医療研究の司令塔として「日本医療研究開発機構(AMED)」がこの4月に発足した。優れた基礎研究の成果を発掘して大きく育て、すみやかに臨床・創薬へ とつなげ、国民の「生命、生活、人生」の3つのLIFEの実現を目指す。病院も研究所も持たず、大学などの研究者に競争的資金を配分し、ネットワークで結ぶ”バーチャル研究所”として、斬新で合理的な研究支援と運営に力を入れる。「患者の目線で研究を進めたい」「研究費の合理的な運用を」「若手を積極登用する」――。早くもエネルギッシュなスタートを切り、改革にかける末松誠・初代理事長に思いの丈を聞いた。
―AMEDは臨床に直結する研究が中心になるとの印象が持たれていますが、基礎研究の位置づけをどのように考えていますか。
僕らは基礎研究もしっかりと応援していきます。 AMEDの研究費の中で何%を純然とした基礎研究に充てるべきか、最近のシンポジウムでも相当議論になりました。
米国立衛生研究所(NIH)では、基礎研究と臨床研究のファンディング比率が「55対45」で、基礎の方が多いと話していました。英国はある時期に「70対30」と基礎に大きく比重を置きましたが、まもなく軌道修正をして「55対45」に変えたようです。
AMEDはまだ正確に分析していませんが、おそらく基礎研究の比率は現状では30%くらいでしょう。しかしこれは日本全体で見るべきです。文部科学省の研究費の中にも臨床研究に近いものがたくさんあります。研究所内での研究費がどのように使われているか不明なものもありますが、総合すると概ね「6対4」くらいになるのではないでしょうか。日本全体としてみるなら基礎研究の方が多いかもしれません。
―最低ラインとしてAMEDは30%を基礎研究として確保するのですね。
なぜそれが大事かというと、臨床研究に特化してしまうと早晩、臨床研究自体が行き詰まりを生じるからです。今まで医療研究に入り込む余地のなかったような技術革新の成果を積極的に集め、臨床研究からも新しい基礎研究が生まれるように、AMEDの研究企画課などが目配りする必要があります。
科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業CRESTの医療関連部門がAMEDに移行しました。そこのチームはこうした仕組みを作る優れた能力を持っているので、どうやって面白い基礎研究をAMEDの中で作り、継続していけるか楽しみです。
―基礎研究の成果を開発し、実用化へと順番につなげていく古いタイプのリニアモデルではなくて、臨床の現場で生まれた課題から新たな研究のタネを見つけ、もう一度基礎研究に立ち戻るという新たなモデルですね。臨床研究と基礎研究が、ずっと離れた関係にあるのではなく、コインの裏表の関係のようなごく近い関係にも例えられそうですね。
医学、医療の進展は、ほとんどが科学技術の発展の恩恵を受けています。JSTの中村道治理事長ともこの話はよくしますが、革命的な技術が生まれたことでそれまで不可能だった臨床や治療が急速に実現した事例はたくさんあります。その面からも臨床現場のニーズは、基礎研究にもつながる大切なものなのです。
難病に関与する遺伝子が一つ一つ解明され、その遺伝子を押さえ込む薬ができれば、複数の遺伝子で起きているような病気に対する考え方も変わってくるでしょう。糖尿病でも、なぜある人が発症しても別の人には現れないのか、人によって症状の現れ方が異なります。それは遺伝子のちょっとした違いや環境因子の交互作用によるのではないか、と思います。
慶應義塾大学の医学部で研究している超長寿者の方たちの遺伝子を調べても、全て正常で、異常は無かったのかといえば、決してそうではありません。むしろある種の遺伝子の「異常」があるために、別の病気になりにくいということもあるのです。とても不思議ですが当たり前といえば当たり前ですね。
例えば、高血圧になる信号を受け入れる受容体に異常があるために、高血圧にはならないで済んだというお年寄りもいるかもしれません。このタイプの方がもし高血圧であったとすれば、例えばアンギオテンシンの受容体拮抗(きっこう)薬などは効かないはずです。患者の個々の状況を一般化して、薬を投与しているのが、今の医療の一側面なのです。
こうしたことが分かってくると、遺伝子の異常とは、人間にとっていったい何なのだろうかと考えさせられてしまいます。果たして「正常」なら良くて、「異常」は良くないことなのだろうかと、これまでの常識が揺らいできます。人の「病気」や「遺伝子の異常」に対する考え方が、次第に変わってくることに気づかされるのです。
―それは個人の特性とか個性でもあるわけですね。
個性ですね。個性と病気の境目がなくなってくるのです。すると難病にかかっている患者さんに対する私たちの見方も変わってくるのではないかと思います。とても大事な視点なのです。
こうした研究は、まさに「人間の研究」なのです。それは基礎研究としても十分に成り立つテーマです。人文科学的な見方も加味しながら、科学のメスを入れていくと、どんな新しい学問に発展していくか楽しみです。「人間とは何か」を突き詰める新たな領域の学問になり得るでしょう。
東京大学では最近、「ゲノム医科学研究機構」を作り、そこで人文科学、医学、生命科学、数学を入れて研究を始めたそうです。今まさにそういう時代に入ったのです。
―学際的領域にも取り組むのですね。
やりたいですね。がんの臨床研究のワークショップがあり、「ビッグデータや統計を扱う専門家が少なすぎる」という指摘がありました。
教育は大学の本来のミッションです。統計学が、大学の一般教養の一科目ではなくて、臨床研究のカリキュラムにきちんと組み込まれ、実習と共に通年科目で教えられるようにしたり、OJT(業務を通じた訓練)の仕組みを構築しないと、本当の人材教育になりません。
全国の医学部や大学院がそのような人材育成の試みをすることを切望しており、機構としてもそのような考え方を応援していきたいと思います。
―それは不可能なことではなさそうですね。
「理事長になるべき者」の指名を受けてすぐ取り組んだことの一つに、「リサーチレジデント制度」の導入があります。
国立研究機関では、規定によりポスドク研究者を雇用する仕組みがないところがあります。国立感染症研究所などは、このため大学院生が感染研で修練をしても卒業後のキャリア設計ができない状況にありました。つまり感染症の若手研究者を育てることができないという問題があったのです。
そこで厚生労働科学研究費で、公募の際に研究開発計画の研究代表者に若手研究者の登用計画を申請してもらい、研究とセットで若手研究者を指導育成する仕組みを作りました。つまりポスドク研究者をAMEDに所属させ、国立感染症研究所に出向という形で研究が行えるようにしたのです。
この発想は、JSTの戦略的創造研究推進事業ERATOの仕組みに少し似ていますね。すでに4月から国立感染症研究所で18人ほどの「リサーチレジデント(専門臨床研修医)」がAMEDからの出向者として研究を始めています。
まだ小さな風穴で、1年ごとの短期雇用ですが、これに他の研究費の申請権がつけられればポスドク研究者が他の研究費を獲得するなどしてキャリアアップしながら研究を進めることができるようになります。あるいは大学からAMEDを経由して感染研に出向する研究者が出てもいいでしょう。こういう考え方が広がればいいと願っています。
今何が必要か、どのように変えるべきかを的確に判断しながら、患者さんの目線で研究面の改革を断行していくつもりです。
(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)
(完)
末松 誠(すえまつ まこと) 氏のプロフィール
県立千葉高校卒、1983年慶應義塾大学医学部卒、91年カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体医工学部留学、2001年慶應義塾大学教授(医学部医化学教室)、07年文部科学省グローバルCOE生命科学「In vivo ヒト代謝システム生物学点」拠点代表者、慶應義塾大学医学部長、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「末松ガスバイオロジープロジェクト」研究統括。15年4月から現職。専門は代謝生化学。