インタビュー

第3回「下水のリサイクル利用に成果。国際基準作りや途上国支援に貢献」(大垣眞一郎 氏,依田幹雄 氏 / 国立環境研究所 理事長, 日立製作所 インフラシステム社技術主管)

2012.11.19

大垣眞一郎 氏,依田幹雄 氏 / 国立環境研究所 理事長,日立製作所 インフラシステム社技術主管

「世界の水問題を解決するための革新的技術の創出に挑戦」

気候変動や人口急増、都市化などの影響で、世界の水事情がますます逼迫(ひっぱく)している。科学技術振興機構(JST)は戦略的創造研究推進事業「CREST」として、2009年から『気候変動等により深刻化する水問題を緩和し、持続可能な水利用を実現する革新的技術の創出』の研究課題を採択し、世界の水問題の解決を目指している。採択からちょうど3年目を迎えたところで、研究総括の大垣眞一郎・国立環境研究所理事長と、副研究総括の依田幹雄・日立製作所インフラシステム社技術主管の2人に、水領域研究の狙いや最近の成果、今後の見通し、課題などを聞いた。

―ではCREST水領域の最近の主な成果を紹介してください。

《大垣》
今回の中間評価の対象になったのは7グループです。その代表者は、順不同ですが、藤原拓・高知大学教授、田中宏明・京都大学教授、古米(ふるまい)弘明・東京大学教授、岡部聡・北海道大学教授、中尾真一・工学院大学教授、恩田裕一・筑波大学教授、鼎(かなえ)信次郎・東京工業大学准教授の皆さんです。7チームは、それぞれに多様なテーマと取り組んでいて、複数の大学や企業、アジアの国々などと協力しながら、早くも注目すべき成果を挙げています。

―それぞれのチームの具体的な成果にはどのようなものがありますか。

《大垣》
世界の水利用をみると約3分の2が農業用に使われています。日本でも同じで、農業用の水管理システムが抜本的に改善できれば、「持続可能な水利用」という目的がかなり達成できるはずです。なかでも「藤原チーム」は、農業で使われた肥料の残存物を回収する研究に取り組んでいます。最近は高価な野菜や果物を温室やビニールハウスで栽培する都市近郊農家が増えています。そこでまかれた肥料の窒素成分は、地中にしみ込んで地下水を汚染する心配があります。また窒素やリンが湖や海に流れ込めば富栄養化の原因にもなります。これらの肥料残存物を効果的に回収し、農家としての資源再利用や付加価値を生み出すような成果を挙げています。

―地下水汚染の怖さとはどのようなものですか。

《大垣》
肥料の一部が地下水に混入した硝酸性窒素に汚染された水を飲むと、乳児などがブルーベビー症候群(メトヘモグロビン血症)にかかってしまう心配があるのです。血液中の酸素濃度が低下し、皮膚や粘膜が青紫色になるチアノーゼとなり、神経障害や発達障害にもつながります。高知大学では、ハウス内でスイカを栽培した後に、土壌浄化植物として知られるデントコーン(家畜の飼料用のトウモロコシ)を植えました。コーンが土壌に残った窒素やリンを吸収し、硝酸性窒素の地下水浸透を90-80%も食い止めるめどが立ちました。さらにコーンが吸収したリンの70%程度を肥料として回収できました。また、ホタテ貝の殻を尿に漬けるという簡単な方法でリンが45%も回収できました。もうひと工夫凝らして尿にホルムアルデヒドを加えると90%近くの窒素が回収できて農業用の緩効性肥料(与えたときから効果があらわれ、ある程度の期間効果が持続する肥料)の原料としてもリサイクルが可能です。

ハウス栽培による窒素汚染を抑制する開発中のシステム
ハウス栽培による窒素汚染を抑制する開発中のシステム

こうした成果は、日本国内や海外のビニールハウス栽培だけでなく、アフリカ、中国などの半乾燥地域、あるいは水資源の乏しい小さな島での農業や、湖沼汚染の改善に活用できると注目されています。

―田中チームは、国際的な安全基準作りにも挑戦しているようですね。

《大垣》
都市下水を安全に再利用するための効率的な浄化方法や、国際的な安全基準作りを主導的に進めています。都市下水には、有害金属物質や環境ホルモン、医薬品などの化学物質から、病原性微生物や病原性ウイルスなどが混じっています。これらはナノ(1ミリの100万分の1)からマイクロ(1ミリの1,000分の1)レベルの細孔のある膜で処理していますが、物質によっては除去装置や方法、管理がまちまちで難しいものもあります。中でも病原性ウイルスの除去などには国際的な基準がありません。そこで田中チームは、エネルギーを節約しながらどのレベルまで再処理して放流すれば、子どもたちは安全に川遊びができるか、また農業用水に使えるか、あるいはゴルフ場や庭の散水、トイレの浄化水に使えるかを調査してきました。その結果、広大な土地と時間が必要な生物処理を全く使わずとも、下水を一般的な凝集剤とUF膜(限外ろ過膜)やセラミックス膜で処理することで、病原性ウイルスを2桁から3桁、さらにオゾン処理することで5桁以上も減少させることに成功しました。これは大地震などの緊急時の水利用対策にも使えるレベルです。これらの成果を基に国際的な再利用水の安全基準作りを進めているのも特長です。まずは日本が中心になって韓国、中国と連携し、再生水質のマネジメント規格作りをしています。来年には3カ国で合意する見通しで、「北東アジア規格」を作る計画です。将来は欧米も含めた「国際規格」作りを目指しています。病原性ウイルスを調べるには高価な測定器が必要ですが、どこでも簡単にできる訳ではありません。こうした信頼できる高度な研究を積み重ねて基準を決め、安全を確保するためのガイドラインを作っていく国際貢献が、CRESTから始まっているのです。

―古米チームも、ベトナム・紅河(ホン川)の都市河川などから糞便指標となる新規のウイルス検出調査などをやっていますね。

《大垣》
こちらは、先進国の都市流域圏として東京・荒川流域を選び、一方で人口急増や水インフラの整備が必要なハノイ市郊外の新興市街地と比較しながら、水資源や水利用の現地調査、モデル解析をしています。表流水に加えて都会に降った雨水や地下水、再生水などを有効に活用するための水質分析や水質評価法の開発などもやっています。この過程で環境水中から微量のコブウイルス属を検出する方法を開発しています。コブウイルス属は、特別な種類の細胞にだけ感染する宿主特異性が高く、ヒト、ウシ、ブタに特異的なコブウイルスを個別に定量することで、糞便汚染の起源解析を精度よく行うことができると期待されます。実測調査の結果、荒川下流と、紅河支流のヌエ川から、コブウイルス属の一種であるアイチウイルス(ヒト由来)などが、他の腸管系ウイルスに比較して高濃度で広範に発見されました。また、少量のDNAやRNAを大量に複製する方法(PCR法)では、毒性が弱まったウイルスや無力化したウイルスもすべて検出してしまうため、感染する恐れがなくとも「陽性」として検出されることがありました。この疑似陽性を防ぐ正確な診断方法の開発にも成功しています。

ウィルスを含めた微生物リスクの総合的評価
ウィルスを含めた微生物リスクの総合的評価

また、東京都を中心に荒川流域や周辺地域の地下水について、発がん性のある汚染物質NDMA(N-ニトロソジメチルアミン)や医薬品類、有機フッ素化合物を検出しています。NDMAは国際がん機関(IARC)が、ヒトに対して発がん性があると分類した化学物質です。水道水中のNDMAは浄水処理過程でも生成されます。ハノイでは地下水が重要な水資源として注目されているため、数多く存在する溜め池からの地下水涵養や地下水汚染の状況を調べたところ、ハノイ南部など場所によっては、地下水や土壌間隙水中のアンモニアやヒ素の濃度が非常に高いことも確認されました。こうした最先端のウイルス検出法や化学分析技術、その調査結果を現地の関係者に伝えることで、地元から非常に感謝されています。ハノイは水郷都市だけに、乾燥した都市とは違う苦労があり、古米チームのようにしっかりした現地調査が喜ばれています。

(続く)

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

大垣眞一郎 氏
(おおがき しんいちろう)
大垣眞一郎 氏
(おおがき しんいちろう)

1947年、東京都生まれ。69年東京大学工学部都市工学科卒、74年同大学院博士課程修了、工学博士。東北大助手、東大助教授、アジア工科大学(タイ国)助教授を経て89年 東大大学院教授。東大工学部長。日本学術会議副会長を2回務め、国際水学会(IWA)副会長。2009年から(独)国立環境研究所理事長。専門は都市環境工学、水処理工学、水環境工学。著書に『自然・社会と対話する環境工学』(共編、土木学会)、『環境微生物工学研究法』(共著、技報堂出版)など多数。

依田幹雄 氏
(よだ みきお)
依田幹雄 氏
(よだ みきお)

1946年、長野県生まれ。(株)日立製作所インフラシステム社技術主管。技術士(上下水道部門、総合技術監理部門)、環境カウンセラー(事業者部門、市民部門)。日本技術士会会員、電気学会上級会員、日本水環境学会会員、環境システム計測制御学会会員。環境調査センター環境賞優良賞、日本水道協会有効賞などを受賞。

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