インタビュー

第4回「森林管理に信頼のデータ。ろ過膜処理に新知見や成果が続出」(大垣眞一郎 氏,依田幹雄 氏 / 国立環境研究所 理事長, 日立製作所 インフラシステム社技術主管)

2012.12.03

大垣眞一郎 氏,依田幹雄 氏 / 国立環境研究所 理事長,日立製作所 インフラシステム社技術主管

「世界の水問題を解決するための革新的技術の創出に挑戦」

気候変動や人口急増、都市化などの影響で、世界の水事情がますます逼迫(ひっぱく)している。科学技術振興機構(JST)は戦略的創造研究推進事業「CREST」として、2009年から『気候変動等により深刻化する水問題を緩和し、持続可能な水利用を実現する革新的技術の創出』の研究課題を採択し、世界の水問題の解決を目指している。採択からちょうど3年目を迎えたところで、研究総括の大垣眞一郎・国立環境研究所理事長と、副研究総括の依田幹雄・日立製作所インフラシステム社技術主管の2人に、水領域研究の狙いや最近の成果、今後の見通し、課題などを聞いた。

―気候変動によって日本でも渇水被害が広がることが心配されています。

《大垣》
荒廃した人工林をどのくらい間伐すれば、河川の流出量を増やすことができるか。「恩田チーム」は、大がかりなフィールド実験を国内で初めて実施し、成果を出しました。間伐の必要性はこれまでも経験的に語られ、東京都水道局でも水源林管理の基本に置いてきましたが、強度間伐の重要性を裏付けたデータの取得は初めてです。三重県大紀町、高知県四万十町、愛知県犬山市、栃木県佐野市、福岡県飯塚市の5カ所の人工林で大規模な調査を実施しました。その結果、樹木本数の 50-60%を適切に間伐することによって、林内の雨量が増加し、河川の年間流量が有意に増えたことが定量的に把握できました。土壌に達した雨水が地下水 を涵養し、河川に流出したのです。一方で、福島原子力発電所事故によって大気中に放出された放射性物質のセシウムやヨウ素が、栃木県内の森林のスギ、ヒノキの樹冠から徐々に林床に降下していくという動きも確認できました。

これを、旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故で飛散した放射性物質が、ドイツ・ミュンヘンのトウヒ林を汚染した時の観測と比較しました。栃木では樹 冠にとどまる時間が長く、林床への移行が遅いことが実測できました。日本は温暖な気候のため、枝葉の量が多く、樹冠密度も高いためと考えられます。

森林を除染すべきか否かの議論が続いています。放射性物質が林床に移動し土壌に浸透する前の方が除染しやすいため、今後の対策のあり方にも影響を与えそうです。

このような放射性物質の森林での調査は、CRESTの当初の研究目的にはありませんでした。人工林の樹冠から根本までの水量を正確に測定するという科学的な調査を地道に続けてきたからこそ、とっさの事故による放射性物質の動向の解析にも役立ったのです。

学術としての基礎研究の積み重ねが、緊急事態の場合にも的確に対応できたという格好の事例ですね。

樹幹周囲の林内雨空間分布の詳細計測
樹幹周囲の林内雨空間分布の詳細計測
荒廃人工林の強度間伐による水土砂流出の変化
荒廃人工林の強度間伐による水土砂流出の変化

―ろ過膜による水処理は、生活排水や工場排水のリサイクル、海水の淡水化などに積極的に利用されています。しかし排水中のたんぱく質や微生物、藻などによる目詰まり(ファウリング)が、ろ過膜処理法の障害になっているといわれていますね。

《大垣》
その目詰まりの解決策として、独自に基礎的、理論的に挑戦しているのが「中尾チーム」です。これまでは主にろ過膜表面を水になじむように親水化することが検討されてきましたが、疎水性ポリマーでも目詰まりが防止できました。つまり親水性か疎水性かの差ではなく、ろ過膜のポリマー表面に水がどのような分子集団を作るかというミクロな視点の研究が必要になるのです。ミクロの構造を解明することで、短期的には全く目詰まりが生じないろ過膜表面を作り、性能を確認しています。もう一つは、コンピューターを使った計算科学による目詰まり防止膜の表面構造の設計です。目詰まりの主な原因は、たんぱく質がろ過膜面に吸着することで起 きます。これをコンピューターに計算させるには複雑すぎるため、タンパク質の主成分のアミノ酸と、膜材のモノマーによる相互作用として単純化してモデル計 算をしました。その結果、膜材の化学処理(化学修飾)にはプラスにもマイナスにも帯電しない非イオン系素材が目詰まり防止に優れていることが判明しまし た。

そこで非イオン系のポリマー(PMEA、アクリル酸2-メトキシエチル)に注目し、市販の限界ろ過膜(UF膜)や精密ろ過膜(MF膜)に化学修飾をするこ とで、目詰まり防止素材の設計ができる見通しがつきました。実用化には、コストや安定性の課題が残っていますが、注目すべき研究です。

―ろ過膜対策には、「岡部チーム」も取り組んでいますね。

《大垣》
ろ過膜による革新的な浄水処理装置や、ノロウイルスだけを吸着するバクテリアの発見、数種類の重金属と反応し検出できる有機合成物質など、このチームは世界初の成果を続々と挙げ、特許も申請しています。革新的な浄水処理装置は、ろ過膜と生物処理を組み合わせた膜分離活性汚泥法(MBR)の反応槽の中にアクリル製の「仕切板」を入れた比較的簡易な装置で す。これだけでチッソ、リン、有機物が効率よく除去できました。汚染度の高い都市河川、淀川の表流水でも、高度浄水並みの代替施設として十分に使えること を確かめました。冬場になると、感染力の強いノロウイルスによる健康被害が増えます。下水処理場に流入したノロウイルスを特異的に吸着するバクテリアが生息することを見つけ、その働きやメカニズムを解明しました。

ノロウイルスは大きさが20-30ナノメートル(ナノは10億分の1)と小さいため、通常はろ過膜を通過してしまいますが、このバクテリア(大きさ1マイクロメートル)が強固に密着していれば、ろ過膜でも十分に除去できるのです。

また再生水の中には、医薬品や環境ホルモンなどの微量有害化学物質や、発がん性物質などが含まれています。ヒト遺伝子のDNA断片をプラスチックやガラスなどの基板上に高密度に配置した分析器具を作り、これらの有害物質を一気に検出できる蛍光試薬を開発しました。

ノーベル賞を受賞した鈴木章・北海道大学名誉教授らによる「鈴木カップリング」を応用したもので、1度に4種類の重金属と反応し、蛍光反応を示す有機化学物質です。現場に持ち運びが簡単にできますが、さらに多くの重金属が同時検出できるように工夫を凝らしています。

(続く)

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

大垣眞一郎 氏
(おおがき しんいちろう)
大垣眞一郎 氏
(おおがき しんいちろう)

1947年、東京都生まれ。69年東京大学工学部都市工学科卒、74年同大学院博士課程修了、工学博士。東北大助手、東大助教授、アジア工科大学(タイ国)助教授を経て89年 東大大学院教授。東大工学部長。日本学術会議副会長を2回務め、国際水学会(IWA)副会長。2009年から(独)国立環境研究所理事長。専門は都市環境工学、水処理工学、水環境工学。著書に『自然・社会と対話する環境工学』(共編、土木学会)、『環境微生物工学研究法』(共著、技報堂出版)など多数。

依田幹雄 氏
(よだ みきお)
依田幹雄 氏
(よだ みきお)

1946年、長野県生まれ。 (株)日立製作所インフラシステム社技術主管。技術士(上下水道部門、総合技術監理部門)、環境カウンセラー(事業者部門、市民部門)。日本技術士会会員、電気学会上級会員、日本水環境学会会員、環境システム計測制御学会会員。環境調査センター環境賞優良賞、日本水道協会有効賞などを受賞。

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