インタビュー

患者目線の医療維新を目指して 第4回「医療研究にマクロの視点を」(末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長)

2015.07.01

末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長

末松 誠 氏
末松 誠 氏

 医療研究の司令塔として「日本医療研究開発機構(AMED)」がこの4月に発足した。優れた基礎研究の成果を発掘して大きく育て、すみやかに臨床・創薬へ とつなげ、国民の「生命、生活、人生」の3つのLIFEの実現を目指す。病院も研究所も持たず、大学などの研究者に競争的資金を配分し、ネットワークで結ぶ”バーチャル研究所”として、斬新で合理的な研究支援と運営に力を入れる。「患者の目線で研究を進めたい」「研究費の合理的な運用を」「若手を積極登用する」――。早くもエネルギッシュなスタートを切り、改革にかける末松誠・初代理事長に思いの丈を聞いた。

―これからの医療研究のあるべき姿として、どんなことを考えていますか。

研究を研究だけで終わらせず、成果を臨床医療の現場に必ず戻せるようにしたいのです。もちろん基礎研究を排除するつもりは全くありませんが、99%が基礎研究であっても、残りの1%にLIFEの「生活、人生」となるような研究を加味してもらいたいのです。AMED関連の研究課題は全てそうあってほしいですね。

日本が誇る非常に質の高い基礎研究をどのように医療研究開発につないでいくか、また良い臨床研究の中から新たな基礎研究の芽が出てくる可能性もあるので、それらを車の両輪として活かしていくことは、日本の医療研究開発を活性化する上でとても重要だと思います。

臨床研究を活性化し効率よくやるためには、新しいテクノロジーが必要になります。そのテクノロジーが国内から出てきて、そこが基礎研究の大きなフィールドに発展すれば素晴らしいですね。

―中核になる3つのLIFEとして「生命」「生活」「人生」を挙げています。このうち「人生」とは具体的にどういう意味ですか。

「生命」は生命科学としての人間を対象にします。「生活」は一人一人にとって何が必要かということです。これに対して「人生」は、個人や主治医、それを支える研究関係者の力だけではどうすることもできないような医療分野の問題を指すと考えています。日本の脅威となりうる「人生」にはインフルエンザやエボラ、コレラなどの感染症のパンデミック(爆発的な流行)があり、実験室レベルの研究や対処法では手に負えず、公衆衛生学という国家的な視点が必要になります。

また、多くの人類の営みを激変させるような科学技術も含まれます。昨今急速に話題に上ってきた「ゲノム編集」もその一つです。人間の思うがままに遺伝子を操作して生物の基本設計を作り替えることのできる最新の技術ですが、遺伝子治療への応用が期待できる一方、生態系への影響などに慎重な対応が必要です。こうした問題への対応は「人生」の部類として扱うことになるでしょう。

慶応義塾の創立者、福沢諭吉の言葉に「一身独立して、一国独立す」というものがあります。「国のために民人(たみびと)がいるのではなく、一人一人が自分の最善を尽くすことで、自ずとその集団からなる国家は強くなる」という意味です。あくまで個人の尊厳とか、個人の生き様の集合体が国家を形成するのであって、国家が先にできていてそこに人がいるわけではないのだと、教えています。同じようなことが医療にも言えるのではないでしょうか。

―3つのLIFEに関わる難しい局面はこれから増えてきそうですね。

科学技術には二面性があって、患者さんのために良かれと思ってやったことが、社会的に価値観の大きな変化を生み出してしまうことがあります。

ゲノム医療では医療用個人情報をどう保護するかは難しい問題です。人の集団としてゲノムを調べることには、どんな意味があるのかを多くの人に知ってもらうのは重要なことです。しかし、「ある遺伝子に異常が発見されたから、あなたは非常に高い確率で特定の病気にかかります」と伝えたとしたら、患者さんはどんな反応を示すでしょうか。

米国では、患者の遺伝子に特定の重症な疾患を起こす異常があったら、必ず本人にその情報を伝えます。でも、そのような情報を知った方が良いのか知らない方が良いのかは慎重に考えなければならない問題でもあり、欧州では「知らない権利」も認められています。

慶應義塾大学医学部では、100歳以上生きられた超長寿の方のゲノム情報を、ご本人からご提供いただいて研究しています。中には偶発所見(検査で偶然別の疾患が見つかること)がゲノム上にあっても実際には発症せずに天寿を全うされた方も見いだすことができます。

このような事例が一人でもあっただけで、偶発初見を本人に知らせるという医療行為や、医療に対する考え方が変わってきます。まだ分からないことや予期できないことが、医学、医療にはたくさんあるのです。

われわれが最先端医学の知識で良かれと思ってやったことが、後世にわたって「生活」や「人生」に影響を与えないように十分な配慮が求められると考えています。

AMEDのこれからの仕事を考える上で、このようなマクロ的な視点を持つことが重要ではないかと気を使っています。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

末松 誠 氏
末松 誠 氏

末松 誠(すえまつ まこと) 氏のプロフィール
県立千葉高校卒、1983年慶應義塾大学医学部卒、カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体医工学部留学、2001年慶應義塾大学教授( 医学部医化学教室) 、07年文部科学省グローバルCOE生命科学「In vivo ヒト代謝システム生物学点」拠点代表者、慶應義塾大学医学部長、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「末松ガスバイオロジープロジェクト」研究統括。15年4月から現職。専門は代謝生化学。

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