インタビュー

患者目線の医療維新を目指して 第1回「縦割りに風を通す“横串”、成果を患者に届けたい」(末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長)

2015.06.08

末松 誠 氏 / 日本医療研究開発機構 理事長

末松 誠 氏
末松 誠 氏

 医療研究の司令塔として「日本医療研究開発機構(AMED)」がこの4月に発足した。優れた基礎研究の成果を発掘して大きく育て、すみやかに臨床・創薬へ とつなげ、国民の「生命、生活、人生」の3つのLIFEの実現を目指す。病院も研究所も持たず、大学などの研究者に競争的資金を配分し、ネットワークで結ぶ”バーチャル研究所”として、斬新で合理的な研究支援と運営に力を入れる。「患者の目線で研究を進めたい」「研究費の合理的な運用を」「若手を積極登用する」――。早くもエネルギッシュなスタートを切り、改革にかける末松誠・初代理事長に思いの丈を聞いた。

―まずは簡単にAMEDの概要と狙いからお願いします。

この機構の目的は、医療に関する研究開発の成果を1日でも早く患者さんに届けることです。それに役立つことならなんでも挑戦します。

ところが「理事長となるべき者」に指名された後に渡された組織図(図1)は、理事長から12の部、室につながる縦割り体制で驚きました。戦略推進部には「再生医療」「がん研究」「難病研究」など国の医療関係の重点施策9つのうちの7つのプロジェクトがありますが、そこに従来同列になっていた「産学連携部」、「国際事業部」、「バイオバンク事業部」などの5事業部を”横串”として全てのプロジェクトに関わるように入れたのです。(「縦横連携図」図2)

「産学連携部」は、医療現場のニーズを拾い上げて産業界に届け、医療機器の開発を促進します。医療機器開発は、現場の病院で患者さんからこうしてほしいといわれたニーズ(要望)をくみ上げるものです。どんな治療機器を作ればその病気がうまく治せるか、迅速、的確な診断をするためにどんな検査機器を作れば救急で役に立つのかを考えるところです。つまり医療の現場のニーズを拾うことが仕事なのです。産学連携は、産業界とアカデミアを仲良くさせるのが目的ではありません。現場の医療ニーズを効果的に拾い、日本の高い技術力で世界に通用する医療機器を開発します。その結果として、産業の活性化につながることを狙っているのです。

「国際事業部」は、海外の有名な研究者をお招きしてシンポジウムをやることを目的とするのではなく、患者数が少なく治療法がまだ見つかっていない希少難病について、外国の情報を積極的に集めることなどに力を入れます。

「バイオバンク事業部」は、健康な方に協力してもらって調べたゲノム(全遺伝子情報)を蓄積したバイオバンクなどの研究開発基盤の整備支援をします。また、ゲノムを解析して、難治性・希少性疾患の原因遺伝子を調べたり、ゲノム情報を活かした治療に向けたりして研究を推進します。難病研究には特に重要です。

図1.日本医療研究開発機構の組織図
図1.日本医療研究開発機構の組織図
図2.縦横連携図。7つのプロジェクトを包含する戦略推進部が他の5事業部との縦横連携によって医療の研究開発の最適化を目指す。
図2.縦横連携図。7つのプロジェクトを包含する戦略推進部が他の5事業部との縦横連携によって医療の研究開発の最適化を目指す。

最近、製薬企業の多くが難病の治療薬作りに注目しています。昔は糖尿病やがんなど大きな市場のある薬剤開発に力を入れていましたが、最近は発想の転換が起きて、単一遺伝子で起きる病気のメカニズムを解明するようになり、希少難病の創薬に取り組み始めています。

こうした社会的背景を考慮し、縦横連携図(図2)の中の「難病研究課」が5つの横串とどう連携できるかを考えることが、そのまま難病の患者さんやご家族を救うことにつながるのです。製薬やリハビリ用の医療機器の開発など全てがかみ合って、初めてこの難病研究課が機能することになります。難病研究課だけでなく、他の6つの課にも同じことがいえます。

まだ発足して2カ月ちょっとですが、縦横のマトリックス構造を各課の課長クラスもよく理解するようになり、あるテーマを検討する際にも複数の課が参画して活発な議論をしています。

―横串とは、風通しを良くすることなのですね。

面白いですよ。僕自身が研究できなくなったのは寂しいですが、これがうまくいくかどうかは非常にチャレンジングですから、新たな気持ちで楽しんでやろうと思います。

―斬新なテーマに挑戦する研究者から理事長という研究管理者になっても、以前の気持ちを忘れず、患者に直結するように合理的な運営を図りたいというわけですね。

そこは徹底的にやりたいですね。患者さんに1分でも1秒でも早く研究成果を届けたいのです。研究者はもっとフレキシブルに動いてほしい。守るべきことは守ってもらうが、少なくとも制度的な規制によって患者さんに成果を届ける速度が遅くなるようなら、それは即時撤廃すべきです。そこは徹底したいですね。

―これが軌道に乗れば、他の関連組織も音を立てて変わるのではないでしょうか。

そうなるような良い事例を作っていきたい。いまの仕事がAMEDの目標につながっているのか、それだけを考えるようにしています。各課のスタッフもその気持ちで取り組んでいると思います。研究部門だけでなく、経理課、総務課などの事務系も、資金管理のルールをどう変えたら研究者が気持ち良く研究に取り組むことができるかを考えてくれているのです。

先進国の臨床研究は「患者さん目線」の評価をしっかりと取り入れています。患者さんの苦痛が、その研究によってどれだけ軽減されたかの視点です。もちろん臨床研究は、医師の指導や規制当局のルールで決定されますが、評価については「患者さん目線」で満足できるかどうかが、外国の臨床研究では積極的に採用されているのです。

―日本はまだまだですね。

そうです。患者さんが医師たちと一緒に臨床研究に参画し、開発する必要があります。あくまで医師が押し付けるのではなく、相互に情報をやり取りしながら、良い方向性を探っていくことが不可欠なのです。

―AMEDの目標はたくさんありますが、どこに重点を置いていますか。

患者さんのことを考えれば、「重要でない医療研究開発」はありません。しかしなぜAMEDが「難病研究」と「がん研究」を初年度の重点事業にしたのかをお話しします。

子どもと若い働き盛りの世代のがんを、確実に救うにはどうしたらいいか。日本経済の動向に関わりなく、こういう人たちに光を当てていないといけないのです。がんは国民病となっているので、たくさんの患者さんを対象にした研究です。

一方で、数は少ないものの希少難病は適切な情報が不足しているために、患者さんもそのご家族も精神的に大変な苦痛を抱えています。この二つはゲノム医療を実現することが非常に重要であり、まずその仕組みをしっかりと作り込みたいのです。

難病研究課のような相対的に数少ない患者さんを対象にした部署を中心とした縦横連携がうまく機能しなければ、より多くの患者さんが関わるであろう他の部署も当然動かないでしょう。確実にきちっと実現できる分野を形にするために、難病を選んだのです。

―難病研究は難しくて苦労はあるでしょうが、あえて挑戦しようというわけですね。リスクが大きいだけに、周囲から批判が出かねませんね。

どれ一つをとっても簡単な課題は無いですね。医療資源の公平な配分の決まりがある以上すごく難しい判断です。でも研究開発を加速することで難病の患者さんにどのように貢献できるか、何とかそこは挑戦したいと思っています。

―前職は慶應義塾大学医学部長でしたが、その時もさまざまな挑戦をやってこられたのですね。

やりましたね。大学医学部には専門医制度があります。慶應義塾大学医学部では、内科、外科、整形外科、産婦人科と縦割りになっている。内科を卒業した学生は、ほとんどが一生内科医のままなのです。それで専門医になれば良い点もありますが、小児科を学んだ学生のごく少数は臨床遺伝学をやります。そこであることに気づくのです。これは小児科に必要なだけでなく、大人の病気にも必要なのではないかと。小児科の専門医が他のフィールドにも移れるように横串組織を作りました。他の課からも臨床遺伝学の専門家が出るように工夫したのです。

こうした視野の広い医師を1人でも多く育成しようと、僕は医学部長の7年半の間に「クラスター部門」と呼ぶ横串の組織を8つ作りました。例えば「臨床遺伝学センター」「腫瘍センター」「百寿総合研究センター」などです。超高齢社会を迎えて誰でもが年寄りになるわけですから旧来の「老人内科」ではダメなのです。整形外科や精神神経科も必要になるのです。

こうして改革してみると、面白いことに同じ患者さんを診ても、精神神経科医と整形外科医とでは違った見方をするものなのです。お互いの得意分野や利点を理解できるような組織立てにすることがすごく大切です。

慶應義塾大学の「百寿総合研究センター」には、100歳以上で亡くなられた方が800人超、110歳以上の方が110人登録されています。実はこの方々は生涯がんにかからなかったし、アルツハイマーにも、心血管症にもならずに天寿を全うした方たちを多く含みます。いわば健康のスーパーエリートとでもいえそうです。

ご自分の生活習慣、血液の成分、細胞などあらゆる医療情報を提供して、世の中の役に立ちたいと申し出て下さったのです。きちんと調べると、若くして病気を患った人はなぜ病気にかかったのか、ゲノムの比較とか、エピジェネティクスと呼ばれる後天的な遺伝子機能への影響や、メタボノミクスの比較をすることで、糸口がどんどん見つかっていくでしょう。

そうした研究は、旧来の内科学教室が単独でやっていても大きな研究や成果にはつながりません。整形外科や精神科、基礎医学、システムズバイオロジーなど新たな分野の専門家が集まって、こうした1000人近い登録者のデータからどんなことが見えてくるかを探っています。

正直なところ、AMEDの縦割りの組織図を初めて見たときには暗澹(たん)たる気分になりました。マトリクスの手法は旧来の専門分野を超えようとする「縦横連携」の発想法であり、苦労も多くなりますが、課題解決に威力を発揮すると確信します。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

末松 誠 氏
末松 誠 氏

末松 誠(すえまつ まこと) 氏のプロフィール
県立千葉高校卒、1983年慶應義塾大学医学部卒、カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体医工学部留学、2001年慶應義塾大学教授( 医学部医化学教室) 、07年文部科学省グローバルCOE生命科学「In vivo ヒト代謝システム生物学点」拠点代表者、慶應義塾大学医学部長、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「末松ガスバイオロジープロジェクト」研究統括。15年4月から現職。専門は代謝生化学。

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