インタビュー

「世界中の望遠鏡が協力して中性子星合体を観測 ―重力波と光の同時観測『マルチメッセンジャー天文学』の幕開けは、何を意味するのか?」(1/3)(玉川 徹 氏 / 理化学研究所仁科加速器研究センター)

2017.12.28

玉川 徹 氏 / 理化学研究所仁科加速器研究センター

 重力波は、重い天体が動いたとき、周囲の時空にゆがみが生じ、それが光の速さで「さざ波」のように宇宙空間に伝わる現象だ。1916年にアインシュタインが一般相対性理論の中で予言していた。重力波が初めて観測されたのは、2015年9月14日。その功績に対して2017年10月3日、ノーベル物理学賞が米国のレイナー・ワイス氏、バリー・バリッシュ氏、キップ・ソーン氏に授与されることが決定した。

 そのわずか2週間後の10月16日、今度は「地球から1.3億光年離れた宇宙で、二つの中性子星が衝突・合体したことで放出された重力波を8月17日に検出した」と米国の重力波望遠鏡LIGOと欧州の重力波望遠鏡Virgoの共同観測チームが発表した。これまでに、重力波は合わせて4回観測されている。いずれも太陽質量の8〜36倍という大きなブラックホールの衝突・合体で放出された重力波で、地球からの距離は13億?30億光年だった。共同観測チームは、今回の重力波源を「GW170817」と名付けた(図1)。

図1.中性子星合体の瞬間の想像イラスト。(Credit: NSF/LIGO/Sonoma State University/A. Simonnet)
図1.中性子星合体の瞬間の想像イラスト。(Credit: NSF/LIGO/Sonoma State University/A. Simonnet)

 この100年に1度ともいえる歴史的な観測について、理化学研究所(理研)仁科加速器研究センターの玉川徹主任研究員に話を伺った。玉川氏はX線・ガンマ線天文衛星を使って、超新星爆発や中性子星、ブラックホールなどの高エネルギー天体現象や、宇宙での元素合成のメカニズムを解き明かそうとしている。

世界90チーム、70の望遠鏡と観測機が協力して捉えた中性子星合体の瞬間

―ブラックホール合体と中性子星合体の違いを教えてください。

 太陽質量の8倍以上の大きな恒星は、一生の終わりに超新星爆発とよばれる大爆発を起こします。特に、太陽質量の30倍以上の恒星の場合はその中心にブラックホールができます。ブラックホールはその巨大な重力で光さえも吸い込んでしまうため、直接目で見ることはできません。一方、太陽質量の8?30倍の恒星は中性子星になります。中性子星の主な成分は中性子、重さは太陽の1?2倍なのに直径は20キロメートル程度と非常にコンパクト、かつ1立方センチメートルあたりの質量は10億トンという、宇宙で最も高密度の天体です。今回観測された二つの中性子星の重さは太陽質量の1.2?1.6倍でした。

写真1.玉川 徹 氏
写真1.玉川 徹 氏

 ブラックホール合体では、重力波以外は放出されません。2015年は重力波天文学の夜明けとなりましたが、光(電磁波)で観測している研究者はブラックホールが合体しても何もできないわけです。一方で、中性子星合体では、衝突によって物質が引きちぎられたり暖められたりすることで、重力波と同時に電磁波が放出されます。実際に今回、ガンマ線、X線、紫外線、可視光、赤外線、電波まで、全ての波長の電磁波での観測に成功しました。このように、重力波と電磁波を組み合わせた天文学を「マルチメッセンジャー天文学」とよんでいます。今回のイベントで最も重要なのは、この新しい天文学が拓けたことです(図2)。

図2.ブラックホール合体と中性子星合体の直前を表した、シミュレーション画像(左)と想像イラスト(右)。

―重力波が検出された際、すでに構築されていた電磁波観測によるフォローアップ体制とはどのようなものだったのでしょうか?

 もともとLIGOの研究者は、重力波望遠鏡で最初に観測できるのは中性子星合体だと予想していました。そのため、LIGOが動き始めた2000年代から、重力波が検出された場合に電磁波観測で追跡できる研究者を募っていて、対応可能な世界中のほぼ全ての研究チームと契約をしていました。理研とJAXAが共同で宇宙ステーションに搭載しているX線観測装置MAXIのチームや、国立天文台などからなる日本の重力波追跡チームJ-GEMもそうです。今回は、GW170817の検出後すぐに、目標天体までの距離とおおよその位置の情報を世界各国の90チームに流しました。各チームは、すぐさま重力波源となる天体を電磁波で探す観測体制に入り、最終的には地上と宇宙を含めて、70もの望遠鏡や観測装置が一斉にGW170817の方向に向けられました(図3)。

図3.中性子星合体の重力波を検出した3台の重力波望遠鏡(黄)と史上初の電磁波観測を行った宇宙と地上の望遠鏡群(青)の分布。(credit: LIGO-Virgo)
図3.中性子星合体の重力波を検出した3台の重力波望遠鏡(黄)と史上初の電磁波観測を行った宇宙と地上の望遠鏡群(青)の分布。(credit: LIGO-Virgo)

 もう少し詳しくいうと、GW170817の天球上での場所はまずLIGOとVirgoにより、ある程度の領域に絞られました。その領域は地球から見て月100個分が入る広さでしたが、そこにはそれこそ星の数ほどの天体が存在しています。しかし重力波で位置が絞られたからこそ、重力波検出から11時間後には、南米チリのスオープ望遠鏡が可視光で、うみへび座方向にある銀河NGC4993の中で目標天体を発見しました。(図4)。

図4.GW170817の天球上の場所と発見された銀河NGC4993。右上がスオープ望遠鏡による画像で、矢印で示した点が重力波源の天体。右下はその20日前の画像で、そのとき天体はまだ存在していなかったことを示している。(<a href=
図4.GW170817の天球上の場所と発見された銀河NGC4993。右上がスオープ望遠鏡による画像で、矢印で示した点が重力波源の天体。右下はその20日前の画像で、そのとき天体はまだ存在していなかったことを示している。(B.P.Abbott et.al.“Multi-messenger Observations of a Binary Neutron Star Merger”ApJL Volume 848 Number 2 (2017)より引用)

 それを皮切りに、世界中の研究チームによるガンマ線から電波まで全波長での観測が行われました。その成果は、2017年10月20日付けのThe Astrophysical Journal Letters誌に、約3,500名の共著論文として掲載されました。タイトルは「連星中性子星合体のマルチメッセンジャー観測」、これだけ多くの共著者による論文はこれまでにはありませんでした。非常に重要な観測だから詳細な記録として残しておこうという、いわば記録論文です。これから派生する解釈論文は、Nature誌やScience誌を含む多くの雑誌に掲載されています。

―中性子星合体の瞬間は、どのように捉えられたのでしょうか?

 これまでのブラックホール合体では、重力波の周波数が合体前1秒ほどで急激に上昇しました。今回は、合体の100秒ほど前から重力波が見えていて、最初は20ヘルツ、つまり二つの中性子星がお互いの周りを1秒間に20回の速度で回っていました。そのときの中性子星間の距離は300キロメートルほどでしたが、だんだん距離が縮まり回転も速くなって、合体の10秒前で60ヘルツ、合体の瞬間には2,000ヘルツまで上昇しました。これには非常に驚きました。これほどはっきりと中性子星合体と分かるような重力波が、これほど早く検出されるとは、誰も予想していなかったと思います。

 そして、合体の1.7秒後に米国のフェルミ観測衛星がショートガンマ線バーストを観測しました。実は、これはとても重要なことを意味しています。

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玉川 徹 氏
玉川 徹 氏

玉川 徹(たまがわ とおる)氏のプロフィール
理化学研究所仁科加速器研究センター
玉川高エネルギー宇宙物理研究室 主任研究員
1970年、兵庫県生まれ。理学博士。1993年、東北大学工学部応用物理学科卒業。2000年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。同年、理化学研究所宇宙放射線研究室協力研究員、牧島宇宙放射線研究室研究員を経て、2010年玉川高エネルギー宇宙物理研究室准主任研究員、2017年より現職。2005年より東京理科大学客員教授を兼任。

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