インタビュー

第1回「人と社会の健康や安全を守るための水利用の新しい姿とは」(大垣眞一郎 氏,依田幹雄 氏 / 国立環境研究所 理事長, 日立製作所 インフラシステム社技術主管)

2012.10.31

大垣眞一郎 氏,依田幹雄 氏 / 国立環境研究所 理事長,日立製作所 インフラシステム社技術主管

「世界の水問題を解決するための革新的技術の創出に挑戦」

気候変動や人口急増、都市化などの影響で、世界の水事情がますます逼迫(ひっぱく)している。科学技術振興機構(JST)は戦略的創造研究推進事業「CREST」として、2009年から『気候変動等により深刻化する水問題を緩和し、持続可能な水利用を実現する革新的技術の創出』の研究課題を採択し、世界の水問題の解決を目指している。採択からちょうど3年目を迎えたところで、研究総括の大垣眞一郎・国立環境研究所理事長と、副研究総括の依田幹雄・日立製作所インフラシステム社技術主管の2人に、水領域研究の狙いや最近の成果、今後の見通し、課題などを聞いた。

―まず、いま世界では、どんな水問題が起きていますか。

大垣眞一郎 氏
大垣眞一郎 氏

《大垣》
今年の夏は関東地方でも雨が降らず、利根川水系の8ダムの貯水量が減少し、流域の1都5県は11年ぶりの取水制限を実施しました。9月には、列島を縦断した台風17号などによる洪水被害なども出ました。

また気候変動のせいか、アメリカ中西部では数十年ぶりの大干ばつが発生し、トウモロコシや小麦が大被害を受け、日本でも小麦やバターが値上がりしています。オーストラリアではチタンや鉄鉱石などの採掘にも大量の水を必要とすることから、鉱業生産にも影響が及んでいます。

水問題とは、日常生活の水不足や洪水被害による混乱はもちろんですが、食糧の輸入、資源確保、エネルギーなど広範囲にわたって大打撃が生じます。

水は人間だけでなく、あらゆる動物や植物などにも欠かせない“命の資源”です。「必要な時に、何時でも、どこでも、誰もが、きれいな状態で、必要な量の水が使えること」が大事なのです。しかし毎年のように、地球のどこかで極端な水不足や洪水災害が起きています。特に水資源の枯渇や渇水は深刻で、水量が減れば水質にも悪い影響が出ます。

もう一つは、都市問題としての水問題があります。気候変動とは直接は関連しませんが、アジアやアフリカでは都市に人口が過度に集中し、水の供給不足と排水の未処理による感染症の拡大が深刻化しているのです。1990年代に、当時のセラゲルディン世界銀行副総裁が、「20世紀の戦争が石油をめぐって戦われたとすれば、21世紀の戦争は水をめぐって戦われるであろう」と、将来の水問題の深刻さに警鐘を鳴らしたことがあります。いまや世界中が、水問題の深刻化を恐れています。

こうした地域などには、欧米の大企業が積極的に「水ビジネス」を展開しており、出遅れた日本の企業は今後どのように対応すべきかが、新たな課題として挙がってきています。

東京都をはじめ大阪府、横浜市、札幌市など、日本の主要な自治体の水道事業部局は、世界でもトップクラスの造水・水処理技術とその管理システムや、それを支える優れた人材が集積しています。さらに国内の有力企業も水関連の優秀な技術やノウハウ、システムを持っているだけに、これをビジネスとして生かさない手はありません。それらを世界の水問題の解決に貢献することは日本の責任でもあります。日本の水ビジネスを重要なインフラ輸出として積極的に進める時期にきています。

―大垣さんは大学と国立研究所で活躍され、依田さんは産業界での経験が豊富です。絶妙の総括・副総括コンビですが、お二人の専門分野を、それぞれ簡単にご紹介いただけますか。

《大垣》
大学(東京大学)では工学部都市工学科で都市環境問題を専門に研究していました。水に関連した社会インフラの計画や設計、建設は都市工学の一分野で、「衛生工学」と呼んでいました。それが今は「環境工学」に変わり、大気汚染や廃棄物対策なども扱うようになりました。私は、水処理技術や、湖や河川がどのような過程で汚れるかの水質汚濁のメカニズム、水供給(水道)や水の再利用技術と取り組んできました。その後、水の消毒を手掛け、水中のウイルスなど、病原性微生物の紫外線処理技術を工学分野で扱う研究に着手しました。医療・疫学や公衆衛生学の分野では昔からありましたが、工学分野での取り組みが日本では遅れていたのです。

(理事長を務めている)国立環境研究所(茨城県つくば市)でも水問題は積極的に取り組んでいます。霞ケ浦(茨城県)から東シナ海の水質環境調査まで手掛け、地球温暖化による海洋への影響なども調査しています。さらに家庭の浄化槽も環境行政に含まれるので、水問題は地域レベルから地球レベルまでカバーしていることになります。

重工業のど真ん中で活躍された依田さんが、水との関わりを持たれたのは、どんなきっかけからですか。

依田幹雄 氏
依田幹雄 氏

《依田》
私は日立製作所に入社し、当時成長期にあった鉄鋼分野で使われる高頻度・長寿命で高い信頼性が要求される、電磁接触器をはじめとする制御器具の開発に携わりました。その後、上下水道システム部門に移り、そこで水と関わるようになり、現在に至っています。この分野での電気メーカの仕事は、受電設備からプラントの監視制御システムや情報システムなどを構築することですが、常に「システム」という視点が求められます。また、監視制御システムを構築するには、水処理などのプロセス技術や水質のことを、よく知らなくてはなりません。プロセス技術の研究開発も欠かせないわけです。私はこれまで、工場に所属し、研究所と一緒になって新しい技術や製品、システムの研究開発に携わってきました。水質に関するものでは、大都市からの委託を受けて、水道水源の水質動向予測技術を開発しました。水道水源としての河川の水質が将来的にどのように変化するかを、予測する技術です。GIS(地図情報システム)上に、水質汚濁に関連する膨大なデータベースを構築します。このデータには人口動態、事業所や畜産農家の将来予測、下水処理系などを入れ、幾つかのシナリオを描いて水道の取水地点の水質をモデルによって予測するというものです。この結果は、高度浄水処理施設の建設時期を決める政策決定に使われました。また同時期に、汚染物質河川流下シミュレーション・システムも開発しました。

―今回のCRESTの水領域の目指す特徴とは?

《大垣》
CRESTでは、私たちの前に2001年から5年間、虫明功臣先生が研究総括となり、「水の循環系モデリングと利用システム」研究領域が実施されました。これは中国・黄河流域、モンゴル、インドネシア、タイ、東シベリアなどのアジアを中心に、大きな自然の中で水がどう動き、循環しているかを、気候変動との関わりや、洪水や渇水と人間活動との関わりをとらえたものです。私たちのCRESTでは、水問題のより具体的な解決策に切り込んでいくことにしました。人と社会の健康や安全を守るために、水を利用するための技術やシステムが必要になります。それが今回の「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステムの創出」です。

まず「人と社会(コミュニティー)」があって、そこの社会的共通資本をどうするかという時に、水利用の新しい姿が要求されるはずです。人類は何千年にもわたって水利用を続けてきました。当たり前のことですが、昔は、水浄化技術などは何もいらなかった。ではなぜ今、水問題かといえば、世界では農業と工業とによる産業別の水争いや、それに都市も加わっての激しい水の奪い合いが起きています。さらに気候変動がもたらす影響で干ばつや水不足が多発し、人口集中による水汚染や新しい病原菌による感染なども大きなリスクになってきたためです。かつてのような牧歌的な水の利用が許されなくなったのです。

つまり、たくさんの人が住む社会で、水をどう安全に供給し、排水処理し、社会全体の安全システムを作りあげ、それらを維持していくか–それが“水の持続可能性”という意味ですね。

(続く)

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

大垣眞一郎 氏
(おおがき しんいちろう)

1947年、東京都生まれ。69年東京大学工学部都市工学科卒、74年同大学院博士課程修了、工学博士。東北大助手、東大助教授、アジア工科大学(タイ国)助教授を経て89年 東大大学院教授。東大工学部長。日本学術会議副会長を2回務め、国際水学会(IWA)副会長。2009年から(独)国立環境研究所理事長。専門は都市環境工学、水処理工学、水環境工学。著書に『自然・社会と対話する環境工学』(共編、土木学会)、『環境微生物工学研究法』(共著、技報堂出版)など多数。

依田幹雄 氏
(よだ みきお)
依田幹雄 氏
(よだ みきお)

1946年、長野県生まれ。(株)日立製作所インフラシステム社技術主管。技術士(上下水道部門、総合技術監理部門)、環境カウンセラー(事業者部門、市民部門)。日本技術士会会員、電気学会上級会員、日本水環境学会会員、環境システム計測制御学会会員。環境調査センター環境賞優良賞、日本水道協会有効賞などを受賞。

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