを推定しながら研究を進めていく必要があるので、分からないことを分からないなりに楽しむ心を持ってもらいたいです。

 また、そうした自分の推論を理路整然と述べるには、文系的な思考も必要になります。そのために例えば本を読むなどして、表現力や読解力を磨くことも大切でしょう。恐竜研究は世界中の研究者と寝食をともにするので、歴史や宗教、地政学などにも明るい方が良いですね。自分の経験上、音楽の得意不得意だけはあまり関係がありませんでした。

推定しながら化石の特徴などを論文にまとめる「記載」と呼ばれる作業は研究の根幹部分(福井県立恐竜博物館提供)
推定しながら化石の特徴などを論文にまとめる「記載」と呼ばれる作業は研究の根幹部分(福井県立恐竜博物館提供)

 それから、恐竜研究は異業種の方とのやり取りが非常に多いので、コミュニケーション力も大切ですね。復元画が欲しいときはイラストレーターさんにお願いしなければなりませんし、発掘作業も土木業者さんの協力がないと成り立ちません。そうした方々と良好な関係を築く力も求められます。あとは体力が絶対に必要です! 発掘は主に夏場の炎天下で行われるので。

古生物学を学ぶ学生が全国から集う夏場が発掘作業の最盛期(福井県立大学提供)
古生物学を学ぶ学生が全国から集う夏場が発掘作業の最盛期(福井県立大学提供)

年間100万人を楽しませるレアな科学

―最後に恐竜や恐竜研究の魅力・価値を教えてください。

 恐竜は謎の多い生き物です。新種の発見に限らず、これまで誰も知らなかったことを明らかにし、人前で発表できたときはものすごい達成感があります。

 恐竜研究は直接的に人を健康にしたり、暮らしを便利にしたりすることはできません。しかしそんな恐竜研究の成果を見るために、恐竜博物館には毎年100万人近い人々が訪れてくれます。100万人を楽しませる科学の分野は、他にそう多くはありません。科学に触れる「窓口」として、恐竜や化石はベストな選択肢の1つと言えるのではないでしょうか。

 つまり恐竜は、科学が発展する足掛かりとなる存在だと信じています。研究成果を伝えることで、私もそれに貢献していきたいですね。

今井拓哉(いまい・たくや)

福井県立大学恐竜学研究所・准教授/福井県立恐竜博物館・研究職員/地球科学可視化技術研究所 恐竜技術研究ラボ・客員研究員/恐竜総研・技術部長

1987年東京都生まれ。モンタナ州立大学理学部にて学士課程・修士課程を終えたのち帰国し、2019年金沢大学大学院自然科学研究科博士課程を修了。博士(理学)。2015年、福井県立恐竜博物館研究職員。2019年より現職。専門は恐竜の繁殖学や恐竜時代の鳥類学で、特に国内における前期白亜紀の陸上の地層に注目して研究を行っている。近年では民間企業と連携し、バーチャル技術を活用した新時代の地学教育にも取り組んでいる。

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