インタビュー

第2回「きめこまかく、親身の現場指導が持ち味」(沖村憲樹 氏 / 科学技術振興機構 特別顧問、中国総合研究交流センター上席フェロー)

2014.07.14

沖村憲樹 氏 / 科学技術振興機構 特別顧問、中国総合研究交流センター上席フェロー

「サイエンス・ハートでおもてなし 若手の交流でアジアの発展に一石」

沖村憲樹 氏
沖村憲樹 氏

「日本・アジア青少年サイエンス交流事業」がこの6月にスタートした。東南アジアの高校生、大学生、若手の博士研究員らを夏休みにかけて招待し、日本の科学技術の最先端の現場に触れてもらい、科学者たちとの交流を図るのが狙い。国の将来を担う俊英たちに日本を良く知ってもらい親睦を図ると共に、日本の国際化、グローバル化にもつなげようと一挙両得を目論んでいる。別称は「さくらサイエンスプラン」。ちょうど産地ではサクランボの実がたわわのシーズンでもある。この交流プランが将来どんな花を咲かせ、果実をつけるかが楽しみだ。発案者の科学技術振興機構 特別顧問、沖村憲樹氏に聞いた。

―前回は、「さくらサイエンスプラン」の概要や狙いなどをうかがいました。第1回募集で決まった155件のなかで、面白そうなプログラムを紹介してください。まず医療系から。

 医療系はたくさんありますね。大分大学はタイの高校生を招いて日本の先端医療を紹介し、体験してもらいます。救命救急センターやドクターヘリ、内視鏡手術などの現場を見学してもらい、シミュレーターを使った模擬実験にも参加します。こうした交流で、タイの高校生に日本で学ぶことの魅力や意義を伝えようとしています。さらに同県内のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)高校との交流や、ホームステイなども予定しています。

 トリインフルエンザなど家畜疾病や人獣共通感染症などは、国境を越えて伝播する機会が増え、そのたびに不安が拡大します。こうした事態に的確に対処するには、アジア各国の診断実務者間の情報ネットワークが欠かせません。麻布大学獣医学部(神奈川県)は、7カ国24人と日本人学生を交えて最先端の家畜疾病診断法を実習形式で学びます。さらにこの分野の国際学術会議にも参加する予定です。

 最近はタイやブルネイなどでも糖尿病や肥満などの生活習慣病が急増していて問題になっているようです。その予防や改善のために香川大学医学部が交流します。香川大が取り組んでいる機能性甘味料「希少糖」の利用や、糖尿病患者への「遠隔医療」技術を体験してもらいます。医療技術だけでなく、予防衛生の観点からも小学生に積極的に生活習慣病問題を啓蒙し、実践を続けてきた「チーム香川」の取り組みも紹介します。

 貧困やへき地の条件下で地域保健医療と取り組んでいる琉球大学医学部は、フィリピン、タイ、ラオスの学生や実務経験者を招き、きめの細かい医療・保険サービスを紹介します。具体的には、院内感染の病原体の研究と検査方法の開発、貧困と母子、老齢化問題に対応した新しい社会技術開発、情報通信(IT)技術を使った離島の保健医療や、途上国での携帯電話を使ったサービスなどです。

高齢化が進む日本で蓄積された医療施設の設計実務などは地味な技術ですが、すでに急速な高齢化問題に直面している中国や東南アジア諸国にも参考になるはずです。山下設計(東京都)が中国同済大学と交流するのは新しい動きといえるでしょう。

―急速な経済発展に伴ってアジアの国々では深刻な環境問題がおきています。日本の環境技術やグリーン技術への関心や期待も高いようですね。

 ベトナムでも大気汚染は非常に深刻になっています。しかしこの分野の研究者が少なく測定装置も不足しているために、なかなか効果的な対策が採りにくいようです。大阪府立大学工学部が、ベトナム国家大学ホーチミン校の学生や研究者を招き、大気化学、大気測定の講義など基礎から勉強する機会をもちます。PM2・5(微小粒子状物質)や硝酸ガス、アンモニアガスなどの測定指導をします。帰国後にベトナムで同様の測定をしてもらって、それぞれの特徴を解明して論文に仕上げるというかなり綿密なコースを設定しています。

 現地で使われる環境測定機器の多くは、先進国からの援助に頼っていました。自国の環境被害を自分たちの力で解明し解決するには、こうした受身の姿勢から脱し、測定装置を自分の手で組み立てる積極的なマインドが必要です。きめの細かい親身の研究指導は、日本ならではの独特のやり方だけに注目しています。

 同じように東海大学理学部(神奈川県)も韓国ソウル大学付属高校の学生を招き、キャンパスや街中でNOx(窒素酸化物)、PM2・5などを測定すると共に、生徒に測定器を自作してもらい、大気の解析をしてもらうことにしています。

 水資源の確保や水質汚染対策、大気汚染対策、廃棄物の再資源化などはアジア共通の大きな課題です。金沢大学はこれまで協定を結んでいる中国とタイ、カンボジアの6校の大学院生を招き、日本の環境処理施設などを視察しながら相互理解を深めようとしています。また、同大の自然科学研究科大学院生で同じ専門をもつ学生との交流も図り、日本人学生の国際コミュニケーション力の育成も考えています。

―環境問題と同じように、地震や火山噴火、風水害による被害が頻発しているのもアジアの特徴です。こうした防災関連の交流はいかがですか。

 1995年の阪神・淡路大震災から早くも19年が過ぎました。また2004年のスマトラ島沖地震津波の甚大な被害は、テレビや新聞で見た凄惨な記憶が今も鮮明に残っています。

 この分野ではトップクラスの実績を持つ京都大学防災研究所がミャンマーと、また京大地域研究統合情報センターがインドネシアと交流します。ミャンマー・ヤンゴン大の学生に京大のポータブルな地震計で実際に測定し、その解析法も学んでもらいます。さらにビルなどの建物を模擬地震で揺らす大型振動台の実験など、最先端装置の見学などを通して被害防止のための技術を修得してもらい、日本への進学希望者を増やすのもねらいです。

 一方、京大地域研究統合情報センターは、災害現場の情報を地図などに表示し、防災活動に役立てる研究を進めています。スマトラ島沖地震津波の復興の経年変化を記録するデジタル・アーカイブを現地と共同で開発してきました。そこでインドネシア・アチェ州の大学院生4人と教員3人を招き、阪神・淡路大震災の被災地訪問や、京都、神戸の防災教育施設で実地体験をしてもらいます。また情報技術を使ったアチェ津波モバイル博物館づくりの国際ワークショップなども実施します。

 関西学院大学理工学部は、台湾とインドネシアの大学生を招き、阪神・淡路大震災を引き起こした野島断層(淡路島)の野外調査実習と、被害の状況を展示した施設「人と防災未来センター」を見学します。

 一方、東京理科大学はベトナム国立土木研究所と都市防災についての研究交流を始めます。ベトナムでは急速に都市開発が進み、高層ビルの火災時の避難や消防活動が追いつかずに被害が多発し、問題となっているようです。火災安全工学の専門家や技術者が少なく、人材養成機関もないためです。

 受け入れの東京理科大には火災科学専門の大学院があり、理論と実験を入れた実践教育では日本でもトップ研究機関で、この交流を通じてベトナムの火災安全の技術向上と人材の強化を目指します。これまで実施してきたアジア各国の建築規制の分析や火災事例調査、火災現象のビデオなどを交流に生かし、最終日には「ベトナムの火災リスクを調査し、火災安全対策を考える」ワークショップも開きます。将来の火災安全の指導者教育を考えています。

―これだけでも盛りだくさんですね。主に大学との交流が多いようですが、企業や各種団体との交流はいかがでしょうか。

 一般財団法人のリモート・センシング技術センター(埼玉県)は日本が誇る宇宙技術と地球観測センターなどの施設を、インドネシア、フィリピン、マレーシア、ミャンマー、モンゴルの大学生を招いて紹介します。その中で環境分野の衛星観測の講義や実習も検討しています。

 一般財団法人エネルギー・環境理科教育推進研究所(東京都)は、毎年「創造性の育成熟」を山梨県富士吉田市で開催しています。ノーベル賞科学者や気鋭の教員、財界人を講師に、全国から理科好きの中学生40人を集め、一週間の夏合宿を通して講義や実験の授業をしますが、ここにタイ、韓国、中国の学生に参加してもらうことにしています。

 海外から日本企業への就職支援などをするジョブテシオ社(同)は、中国清華大学学生に日本のIT企業を紹介し、技術力の高さや働き甲斐のよさなど日本企業の魅力を体感してもらって、将来の就職のチャンスにつなげようとしています。

 住友化学(同)も中国、インドネシアの学生を招いて1月半の就業体験をしてもらい、それぞれの国との友好の架け橋となる人材を見つけようとしています。

 変り種では東京芸術大学美術館が中国科学技術大学の学生に、博物館、美術館を見てもらい、日本の伝統の漆工芸、陶芸などの作品と技術の歴史を紹介します。工芸美術史、科学技術考古学、文化遺産科学など、ちょっと変わった複合的研究分野の学術交流を進めるために、日中の架け橋となる協力者や専門家の育成を考えているようです。

とにかく155件もの計画がぎっしり詰まっています。科学技術ばかりか日本の文化紹介やデザイン、ものづくりなど広範にわたっていますが、全てをここでご紹介できないのが残念です。

―ご紹介してもらった内容は提出された計画ですので、実際には予想もしなかったような新たな友好がうまれるかもしれませんね。楽しみです。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

沖村憲樹 氏
(おきむら かずき)
沖村憲樹 氏
(おきむら かずき)

沖村憲樹(おきむら かずき) 氏 プロフィール
県立千葉高校卒。1963年中央大学法学部卒、科学技術庁入庁。研究開発局長、科学技術政策研究所長、科学技術振興局長、官房長、科学審議官を経て99年科学技術振興事業団専務理事、同理事長、2001年独立行政法人科学技術振興機構理事長、12年同特別顧問、同中国総合研究交流センター上席フェロー。

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