インタビュー

シリーズiPS Trend「“未来”の担い手たち」第2回「世界最高精度の測定手法で移植細胞の有効性/安全性の判定を目指す」(2/2)(二階堂愛 氏 / 理化学研究所情報基盤センター バイオインフォマティクス研究開発ユニット ユニットリーダー)

2015.07.16

二階堂愛 氏
二階堂愛 氏

このシリーズでは、再生医療の研究現場を切り拓く注目の若手研究者の方々に、日々挑んでいる具体的な研究内容と、その先に見ている目指すものをお話いただきます。第2回は、理化学研究所情報基盤センターでバイオインフォマティクス(生命情報学)の研究に取り組む二階堂愛(にかいどう いとし)氏に伺いました。

※本シリーズは、科学技術振興機構(JST)の「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」に属する研究者の方々に、リレー形式で取材したものです。同プログラムは、現在、日本医療研究開発機構(AMED)に移管されました。

―1細胞の遺伝子発現測定技術はどのような発想で生まれたのですか?

工学システムを考えた時、しっかり設計され、それ通りに動く作り方が一般的だと思いますが、生き物を見ていると全然そうなっていません。生き物のフワフワした柔らかさや曖昧さが生命システムにあり、上手に利用しているように見えます。それを調べるためには1つ1つの細胞を調べないといけないと思いました。私は1細胞のRNAを読む技術と、それをどう解析したら生き物がうまく動いているかデータ解析する研究をしていましたが、既存の技術ではどのくらい遺伝子の発現があって、どのくらい細胞間でばらつきがあるのか精密に測れませんでした。

そこで、私はバイオインフォマティクス(生命情報学)の研究者として、新しいデータ解析法を検討し、精度の足らない分は実験技術を向上させれば良いという考えに至りました。当時の上司である上田泰己(うえだ ひろき)現・東京大学大学院医学系研究科教授と相談して、実験技術を一緒に作ってくれる仲間を探し、現在私のラボに所属する笹川洋平(ささがわ ようへい)上級センター研究員を迎えました。笹川さんがサンプルの測定精度が高めるための実験手法を考案し、それを私が解析して定量的にどのくらい測定精度が良くなったかを確認しました。それを繰り返して、二人三脚でシステムを作ってきました。

最終的に、1細胞について全ての遺伝子を測ることができるシステムを完成させました。どこがうまくいってないかを定量的に調べて、原因がわかったら改善するという作業を続け、最終的に精度の高い測定技術ができました。従来法だと全遺伝子のうち2~3割しか見られませんでしたが、私たちの手法だと8~9割の遺伝子を捕らえられます。

開発中の新技術
開発中の新技術

―この新技術をQuartz-Seq(クオーツセック)法と名付け、2013年に発表しました。さらに、捕らえきれなかった1~2割の遺伝子を捕らえる手法も検討されているのですよね?

たくさんの1細胞をシーケンスすることを考えています。1つの細胞のシーケンス実験を、細胞の数だけ1つずつ分離して各々で反応させなければなりません。これは大変な作業なので事前に細胞1つに目印をつけます。こうすることで他の細胞と混ぜてしまっても、後から目印を使って分離することができます。これにより細胞1つ1つを入れるウェルプレート(小さい孔がたくさん開いている容器)でなく、1つのチューブに細胞群を入れることで実験自体も楽になり、たくさんの細胞を測定できます。また、私たちの手法は極めて少ない遺伝子発現でも捕らえられるので、シーケンス量が減っても網羅的に遺伝子発現を測定できます。

今、全遺伝子のうち1~2割の捕らえもらしが、どこで起きるのかを調べています。私たちはRNAをシーケンスするために、RNAをDNAにする逆転写反応を用いています。私たちはここに注目し、逆転写反応がかかれば、ないもの(捕らえもらし)は増えないはずなので、この逆転写反応を完璧にすることを考えました。つまり、完璧なDNAを作ることで、捕らえもらしを改善するのです。これまでの検討で、2割だった捕らえもらしが3%まで減る見込みが出てきました。この前処理をすればシーケンス量を大幅に減らしても、精度が高い測定ができます。この技術は、RNAの研究全てに波及するコア技術にもなりえます。

解析に威力を発揮するスーパーコンピュータの前で
解析に威力を発揮するスーパーコンピュータの前で

―再生医療研究の面白さをどのように感じていますか。

独りよがりの技術を作るより、目の前にユーザー(利用する研究者)がいて、私たちの技術のどういうものが使えるか、その人たちがこう考えるならこんな技術を作れば良いということをできるのは面白い。私たちは、移植細胞の有効性や安全性の目印(マーカー)を見つけるための手法を検討していますが、この再生医療分野のニーズは、大量のものから微量なものを見つける、まさに私たちの専門分野だと気づきました。計測技術も世界レベルで、実験研究者への支援も一流でなければなりません。両方が伴わないと実現しない課題だと思います。

―他の拠点との連携はどうなっていますか。

再生医療の臨床応用を目指す再生医療実現拠点ネットワークプログラムで大切なのは、移植細胞の有効性と安全性の評価。再生医療実現拠点ネットワークプログラムの拠点と連携して、それらの評価で役割を果たしたいと考えています。

―先生の技術は再生医療にどんなインパクトがあると考えていますか?

安全で有効な再生医療がはやく実現するための基盤技術を整えることを目指しています。再生医療に利用する移植細胞を作っている人たちは、有効性を求めて研究をしています。それがなければ安全もありません。私たちは一歩離れて、技術開発の視点から有効性、安全性を考えています。この技術は、将来、移植細胞を利用して治療する研究分野のインフラになり得る。再生医療研究全体を加速することに貢献できると思います。

―今後の研究展開を教えてください。

技術を現場で使えるレベルまで持っていこうということが大事です。私の研究分野は、世界中にライバルがいるのでいち早く新しい技術を開発しなければなりません。1細胞測定は、欧米では5年前から研究資金の支援がスタートしており、すでに支援が一周しています。日本は今年度(平成26年度)から始まったばかり、危機感もありますので早く新たな技術を世に出していきたいです。

―後輩や若手へのメッセージをお願いします。

次世代DNAシーケンサの登場で、ひとりの研究者やひとつの小さな研究チームが、これまででは考えられないほどの大規模なシーケンスデータを取り、みずからのアイディアを検証できるようになってきました。もはや生命科学者と生命情報科学者の境界は曖昧になり、両方の知識と技術を持つ人材が必要とされています。自分のアイディアを実現するために、自分の専門を深めつつも、新しい分野に飛び込む楽しさも体験して欲しいと思います。

(「iPS Trend」の記事を一部改変)

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二階堂愛(にかいどう いとし)氏
二階堂愛(にかいどう いとし)氏

二階堂愛(にかいどう いとし)氏のプロフィール
横浜市立大学大学院総合理学研究科修了。博士(理学)。埼玉医科大学ゲノム医学研究センター、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターを経て、2013年4月より現職の理化学研究所情報基盤センターバイオインフォマティクス研究開発ユニット ユニットリーダーに就任。「インフォマティクスから始まるライフサイエンス」を目指し、シーケンスデータ解析技術と実験技術の研究開発をワンルーフで行なっている。

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