インタビュー

第1回「なぜいまドイツの科学技術政策か?」(永野 博 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 特任フェロー)

2014.01.15

永野 博 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 特任フェロー

「ドイツや欧州の科学政策をもっと参考に」

永野 博 氏
永野 博 氏

米国立衛生研究所(NIH)を参考にした「日本医療研究開発機構」(仮称)が2015年度にも設立され、米国防総省・国防高等研究計画局(DARPA)の研究スタイルを導入した「革新的研究開発推進プログラム」が14年度から動き出す。過去の流れを見ても、日本の科学政策はアメリカ型の模倣から抜け切れていない。ところが最近、欧州の科学政策にも関心が寄せられるようになってきた。総合科学技術会議や経団連でもドイツについての議論が行われ、あるいは日本のビジネス雑誌がドイツの強さを特集するなど、新たな動きが出ている。いまなぜドイツが注目されるのか。当地の事情通である前政策研究大学院大学教授の永野 博・JST研究開発センター特任フェロー、研究主幹に聞いた。

―永野さんはドイツの科学技術政策について造詣が深く、長い間ウオッチをしてきました。日本では、いまドイツに関してどんな動きが出ていますか。

 このところ各方面からドイツの科学技術政策について話してほしいとの問い合わせや講演依頼が来るようになりました。造詣が深いわけではありませんが、他にドイツや欧州の科学政策に関心を持ち続ける人がいなかっただけです。 経団連では昨年11月にドイツについての話をしましたが、近々、ドイツに調査に行かれるようです。また同じ11月には総合科学技術会議でも説明しました。私の古巣の文部科学省にも話しをしています。私自身は以前から、もっと欧州の政策を参考にしたらどうかと提案してきたのですが、特に反応はありませんでした。それが昨年夏ごろから急に関心がもたれるようになったのです。不思議ですね。

―そう、不思議なのです。なぜ、いまドイツなのでしょうか。

 本当のところは私にも分かりません。ただ最近の動きをみるとこんなことが言えそうです。まず混沌とした欧州情勢の中でドイツが一人勝ちしています。景気もいいし、サイエンス研究への国費の投資効率も良いとされています。 スイスやフィンランド、デンマーク、シンガポールなどもじっくり調べれば、きっと参考になると思いますが、どこでも「人口が少ないから、日本と比較にならない」と取り合いませんでした。これまで日本はアメリカの制度を参考にしたり、真似したりしてきましたが、社会システムも文化も違い過ぎるために、どうやら見直しの雰囲気が生まれたようです。 ドイツとなると、人口規模や製品つくりの几帳面さなどが日本とよく似ているので、比較しやすいのかもしれません。ではドイツが本当に良いのか、参考になるのかと聞かれると、期待し過ぎるきらいもあります。要は、幅広く世界の事情を比較研究し、参考にしながら日本独自の科学政策を作っていくべきです。 そろそろ、次の「第5期科学技術基本計画」作りに入ります。そういう意味で欧州、なかでもドイツの科学技術政策を参考にしようというなら理解できますが。

―次なるモデルを探しだそうとしているのでしょうか。

 モデルは基本的にないと思わないといけません。どこかをモデルにしようとの考え方は、基本的に成功しません。ドイツはあくまでも参考にはできるでしょうが、ドイツの真似はできないし、それは意味がありません。歴史も文化も経済社会の構造も違いますからね。

―どんなことが参考になるのですか。

 よく調べると、結構、学べるポイントも見つかります。例えば研究所や独立行政法人の再編や運営の考え方などは、参考にできるのではないでしょうか。 福島原発事故を契機に、メルケル政権は原発廃止時期を早めましたが、それ以前よりドイツでは原発反対が世論になっていました。そこで「原子力」の研究を担っていた「ユーリッヒ原子力研究所」や「カールスルーエ原子力研究所」などの有力研究所はそれぞれ「原子力」の名称を外し、エネルギー、地球環境、健康、宇宙、材料構造など、社会的ニーズの高い分野に研究テーマを転換しました。 昔は、日本と同じように研究所ごとに予算を獲得していましたが、最近これらの大規模研究機関は、各々の法的形態は維持しつつ1つの協会を作り、予算はこの協会の本部の考える社会ニーズの高い「テーマ」に対して付けられ、本部が予算を18研究所に再配分し、各機関が協力をするように切り替えたのです。しかも一度付けられた予算の使用に政府が口をはさむことはなく、運営組織体の独立性を尊重しています。 ちなみにユーリッヒ研究所は1953年に設立され、主にドイツ連邦政府の予算で運営されています。現在は、生物ナノシステム研究所、固体研究所、エネルギー研究所、バイオテクノロジー研究所などの6つの研究所と、分析化学センター、スーパーコンピューティングセンターなど4研究センターがあり、研究者・技術職員など4,300人がいます。 日本だとすぐに二重投資はムダとの批判が出ますが、ドイツではそれがないのです。例えばいろいろな研究所でがん研究をやっていても、本部がうまくマネージメントをしています。

―日本はすぐに組織をいじりたがりますが、研究テーマごとに各研究所間の協力体制をとっているのですね。研究所を統廃合するとなると、定着し成果を出すまでにかなり時間やエネルギーのロスをしますから、参考にできそうですね。

 これにはドイツならではの事情もあります。ドイツは16州が集まった連邦国家ですが、憲法では教育と研究は州に大きな権限を与えています。新たに研究所を作るには、所在地の州も費用を分担するため、そう簡単には統廃合ができず、ネットワーキング型にならざるを得ないのですが、結果的に成果をあげています。面白いやり方です。

―日本でこの方式を取り入れるのは難しいのでしょうか。

 さほど難しいことではないと思います。民主党政権のときも文部科学省や総合科学技術会議などで、こういうやり方があるとの説明をしました。「面白いですね」との反応をいただき、関心は持ってもらえたようですが、それ以降はどのように動いているのかは分かりません。

―組織の統廃合だけでエネルギーを使い果たし、何かやったような気になってしまってはいけませんね。

 解決すべき「社会的課題」を、そうした研究所群が全体で担い、知恵を出していくことは大切です。特にメルケル政権になってからは、アカデミーや専門家の提言機能、つまりシンクタンク機能を強化しました。財政的に支援し、そこから提言を貰って政策の方向性をしっかり出すことに重点を置いたのです。科学技術だけでなく、経済研究所の経済予測なども含まれます。こうした緻密な分析、予測の活用がメルケル政権の大きなパワーになっているようです。 日本はシンクタンク機能がほとんどありません。霞が関の上意下達のマインドセットがなかなか消えず、民間のシンクタンクなどにあれこれ言われたくありません。だからシンクタンクに調査研究を依頼する予算などはあまり付けていませんし、結果的に、シンクタンクは育ちません。JST(科学技術振興機構)のCRDS(研究開発戦略センター)は、そうした中で、科学政策を考え、方向性を打ち出す有力なシンクタンクですが、政府系の機関です。良いアイデアは民間からも出てくるのが理想ですから、長期的にシンクタンクを育てる必要があります。そういう発想こそ、ドイツから学ぶべきでしょう。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

永野 博 氏
(ながの ひろし)
永野 博 氏
(ながの ひろし)

永野 博(ながの ひろし) 氏 プロフィール
慶應義塾高校卒。1971年慶應義塾大学工学部卒、73年同大学法学部卒、科学技術庁入庁。在ドイツ日本大使館一等書記官、文部科学省国際統括官、日本ユネスコ国内委員会事務総長、文部科学省科学技術政策研究所長などを経て、2005年科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー、06年科学技術振興機構理事、07年政策研究大学院大学教授、科学技術振興機構研究開発戦略センター特任フェロー。経済協力開発機構(OECD)では06年から科学技術政策委員会(CSTP)グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)副議長、11年1月から議長。専門は科学技術政策、若手研究者支援、科学技術国際関係など。公益財団法人日本オペラ振興会理事なども兼務。近著に『世界が競う次世代リーダーの養成』(近代科学社)など。

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