インタビュー

第1回「研究者が市民と社会と関わることで、新しい学問を切り拓く」(北原和夫 氏 / 東京理科大学 教授)

2014.06.30

北原和夫 氏 / 東京理科大学 教授

「科学コミュニケーション百科」

北原和夫 氏
北原和夫 氏

JST科学コミュニケーションセンターフェローで東京大学教授の佐倉 統氏が、様々な分野で活躍する人を迎え、科学と社会をつなぐ科学コミュニケーションの課題や展望についてインタビューします。第1回目は同センター研究主監で東京理科大学教授の北原和夫氏。専門の統計物理学から科学リテラシーや科学教育にかかわるようになったきっかけ、科学者が社会とかかわることで生まれる新しい学問の可能性について伺いました。

―どのようなきっかけで、科学リテラシーや科学教育、科学コミュニケーションに携わるようになったのでしょうか?

 東京工業大学では物理学の理論の研究をしていましたが、1998年に国際基督教大学(ICU)へ移り、学生が自然科学、社会科学、人文科学を同時に学べる仕組みを知りました。アメリカでポスドク(博士研究員)をしていたころ、アメリカ人の友人から「リベラルアーツ・カレッジで学んだ人は、大学院で専門性を極めていくときに大いに力を出す」と聞いたのを思い出し、日本にもそういう取り組みがもっと広がってもいいのではと思いました。

 ICUでは最初に、文系と理系の学生がいるクラスで物理学の授業を担当しました。バックグラウンドが異なる学生たちに基本的な物理の概念を伝えることは、僕にとってチャレンジングでした。興味深いことに、物理の基礎知識のない文系の学生は論理を追って授業を聞くので、僕の論理に甘いところがあるとそこを突いてくるのです。背景の知識がなくても、その場で一緒に考えていくと思わぬことが起きます。そうして、一緒にものを考えたり、考えを作り上げたりする形の教育が本当は大切ではと気づきました。

 次に、これは大学だけではなく社会に対しても同じことが言えるのでは、と考えました。知識を持つ人と持たない人では対話ができない、というのは違うのでは、という気持ちがずっとありました。

 JST科学コミュニケーションセンターでは、「伝える」から「つくる」へと科学コミュニケーションを広げましょうと言っています。これは僕がリベラルアーツに触れて、学生たちと接したことで得たアイデアです。これまでの科学コミュニケーションは、科学者や専門家が自分の知識を一般の人たちに伝えていく、というのが大きかったのですが、それだけではなく、一般の人や異なる分野の人たちと科学の概念を話すことで、一緒に考えていくプロセスもあります。異なる見方や知識を持つ人たちとコミュニケーションして共感できたときに、何か大きなものが作れるのではないかと考えています。

―北原さんは科学リテラシーや科学教育を推進していますが、これは主に知識を伝える活動ですね。そこから、異なる考えや知識を持つ人が一緒につくっていく、と活動が広がったのには何かきっかけがあったのでしょうか。

 ひとつは、2005年から2008年にかけて実施した科学リテラシーのプロジェクトで、異なる分野の人たちと共に働いた経験です。科学者、教育関係者、メディアの人たちなどが一堂に集まって、何をどう伝えるべきか、ということを議論してつくりました。

 もうひとつは、東日本大震災です。何が起こっているのか何をすればいいのか、見通しを持つ人たちの間でコラボレーションをして、実際に社会を動かさないといけないような状況でした。もっとコラボレーションできる仕組みがあれば、よりよい対応ができたのではないかと思います。また、原発事故を例にとると、冷却に電源が必要で電気がないと成り立たない発電所というのは、論理矛盾しているわけです。論理的に科学的にものを考え、それを通していろんなバックグラウンドの人たちが共に働き、意思疎通できる社会にしないといけないという思いで、科学コミュニケーションに関わるようになりました。

―専門家の間だけではなく一般の人の科学コミュニケーションについては、どのようにお考えですか?

 東日本大震災では、群馬大学教授の指導で津波の避難訓練を重ねて生存率99.8%となった「釜石の奇跡」がありました。何が起こるのか、起こったときに何をすべきかを前もって頭に入れておくことで、町全体の命が救われました。このように、科学的な知識のもとで現実を見る視点を社会のさまざまな層の人たちが普段から理解して、何かがあったときに動ける、そういう社会が安全だと考えています。

 もうひとつは、科学を通して人との連帯感が作れるのではないか、と言うことです。「科学嫌い」と言う人がいますが、何かがあったときに「変だな」「何だろう」と思うのは人間の本性ではないのかと思っています。ただ、受験のために勉強をしないといけない、といった社会的状況の中で興味や好奇心が抑えられてしまっています。

 そこにちゃんとした仕組みがあればもっとうまくできて連帯感、つながりが生まれるのではないでしょうか。科学を通じて、科学的知識にもとづいて、人と人とのつながりができてくる、それが一番安全な社会ではないかと思います。

 そうすると、科学コミュニケーションというのはそういった新しい社会をつくることになるんじゃないかと考えています。そのためのツールはほぼできあがっています。インターネットです。あとは私たちがそのツールを使って何をやるか、というところに今時代は来ています。

―研究者はものごとを専門的に掘り下げて研究をしています。ただ科学コミュニケーションでは掘り下げるわけではなくて、もうすでにある知識や技術を対象にしていますね。それは研究者から見ると科学的な業績にはならないので、あまりモチベーションにならないのではないでしょうか。

 研究者はものごとを専門的に掘り下げて研究をしています。ただ科学コミュニケーションでは掘り下げるわけではなくて、もうすでにある知識や技術を対象にしていますね。それは研究者から見ると科学的な業績にはならないので、あまりモチベーションにならないのではないでしょうか。

 ただ、私たちが生活する領域が広がり、世界の出来事が地域に影響するような今の時代に、限定した知識だけでよいのでしょうか。例えば環境問題では、大気、海流、そこに生きている生物などさまざまな因子があります。切り取らないで、世界そのものを見ていくやり方がこれから必要になります。その際たるものは宇宙論です。宇宙論的知識は再現できません。理論をチェックするために宇宙をもうひとつ作るわけにはいかないのです。そこで宇宙論では、部分部分の実験をしてそれを組み合わせて、全体のストーリーをつくります。

 例えば物理は非常に純粋で厳密な学問ですが、100%実証できなくてもストーリーを組み立てていくという形の学問がこれから必要になると思います。物理学者の中には「論理的に証明できないのだったらだめだ」という人がいるかしれませんが、そこから一歩踏み出さないといけない時代に来ています。現実の錯綜した問題を日常的に感じ取って共感する、あるいは自分の問題意識に持っていく、そのときに研究者が社会や市民にいかに関わるかということは非常に意味があると思っています。かかわりをもつことで、新しい学問の地平を切り拓いていくんじゃないでしょうか。

―研究者が社会や市民とつながっていくのは、むしろ新しい学問領域や知識のあり方をつくっていくことになるということですね。それがこれからの科学コミュニケーションなのですね。

北原和夫 氏
(きたはら かずお)
北原和夫 氏
(きたはら かずお)

北原和夫(きたはら かずお) 氏 プロフィール
東京理科大学大学院科学教育研究科 教授、日本学術会議大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会 委員長。
1969年東京大学理学部物理学科卒業、1974年東京大学理学系研究科物理学博士課程単位取得満期退学。ブリュッセル自由大学理学博士。マサチューセッツ工科大学研究員、東京大学理学部助手、静岡大学教養部助教授などを経て1989年東京工業大学理学部教授、1998年国際基督教大学教養学部教授、2011年より現職。

佐倉 統 氏
(さくら おさむ)
佐倉 統 氏
(さくら おさむ)

佐倉 統(さくら おさむ) 氏 プロフィール
東京大学大学院 情報学環 教授
1960年東京生れ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。三菱化成生命科学研究所、横浜国立大学経営学部、フライブルク大学情報社会研究所を経て、現職。
専攻は進化生物学だが、最近は科学技術と社会の関係についての研究考察がおもな領域。長い人類進化の観点から人間の科学技術を定位するのが根本の興味である。

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