インタビュー

第3回「チャレンジングなCREST研究に」(浅野 孝 氏 / カリフォルニア大学 名誉教授)

2013.07.30

浅野 孝 氏 / カリフォルニア大学 名誉教授

「世界中から頼りにされる水再生利用学博士」

浅野 孝 氏
浅野 孝 氏

世界の各地で水事情がひっ迫している。異常気象や人口急増、森林破壊、産業の進展などによって、水不足や洪水、環境汚染が起きている。水問題の解決に優れた成果を挙げ、2001年に“水のノーベル賞”と呼ばれる「ストックホルム水賞」を受賞した浅野孝・カリフォルニア大学名誉教授が、JST戦略的創造研究推進事業「CREST」の領域アドバイザーとして来日した。再生水利用の技術アドバイザーとして米国をはじめ国際機関や欧州、中東、アジアなどで活躍している。食糧や燃料は不足しても替りのものがある。だが生命にとって必須の水には代替物というものがない。「いつ起きるかもしれない渇水の恐怖に、日本もしっかり備える必要がある」と警告した。

―CREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」領域のアドバイザーをされています。膜、オゾン、セラミックスなどによる高度水処理や都市地下帯水層を利用した水再利用システム、節水型農業技術、感染症予防の水監視システム、気候変動の影響調査まで幅広い研究が進められています。日本はこの面でも技術レベルは高いようですが。

 いわゆる21世紀型の都市水循環系の構築と、その基盤となる革新的な水処理技術とシステムが大きなテーマなのですが、要素技術としての逆浸透膜の製造技術やシェアは、今のところ世界トップクラスだと思います。しかし、欧米先進国はもちろん、イスラエル、シンガポール、韓国、中国などが自国やその関連マーケットを含めて目白押しに進出し、「水ビジネス」というパイを取り合っているというのが現実だと思います。

 水処理に関して言えば、膜分離活性汚泥法(MBR)などの生物相や膜の目詰まりの解明、省エネルギー対策など、このCRESTのプロジェクトでたくさんの人が研究しています。ところが、その革新的な技術や知識をフルスケールで実証実験をする場が国内ではほとんどないのです。

―なぜ、実証実験が進まないのですか。

 日本の下水道建設の歴史のなかで、全国どこでも同じ基準の活性汚泥法と塩素消毒や処理水の放流基準を設けてしまったため、革新的な技術の導入といった可能性を困難にしてしまったのだと思います。また、縦割り行政のなかでは、国家プロジェクトとしてフルスケールでデモンストレーションプラントを建設・運転する場がありません。このCRESTでの技術開発の成果をもう一段フルスケールで実証しなければ、折角の技術の海外輸出戦略は実現しにくくなってしまうのではないでしょうか。

―日本メーカーの膜処理技術は素晴らしいものがあるとも聞きますが。

 日本のメーカーはこれまで60%近いシェアを持っていると聞いていますが、将来の国際競争が懸念されます。例えば、海水淡水化に使用する逆浸透膜(RO)のマーケットは中東、南米、カリビア海諸国、イスラエル、オーストラリア、アメリカなどです。ところが、南カリフォルニアの海水淡水化プラントは環境基準をクリアするのに10年もかかり、やっと今年着工の途につきました。水利権の問題、水の価格、水質のマッチング(調和)、水資源の配分問題など、21世紀の水資源問題が直面するケーススタディになるような気がします。

 是非、日本の優れた研究成果によってエネルギー効率化と処理水量の増大という膜技術の目標をクリアし、さらに世界で評判の真摯な態度をもって、海水淡水化プラントの受注に成功してほしいと思っています。膜などの要素技術だけでなく、いわゆるEPCs(Engineering, Procurement and Construction Contracts)、つまり「技術、調達、建設、契約」の全般の受注に成功してほしいと強く願っています。

―水ビジネスにはまだまだ解決すべき難しい課題がありそうですね。さて、CREST水利用研究は前半の3年が過ぎました。アドバイザーとしてこれまでの研究をどのようにご覧になりますか。

 新しい研究の動きがどんどん出てきているようで、とても頼もしいですね。

 例えば、埼玉大学の小松登志子先生は、地圏熱エネルギー利用を考慮した地下水管理手法の開発を研究されています。ヒートポンプによる冷暖房システムが普及したことで地下水の温度が上昇し、どんな影響が出るかを調べています。地下水と地中熱が上昇すると、微生物活動が活発になって有毒ガスが増え、重金属等の有害物質が地下水に溶けやすくなる心配があります。大学構内に深さ50メートルのボウリング孔を掘り、目に見えない地下の汚染物質の変化を長期的に調べるユニークな研究です。

 京都大学の小杉賢一朗先生の山体地下水源の研究は革新的です。水源涵養や洪水緩和の機能を持つ森林土壌中の水の浸透理論を使って、どのように緑のダムの役目を果たしているかを調べています。国土の73%を占める山地に豊富な地下水が眠っているとすると、わずかな開発の手を加えることによって多くの「水の郷」を創出できるというものです。純粋に山好きの農学部の若者らしい研究ですね。

 同じく京都大学の伊藤禎彦先生は伝統的な京都大学の衛生工学、水道工学の専門家です。CRESTの研究トピックで水再利用が大きく取り上げられているのですが、利用目的が明確に議論されずに微量化合物やその毒性検査などが論文として発表されることが多かったのです。しかしこのプロジェクトでは、下水処理水を都市地下帯水層を通して飲料水にした場合、どのような水質転換が起こるのかを腸系ウィルスを含めて解明しようとするものです。

 今、カリフォルニア州では、下水高度処理水の「直接」飲用の研究が盛んに行われています。この京大のプロジェクトはその一歩手前の再利用技術である「間接的」飲用の研究です。イスラエルやアリゾナ、カリフォルニア、テキサス各州などで長年実施されてきた高度水処理技術のひとつです。

 21世紀型都市水循環系のために、これからますます必要になってくる「近い水」、つまり都市のなかの「水がめ」としての下水再生水の直接飲用利用への基礎データとリスク評価への貢献が大いに期待されます。

 最後に、地下水資源の持続的利用システムを研究している熊本大学の嶋田純先生の研究が魅力的です。雄大な阿蘇山のカルデラを背景に、地下水流動を踏まえた帯水層中の脱窒現象の実態評価が確立され、流域・地下水の管理手法が亜熱帯に広がる多数の小島にも適用できることが報告されています。

―新しい研究の動きは、これからますます面白くなりそうですね。

 6月に平成25年度成果報告を聞き、若手を中心に新しい活発な動きが出始めているのを知り、とても嬉しく思いました。私は76歳ですから、サクラメントから11時間も飛行機に乗ってくるのは大変ですが、海外から領域アドバイザーを引き受けて本当に良かったと思います。

 ただ領域アドバイザーは、プロジェクトのお飾りではいけません。私はこの3年間、各地の研究室を実地訪問し、個々の研究者と活発な議論をしてきました。

 今秋には大垣眞一郎研究総括、依田幹雄副研究総括と9人の領域アドバイザーが集い、今後の研究のあり方や方向性について十分議論を進めることになっています。国から50億円単位の研究費が支給され期待されている大型プロジェクトですから、成果の是非にはわれわれにも共同責任があります。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

浅野 孝 氏
(あさの たかし)
浅野 孝 氏
(あさの たかし)

北海道札幌市生まれ。道立札幌南高等学校卒。1963年北海道大学農学部農芸化学科卒。65年カリフォルニア大学バークレイ校工学部土木・環境工学科工学修士、70年ミシガン大学土木環境工学科で工学博士。81年カリフォルニア大学デービス校教授。78年から99年までカリフォルニア州水資源管理局で特別研究職の水質高度利用専門官を兼務。水循環、再生水利用のパイオニアとして、アメリカをはじめ国際機関や欧州、中東、アジアなどで水の技術アドバイスや講演を続けている。2009年からCREST水領域のアドバイザーを務める。1999年米国水環境連盟よりMcKeeメダル、2001年ストックホルム水賞。北海道大学名誉博士(2004年)、スペイン国カディス大学名誉博士(2008年)、瑞宝重光章(2009年)などを受けた。

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