インタビュー

第2回「“水大使”として世界を歩く」 (浅野 孝 氏 / カリフォルニア大学 名誉教授)

2013.07.23

浅野 孝 氏 / カリフォルニア大学 名誉教授

「世界中から頼りにされる水再生利用学博士」

カリフォルニア大学 名誉教授 浅野 孝 氏
カリフォルニア大学 名誉教授 浅野 孝 氏

世界の各地で水事情がひっ迫している。異常気象や人口急増、森林破壊、産業の進展などによって、水不足や洪水、環境汚染が起きている。水問題の解決に優れた成果を挙げ、2001年に“水のノーベル賞”と呼ばれる「ストックホルム水賞」を受賞した浅野孝・カリフォルニア大学名誉教授が、JST戦略的創造研究推進事業「CREST」の領域アドバイザーとして来日した。再生水利用の技術アドバイザーとして米国をはじめ国際機関や欧州、中東、アジアなどで活躍している。食糧や燃料は不足しても替りのものがある。だが生命にとって必須の水には代替物というものがない。「いつ起きるかもしれない渇水の恐怖に、日本もしっかり備える必要がある」と警告した。

―浅野さんが再生水利用の研究に力を注ぐ、そもそものきっかけは何だったのですか。

私は1963年にアメリカに留学しました。ちょうど東京オリンピック開催の前年です。この年、東京は大渇水に見舞われ、当時の河野一郎建設大臣のツルの一声で、利根川、荒川から都の浄水場に水を引き込む突貫工事が行われたのです。一方で河川の水質汚濁や大気汚染などの公害も大きな社会問題になり始めた頃です。留学先のカリフォルニア州の水事情も厳しい状態でした。

北海道大学農学部では農芸化学を学びましたが、カリフォルニア大学バークレイ校では工学部の水力学・衛生工学を学びました。工学の専門知識がなかったので、大学院でものすごく苦労して勉強しました。化学と土木工学の知識が水資源工学では重要で、後にそれが大きく役立ちました。

世界の国々を巡ると水不足は極めて深刻で、将来も水危機が憂慮されています。こうした若い頃に受けた衝撃的な体験が、私の研究や実務の背景にあります。

渡米直後のアメリカでは、ケネディ大統領の暗殺、市民権運動や、ベトナム戦争反対が渦巻いて騒然とした時代でした。

ところが私の周辺の工学部の学生たちはとても冷静で、「デモもいいが、本気で改革をするなら政権や行政の中に入って内から変革すべきだ」と主張し、私も含めて実践する者が多かったのです。

優秀な仲間が、政府に入って活躍しています。アメリカ流のプラグマチズムに大いに影響を受けたということでしょうか。

―その後、世界のいろいろな国々にも頻繁に出かけて、各地の水問題で専門的なアドバイスを続けています。中でもスペインにはよく行かれるようですね。

スペインは、私たちがカリフォルニアでやった再生水利用技術を、欧州で最も積極的に実践している国です。この国も長い間、水不足に悩まされてきました。また歴史的な水供給技術や水の文化が確立しています。それで現地の大学教授や政府の水資源局幹部には、熱心な私の協力者がいます。

スペインはタイミングに恵まれて、EUの当時の豊富な資金を引き出すことができたため、21世紀のはじめにほとんどの下水処理場建設を終えてしまったのです。したがって、処理水の再利用は自然な次のステップだったのです。

ひょっとすると私の名前は、日本よりもスペインの方で知られているかもしれませんよ。それは水資源の必要性が、日本とは比べ物にならないほど重要で、切実度が高いからだと思います。

―他の国々はいかがですか。

私が最初にプロジェクトに参画したのはポルトガルです。首都リスボンから特急列車で2時間半ほど南に行った観光地、アルガーベ地方で、再生水をゴルフ場の散水用に使いました。

チュニジアやブラジルでは農業用水と工業用水に利用しています。

メキシコは現地の大学と一緒に水研究会を作り、将来計画作りにかかわりました。メキシコ・シティは標高が高いので、重力を利用して導水路で周辺の農地に再生水を送っています。これだとほとんどポンプも動力も使わずにできるいいアイデアです。さらに、農地の栄養分が不足しているうえに貧困地帯も多い国なので、ちょっと変わった工夫で水再利用が行われています。回虫や病原菌などを除去して、下水の中の濁りの成分や栄養分でもあるBOD(生物化学的酸素要求量)とSS(浮遊物質)をそのまま下水中に残し肥料に再利用しようとするものです。 北アフリカの4カ国、モロッコ、チュニジア、アルジェリア、エジプトでも農業利用の可能性を共同研究しました。

名誉あるストックホルム水賞受賞のご恩返しとして、私の知識を世界に役立てていただけるなら、何時でも喜んで「水大使」として出かけるつもりです。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

浅野 孝 氏
(あさの たかし)
浅野 孝 氏
(あさの たかし)

北海道札幌市生まれ。道立札幌南高等学校卒。1963年北海道大学農学部農芸化学科卒。65年カリフォルニア大学バークレイ校工学部土木・環境工学科工学修士、70年ミシガン大学土木環境工学科で工学博士。81年カリフォルニア大学デービス校教授。78年から99年までカリフォルニア州水資源管理局で特別研究職の水質高度利用専門官を兼務。水循環、再生水利用のパイオニアとして、アメリカをはじめ国際機関や欧州、中東、アジアなどで水の技術アドバイスや講演を続けている。2009年からCREST水領域のアドバイザーを務める。1999年米国水環境連盟よりMcKeeメダル、2001年ストックホルム水賞。北海道大学名誉博士(2004年)、スペイン国カディス大学名誉博士(2008年)、瑞宝重光章(2009年)などを受けた。

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