インタビュー

東北の海を「科学の目」で解き明かす―水産業の復興に貢献した海洋物理学

2021.03.10

関本一樹 / JST「科学と社会」推進部

 あす東日本大震災から10年を迎える。震災の約半年後から、科学技術の力で被災地の漁業復興に取り組んできた「東北マリンサイエンス拠点形成事業(TEAMS)」の活動も、この3月をもって一区切りを迎える。SDGsの理念が少しずつ浸透してきたこともあり、各地で科学技術による地域の課題解決や持続可能性の確立に向けた取り組みが盛んに行われているが、TEAMSの研究者たちは被災地の営みにどのような貢献を果たしてきたのか。海洋物理学による「科学の目」で東北の海のメカニズム解明に携わった2人の研究者に聞いた。

三陸の豊かさをもたらす「3つの流れ」―田中潔さん(東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海洋研究センター・准教授)

―まずは田中さんがフィールドにしている、三陸の海の特徴について教えてください。

 何よりも、とても豊かな漁場であることです。豊かさをもたらす最大の理由は、3つの海流がぶつかる地点にあること。太平洋側を南から上ってくる「黒潮」と、黒潮と九州の南のあたりで分岐して日本海側を回り、津軽海峡を通って三陸へ南下してくる「津軽暖流」の、2つの暖流があります。加えて、北海道の太平洋側を南下する寒流「親潮」も三陸沖でぶつかります。海流は、文字どおり温かい水や冷たい水はもちろんのこと、様々な生物や栄養も運んでくれているのです。

 栄養という点では、陸からもたらされるものにも目を向ける必要があります。川から注ぐ水です。山や森から流れ出た川の水は、たくさんの栄養を含んでいます。このような背景をもとに三陸は豊かな漁場となり、ワカメ・コンブ・ホタテ・カキなどの養殖業が盛んなのです。

三陸沖は3つの海流が合流する地点に位置する(提供:TEAMS)
三陸沖は3つの海流が合流する地点に位置する(提供:TEAMS)

―田中さんは、三陸でどのようなことを調べているのですか。

 私の専門は「海洋物理学」といって、流体力学の考え方で海水の流れを把握し、そのメカニズムを解明する研究です。具体的には、3つの海流や陸から注ぐ川の水が運んでくる栄養の流れなどをシミュレーションすることに取り組んできました。

―データはどのように取得しているのでしょうか。

 小型船に乗って、潮の流れの速さ、水温、塩分などを計測しています。また、一部の海域ではブイを浮かべて常に海流のデータを取得しています。こうして得たデータをもとに海を一辺10メートルほどのサイコロ状の単位(小箱)に区切り、小箱ごとの海流の速さや方向を、流体力学の方程式を用いてコンピューター解析します。

左:深さ10センチごとに水温や塩分を計ることができるCTD(Conductivity Temperature Depth)右:超音波を発射し、塵や生き物にあたって戻ってくる反射波から潮の向きと速さを計るADCP(Acoustic Doppler Current Profiler)(いずれも提供:TEAMS)
左:深さ10センチごとに水温や塩分を計ることができるCTD(Conductivity Temperature Depth)
右:超音波を発射し、塵や生き物にあたって戻ってくる反射波から潮の向きと速さを計るADCP(Acoustic Doppler Current Profiler)
(いずれも提供:TEAMS)

 こうした調査を3年ほど続けた結果、大槌湾の海流が縦に3層の構造になっていることがわかってきました。最も上の層は、川から流れ込んだ水が混じる塩分の薄い水(図・緑の矢印)、中間層は太陽で温められた暖かい海水(図・赤の矢印)で、一番下の層は冷たい水(図・青の矢印)です。

晩春~初秋頃の大槌湾内の海流の様子。青と赤の層は、6~12時間ごとに流れの向きが変わる。(提供:TEAMS)
晩春~初秋頃の大槌湾内の海流の様子。青と赤の層は、6~12時間ごとに流れの向きが変わる。(提供:TEAMS)

―3層の構造が、どのようなことを引き起こしているのでしょうか。

 潮の満ち引きや地形の影響を受け、6~12時間ごとに中間層と下層の流れの向きが逆転します。また、流れの速さも平均で秒速30センチと非常に速い。つまり、ダイナミックに海水の交換が行われているといえるでしょう。先程も述べたように、海水は生物や栄養素を運んでくるので、漁場としての豊かさと海水の流れが関係していることがわかってきたのです。

―このことは、地域の漁業にどのような価値をもたらすと考えますか。

 地域の漁師さんの言葉に「二重潮(ふたえじお・にじゅうちょう)」という、上層と下層で潮の流れが違う状況を指すものがあるそうです。つまり漁師さんたちは、このことを体験的に知っていました。ここに科学的事実を加えたことが、1つ目の重要なポイントだと考えています。また、これまで知られていなかった最も深いところにある第3の層の存在を明らかにできたことで、三陸の海の豊かさがどのようにもたらされているのか、さらに高い精度で明らかにすることができると期待しています。

―最後にTEAMSでの活動を振り返って、研究者が地域で果たす貢献についての考えを聞かせてください。

 持続的な発展に繋がる復興は、しっかりとした土台があってこそのものです。科学技術が復興にどれだけ貢献できるかが問われていた中で、私が取り組んでいる基礎科学は、復興に直接的に役立つ様々な科学技術の土台を作ってきたと言えるでしょう。また、TEAMSの活動を通して、現場の海のことを最も良く知る水産業に関わる方々と連携できたからこそ、世界に先駆けた取り組みを実践することができました。チャレンジ精神を持って現場で連携していくことは、とても重要だと思います。

田中潔さん

田中潔さん
東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海洋研究センター・准教授
大阪府出身。博士(理学)。2000年京都大学大学院理学研究科博士課程修了後、科学技術振興事業団戦略的基礎研究推進事業研究員、東京大学海洋研究所海洋環境研究センター助手を経て、2011年より現職。

コンピューター上で再現する「海の天気予報」―石川洋一さん(海洋開発研究機構(JAMSTEC) 付加価値情報創生部門情報エンジニアリングプログラム・プログラム長)

―石川さんの研究内容を教えてください。

 一言で言うと「海の天気予報」です。海水温などの物理データに加え、気温や日差し、風力などの気象データ、さらには生物や化学物質のデータなどを組み合わせて、コンピューター上で海を再現しています。海の動きを時間軸で表せることが特徴で、未来の予測はもちろんのこと、過去の海の状況を再現することも可能になりました。

アメリカ海洋大気庁(NOAA)が観測した衛星海面水温(左)と、三陸沖の高解像度海洋モデル(THK50)で再現された最上層水温(右)の比較。いずれも2004年4月15日時点を示すもの。白地は陸地。津軽海峡から流出する津軽暖流水、道東沿岸から岩手沿岸へと南下する親潮が再現されている(提供:TEAMS)
アメリカ海洋大気庁(NOAA)が観測した衛星海面水温(左)と、三陸沖の高解像度海洋モデル(THK50)で再現された最上層水温(右)の比較。いずれも2004年4月15日時点を示すもの。白地は陸地。津軽海峡から流出する津軽暖流水、道東沿岸から岩手沿岸へと南下する親潮が再現されている(提供:TEAMS)

―海の天気予報では、具体的にどのようなことがわかるのでしょうか。

 例えば、東北沖で北から南に流れている親潮が、いつ、どの範囲に、どんな経路で到達するのかを予想することで、生物などが受ける影響を把握できます。これに水温や海流、プランクトンなどの餌の情報なども組み合わせると、豊漁が見込まれる場所も予測できるようになります。

―大規模プロジェクトならではの特徴や、だからこそ実現できたことはありますか。

 TEAMSに集う研究者の分野や専門は様々です。多様な強みを持つ研究者が、「東北の水産業の復興」という1つの目的のために集ったことがTEAMS最大の特徴でしょうね。私はかつて、青森沖でアカイカ漁のためのコンピューターシミュレーションを行うプロジェクトを推進していました。この時は海洋物理分野の中で、水温や海流などのモデリングを中心とした活動を行っていましたが、これはあくまでも海の一側面を扱ったにすぎません。TEAMSでは研究者の多様性を生かした様々なプロジェクトが並行しているので、各所で得られる生物や化学などの膨大な観測データも統合していくことで、東北の海の再現マップが作れるのではないかと思っています。

岩手県水産技術センターの沿岸定線観測結果(トドヶ埼沖)との比較。上が観測、下が高解像度海洋モデル(THK50)による再現結果。左が水温、右は塩分を表す。いずれも2004年4月時点を示すもの。縦軸は深さ(メートル)で、横軸は経度。岩手県沿岸から15海里程度まで、高温高塩な津軽暖流水が厚さ250メートル程度で存在し、その外洋側に親潮が流入する様子が再現されている(提供:TEAMS)
岩手県水産技術センターの沿岸定線観測結果(トドヶ埼沖)との比較。上が観測、下が高解像度海洋モデル(THK50)による再現結果。左が水温、右は塩分を表す。いずれも2004年4月時点を示すもの。縦軸は深さ(メートル)で、横軸は経度。岩手県沿岸から15海里程度まで、高温高塩な津軽暖流水が厚さ250メートル程度で存在し、その外洋側に親潮が流入する様子が再現されている(提供:TEAMS)

―東北の海を再現することで、地域の漁業にどのような効果をもたらせると考えていますか。

 モデルを用いる一番のメリットは、コンピューター上で様々な状況を再現できるようになることです。例えば、養殖する資源の量を倍にした場合、必ずしも漁獲量が倍になるとは限りません。資源や環境を良い状態に保ちながら漁業を長く続けていくためには、環境要因を勘案しながら時と場合によっては制限することも必要です。今回構築したモデルによって、実際にフィールドでテストを行う前にコンピューター上で結果を予測できるようになるのは大きな利点だと考えています。

―漁業関係者と関わる中で、どのようなことを感じていますか。

 彼らの声を直接聞くことで大きな責任とやりがいを感じています。現場を知る漁師さんの意見にはリアリティがありますし、ニーズも具体的です。例えば、「今年は豊漁になるか」といった質問は多く受けますね。ただ、現状の技術では1カ月程度先の予測が限界で、それよりも先の予測に関しては新たなモデルを構築するなどして、精度を高めることが今後の課題でもあります。

 ただ一方で、TEAMSは間もなく終わりを迎えます。研究成果が今後もサービスとして提供され続けるためには仕組みづくりも重要です。実際、先に触れたアカイカのプロジェクトでも、運営は民間に引き継がれました。

―最後に、TEAMSで生まれた成果の今後の展望を聞かせてください。

 TEAMSで構築した統合的なシミュレーションによる予測は、自然環境の豊かさを守りながら経済的に安定した漁業を続けるという水産業の2つの側面における持続的な発展に貢献できるもので、世界に先駆けた水産業の新たなモデルでもあります。TEAMSによる復興への取り組みは3月で一区切りとなりますが、その後の発展はもちろんのこと、東北で生まれた知見を世界に向けて展開していきたいと考えています。

石川洋一さん

石川洋一さん
海洋研究開発機構(JAMSTEC) 付加価値情報創生部門情報エンジニアリングプログラム・プログラム長
愛知県出身。博士(理学)。1999年京都大学理学研究科博士課程修了後、京都大学理学研究科助手、同助教を経て、2012年に海洋研究開発機構所属。2019年より現職。

注釈:この記事は過去にTEAMSの「東北マリンぷれいやーs」に掲載されたインタビュー記事を再編し、掲載したものです(企画協力:TEAMS)
http://www.jamstec.go.jp/i-teams/j/players/index.html

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