インタビュー

第10回「科学コミュニケーションのスキルやマインドを身につける」(田中幹人 氏 / 早稲田大学政治経済学術院ジャーナリズムコース 准教授)

2015.02.03

田中幹人 氏 / 早稲田大学政治経済学術院ジャーナリズムコース 准教授

「科学コミュニケーション百科」

田中幹人 氏
田中幹人 氏

科学と社会をつなぐ科学コミュニケーションの課題や展望について、様々な分野で活躍する人にインタビューする「科学コミュニケーション百科」。今回は科学コミュニケーションセンターフェローで早稲田大学准教授の田中幹人氏にお伺いしました。田中氏はジャーナリズムの研究に携わりながら、研究者とメディアをつなぐ活動に取り組まれています。之までの経緯や活動について伺いました。

―田中さんはもともとバイオの研究者でいらっしゃいましたが、どのような経緯で科学コミュニケーションに携わるようになったのでしょうか?

 分子生物学の分野で博士号を取りました。国立精神・神経医療研究センターでポスドク(博士研究員)をしていたところ、科学技術振興調整費の事業として科学技術ジャーナリスト養成プログラム(*1)が早稲田大学で始まり、面白そうだと思ってとりあえず受けてみたら採用されたのが直接のきっかけですね。

学生のころから、ライターとして学費を稼いでいた経験がありました。それと基礎研究の先には患者さんがいるわけですが、そうした「研究から応用まで」という関係性はもちろん、さらにそれを含めた社会と科学の関係に興味がありました。つまりは、科学が提起する問題が、どのように報道され、社会で共有され、また科学に影響していくのかに興味があったわけです。

当初は、科学コミュニケーションやジャーナリズムに関して、科学者が一般的に持つような違和感を持っていました。一方で、ジャーナリズムが指摘している専門家側の問題も、自身の経験として共感できる部分もありました。こうしたことから、この分野はいろいろとまだ課題がありそうだ、と感じたのがこの分野に入ることを決めた最終的なきっかけです。

―そこで、2005年から早稲田大学の科学技術ジャーナリスト養成コースで助手として採用され、教育カリキュラムの開発やジャーナリズムの研究に携わるようになりました。

 プログラムの立ち上げに関わったのは、大いに自分の勉強になりました。「科学ジャーナリズム」を学ぶカリキュラムをつくるためには、自分が科学以外の分野を勉強しなければならない。いわば「文転」を求められたわけですが、早稲田大学の諸先生の講義のお手伝いをしながら、政治学やメディア論、マスコミュニケーション論を学ぶ機会を頂けたのは良かったです。先行している海外の教育プログラムの調査をたくさんやらせてもらったりしたのも、科学コミュニケーションを考えていく上で糧になりました。

同様に科学技術振興調整費で採択された、北海道大学の科学技術コミュニケーター養成ユニットと東京大学の科学技術インタープリター養成コースからも刺激を受けました。それらと相対化する点で、ジャーナリズムとは何かと考えることができたのがすごくよかった。勉強を重ねるうちに、日本においては、科学コミュニケーションのなかでも、メディア論がすごく素朴なレベルにとどまっている、という感触を持つようになりました。世界的にはメディア論、コミュニケーション論では「科学技術と社会」は重要なトピックスで、むしろそうした研究のほうが分野をリードしているのに対して、日本ではむしろ追従していて一歩遅れている感じはあるなと。

あともうひとつは、欧米と比較した場合の日本の問題点がよく指摘されますが、その実際が気になっていました。これについては、私の研究室の歴代の院生達と研究を重ねてきています。たとえば、日本の新聞社には巨大な科学部があります。このため、科学側の意見を伝えるという点、単純に知識やリテラシーを伝達する点では、実は意外と「うまく」行っていて、むしろ英米と比べるとノイズが少ないのです。かといって、じゃあ日本社会で科学の問題に対して欧米より成熟した議論が行われているかというと、そうも思えない。

こうした問題意識から、改めて「科学者とジャーナリスト」のあいだで起きているすれ違いの部分に興味が出てきて、今の活動につながるきっかけになったのが2009年の研究プロジェクトです。このすれ違いの本体をできるだけ描き出そうと、いろいろな人たちにインタビューし、それを整理しようという試みでした。また、諸外国がこの問題にどのように取り組んでいるかも調査しました。

この調査は「研究者のマスメディアリテラシー」と題していましたが、前提としていたのは、研究者とジャーナリストの双方にとって、メディア・トレーニング・プログラム(MTP)が必要ではないか、という仮定でした。教育課程を終えて、実際に社会で活動中のさまざまな専門家にとっての学びの場はどうあるべきか、という問題意識だったとも言えます。

科学的議論が開かれたものになってきたとも言えますが、だからこそMTPだけでは足りなくなってきている。単に「メディア映えする専門家」を増やすためのMTPではなく、それ以上のものが求められています。それで、こうした科学とメディアの問題自体に橋渡しをし、一緒に考えていくためにSMCを始めました。

―SMCはJST社会技術研究開発センター(RISTEX)の事業として開始、2014年度は田中ユニットと連携して「科学技術リスクの協働的なメディア議題構築に向けた実践的研究」に取り組んでいますね。SMCではMTPの開発と実施のほか、科学技術の関わる社会問題のトピックに関して、研究者のコメントをメディアに素早く届けるサイエンス・アラート(SA)を発行しています。

 そもそも研究者とメディア関係者の双方が接触する機会はすごく少ない。その機会を作るのがSMCです。双方の人材をマッサージする、橋渡しをする、というのが重要なポイントです。

科学とメディアの間にほころびが生まれそうだ、あるいは生まれてしまったディスコミュニケーション状況に対して、事前準備、あるいは事後対処的に行うのがSAと思っています。つまり、SAが橋渡しのお手伝いをする指標としているのは、ひとつは専門家の意見が求められているのに、専門家がなかなか語らない状況です。もうひとつは、科学者の間の意見バランスとメディア上の意見の状態が食い違っている時です。

しかし、いずれの状況においても、専門家の多くは語る意思はあっても、「語るすべを知らない」ために口が重くなります。ですから、MTPは「社会に向けて語る意思も、能力もある」研究者を増やすことを目的としています。そのため、講義だけではなく、なるべくメディアの人をゲストに呼んだ議論の機会を提供するようにしています。ジャーナリストは敵ではなく、同じ問題に対して別のアプローチをとっている人だと認識してもらう。たとえば、テレビカメラがまわっているところで、どのように語るかというトレーニングもします。

こうした取り組みの先に、科学と社会の関係性が、メディアの議論を通じて上手く回っていくことを期待しています。

*1. 科学技術ジャーナリスト養成プログラム:2005年度の科学技術振興調整費の新興分野人材養成部門で「科学技術コミュニケーター」人材養成コースに関する募集が行われ、北海道大学、東京大学、早稲田大学が採択された。早稲田大学では、そのうち科学技術ジャーナリスト養成プログラムが5年間にわたって行われた。

(2015年1月19日にインタビュー実施)

(続く)

田中幹人 氏
(たなか みきひと)
田中幹人 氏
(たなか みきひと)

田中幹人(たなか みきひと) 氏 プロフィール
早稲田大学政治経済学術院ジャーナリズムコース 准教授
1972年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学術博士。早稲田大学政治学研究科「科学ジャーナリスト養成プログラム」助手などを経て、2010年より現職。科学技術社会論、ジャーナリズム論、ソーシャルメディア論の研究に定量・定性的手法を用いて取り組んでいる。

ページトップへ