インタビュー

患者目線の医療維新を目指して 第5回「優れた研究者を発掘する“目利き”をどう育てるか」(末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長)

2015.07.03

末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長

末松 誠 氏
末松 誠 氏

 医療研究の司令塔として「日本医療研究開発機構(AMED)」がこの4月に発足した。優れた基礎研究の成果を発掘して大きく育て、すみやかに臨床・創薬へ とつなげ、国民の「生命、生活、人生」の3つのLIFEの実現を目指す。病院も研究所も持たず、大学などの研究者に競争的資金を配分し、ネットワークで結ぶ”バーチャル研究所”として、斬新で合理的な研究支援と運営に力を入れる。「患者の目線で研究を進めたい」「研究費の合理的な運用を」「若手を積極登用する」――。早くもエネルギッシュなスタートを切り、改革にかける末松誠・初代理事長に思いの丈を聞いた。

―若手や中堅の優れた研究者を、「評価者」や課題採択時の「レフリー」として積極的に活用するようですが、若手のやる気を起こさせるようなインセンティブ(誘因条件)が必要です。どんなインセンティブが考えられますか。

インセンティブの制度を作る意味でも、また審査をする側と受ける側の混乱を避けるためにも、若手の審査者に一定期間の「研究費保証」が必要です。ただしその人たちは広い視野を持った優秀な研究者であることが前提ですが。

米国立衛生研究所(NIH)ではそれをきちんと実施しているのです。「内部資金」という仕組みがあって、若いうちから素晴らしい成果を挙げ、外部の大きな競争資金を獲得した実績のある人が、他人の研究評価をも託されるのです。その代わり、その期間の研究費が保証されるという仕組みで、外部向けの競争的資金とのコンフリクト(摩擦)が生じない仕組みになっています。

一方でこれはNIHのレフリーの質を高める政策であって、NIHの研究費の評価の責任者に就けるのは大変名誉なことなのです。残念ながら日本にはその制度がありません。日本には日本のやり方があってしかるべきだと思います。

―評価する側に立ってみるということは、研究者の目線や考え方にも当然変化が起きるわけで、研究の発想力などにも刺激となるのでしょうね。

研究に対する考え方、気づき方も変化し、良くなるはずです。いまは学会中心にファンディングの評価がなされていて、難病の評価はその専門家、がんの評価はがんの専門の先生がやります。でも、がん研究の先生が必ずしも創薬の専門家ではありません。そのためにすごく面白い研究のシーズを見落としてしまったり、その逆もあり得るかと思います。

AMEDでは時間はかかるかと思いますが、研究の新しい評価軸を作ることには貪欲でありたいと思います。例えば臨床研究の評価は基礎研究の評価とは明らかに異なった基準が必要だと思います。5月末に「研究費の機能的運用」という制度変更をしました。研究費をより使いやすくする一方で、レフリーシステムも少しずつ変革を進めます。

―将来、どんな形態が生まれてくるでしょうか。

日本は将来、人口が6,000万人くらいに減少するといわれているので、何をやるにも厳しい環境になります。そのころの日本はどうなっているでしょうか?

研究開発の提案などメディカルライティング(医療関連の表記)を英語にしていくことは中長期的には不可避ではないかと思います。フランスでは研究費のグラントを英語で記載し、欧州連合(EU)圏の他国にレフリーをしてもらう仕組みを導入したと聞いています。いろいろ問題はあるでしょうが、国内だけで研究者相互で評価し合うのにもいずれ限界がくるかと思います。そこまでいくには相当の年数がかかるでしょうが。

少なくとも若手の世代には、新たなレフリーシステムに入ってもらうように、なんらかの工夫をしようと思っています。これはAMEDの準備段階から言い続けていることです。

―「目利き」活動が注目されています。AMEDは将来性のある優れた研究者を見つけ出す「目利き力」をどのように育成するつもりですか。

目利き力について、科学技術振興機構(JST)はこれまで大変な貢献をしてきました。AMEDにもJSTから生命科学、医学系の目利きの方々に来ていただいたのは大変ありがたいことです。

いま各研究課長の下に「主幹」を置き、若手の研究者や役所の事務官に来ていただいています。主に研究の進捗管理が仕事ですが、大学の研究室を訪問し、スケジュール調整や要望に細かく応えるなど、非常に地味な仕事をされています。

この主幹クラスの人たちに、「まず研究者の本棚を見てきてください」と強くお願いしています。これは僕の思い付きではなく、JSTから来た方のアイデアで、素晴らしい方法だと思いました。

「なぜですか」と必ず聞かれます。「本棚を見れば、(読んでいる本の種類などから)その人の頭脳の中身が分かるからです」と説明しています。例えば専門の脳科学であっても、イヌやネコの本やアルバムを持っているとか、植物や言語学などの幅広い分野の書籍があれば、その人の頭脳のダイバーシティー(多様性)や「懐の深さ」が分かりそうです。

これは他の研究分野でも同じです。「とても重要ですから、特によく観察してください」と強調しています。こうした観察を続けていれば、研究評価の際に良い感じをつかんだ若手を、将来のプログラム・ディレクター(PD)やプログラム・オフィサー(PO)の候補として積極的に発掘できるはずです。

結局はそういう人たちの集合体が良いレフリーシステムにつながるはずです。制度だけ作っても候補となる人物がいないことには話になりません。各地の大学で説明会や講演会で話すたびに、若手研究者たちにこうしたマインドを持ってほしいとお願いしています。

―誰にでもわかる素晴らしい目利きが、必ずどこかにいるというわけではなくて、目利きを見抜く「目利き力」も必要ですね。

こうやれば良い目利きになるというようなレシピはないと思いますが、必要不可欠なことは多様な価値観を認められる柔軟さやセンスです。

僕はJSTの戦略的創造研究推進事業ERATOプロジェクトをこの3月末までやりました。おかげさまで良い評価を頂き、さらに1年間延長していただきましたが、AMEDの理事長に就任して研究の一線から引くことになり、とても残念です。

しかしこれまでにJST関係者から学んだことは、多様性の価値がいかに貴重なもので、そのような目利きの方とか、素晴らしい人を見抜く心眼はなかなか一朝一夕には養えないということです。JSTがこれまでやってきた人材育成の仕組みを学び、良いところはそのままAMEDでも踏襲しようと思っています。

―AMEDのメンバーにはJSTの出身者がかなりいますから、その意味でも参考になりそうですね。

非常に柔軟な右脳の持ち主をAMEDに多数送り出していただいた以上、僕にとって大きなプレッシャーでもありますが、このご恩にはぜひとも応えたいと思っています。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

末松 誠 氏
末松 誠 氏

末松 誠(すえまつ まこと) 氏のプロフィール
県立千葉高校卒、1983年慶應義塾大学医学部卒、カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体医工学部留学、2001年慶應義塾大学教授( 医学部医化学教室) 、07年文部科学省グローバルCOE生命科学「In vivo ヒト代謝システム生物学点」拠点代表者、慶應義塾大学医学部長、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「末松ガスバイオロジープロジェクト」研究統括。15年4月から現職。専門は代謝生化学。

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