インタビュー

第5回「実験室から街中へ。人の役に立つ成果はとても嬉しいもの。」(橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授)

2012.08.01

橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授

「東大教授が挑戦する小、中学生向けの新エネルギー講座」

橋本和仁 氏
橋本和仁 氏

 東日本大震災と福島原発事故から1年余が過ぎた。エネルギー問題の重要性はますます高まるばかり。次世代の子どもたちにエネルギーをどう教えたらいいか、専門的で難しいテーマだけに、義務教育の現場では混乱や戸惑いが広がっている。光触媒の開発や有機薄膜太陽電池、微生物を用いた発電システムなど、幅広い分野で世界最先端の成果を挙げている橋本和仁・東大教授が勇躍、北海道空知郡南幌(なんぽろ)町の小、中学校を訪れ、「新エネルギーについての学習会」で講演した。東大教授の熱血授業に、はたして子どもたちの反応は?

―(今回はインタビューの締めくくりとして、講演では時間の関係で、質問ができなかった子どもたちの声などをまとめ、聞いてみました。) 講演を聞いて「科 学者になりたい」と思った子どもは少なくなかったはずです。橋本先生のような、アイデア豊かな科学者になるにはどうしたらよいでしょう。

 「こうすれば科学者になれる」という王道はありません。科学者になるにはまず理科が好きになり、好奇心を持ち続けることです。私は、隣家の中学生のお兄 ちゃんから聞いた、「水の分解による水素と酸素の発生」を実現したいと思って科学者を目指しました。理科を勉強すると、面白いことが沢山あるのに気付きます。夢を実現しようとするなら楽をしていてはいけません。“ガリ勉君”の悪口をいう人がいるが、ス ポーツだって同じ。一流になるにはたゆまぬ訓練と、苦労がつきまとうもの。勉強もスポーツも、小、中学校までは楽しみながらできても、高校からは苦しむほ ど努力しないと、夢の実現は難しいでしょう。

―どんな勉強が必要ですか。

 特別な勉強法はありません。広い見地を持ち、深い洞察ができるための知識が必要です。私は大学の理科系に入ったが、1、2年生ではたくさんの本を読み,旅 行もした。小説や歴史、哲学、経済など、理系とは直接関係のなさそうな本でも楽しんで読み漁った。周囲の人よりもたくさん読んだとの自負があります。今も 古代史や経済の本をたくさん読んでいます。大学3、4年生からは物理学と化学を徹底的に勉強し、大学院では専門に深くのめり込みました。一般に昔の研究者は、専門だけを勉強するように指導される傾 向が強かったと思います。しかし、私は多方面に興味を持ち、広い見地から自分の専門分野を見ることのできる研究者を目指したつもりです。

―懸命に努力しても、長続きせずに挫折する人もいますが。

 スポーツだって、一生懸命やった人が全てプロになれるわけではない。でも、努力したことは、必ずやその人の血となり肉となるものです。ロンドン・オリン ピックが開幕しましたが、メダリストになるには早くから厳しい練習と努力が不可欠なのです。科学者も同じで、楽をしてなれるほど甘くはない。でも例え科学 者になれなくとも、厳しい訓練の経験は人生を豊かにしてくれる。このことは信じてもらっていいですよ。

―“隣家のお兄ちゃん”に強い影響を受けましたね。だが、そういうチャンスに恵まれない子どももいます。

 私がお兄ちゃんから受けたようなチャンスは、誰にでもあるはずなのです。それは学校の先生の一言であったり、新聞やテレビのニュース、読んだ本、あるいは 大自然との関わりの中であったりするかもしれません。そこからフッとしたひらめきや、気付きや示唆を感じ取れるかどうかの違いでしょう。これは子どもでも 大人でも同じですね。研究面でも同じことが言えます。「あの人の研究は、運が良かったから発見できた」と言われることがあるが、それは疑問です。「運が良い」だけなら、何度も 当たることはない。宝くじをみれば分かります。しかし、良い成果を出す人は連続で何度も出すが、そうでない人はほとんど成果が出せないでいる。これは仲間 の研究者や学生を見ていて分かります。誰にもチャンスは巡ってきているものの、それに「気付く」か「気付かない」かは、その人の資質や感受性、理解力、注意力などに関わるのではないでしょうか。私たちの普段の研究でも、きっと大発見のきっかけや突破口になるものに度々触れているはずだが、気付かないままに見逃しているのかもしれません。科学 者の場合は、「気付く」能力の高い人が良い仕事をするものと確信しています。小学生や中学生も、そういう感じやすさや意識を持って欲しい。その源泉は好奇 心にあると思います。

―「科学を目指す」といっても、宇宙からバイオまであまりにもたくさんあり過ぎて、迷ってしまいます。これからはどんな科学の分野がよいのでしょうか。

 興味を持つことは大切だが、小、中学生のうちから目標を狭く絞って、「これこれしかやらない」と限定するのはよくない。どんな研究でもやり出すと面白いものです。私の研究室は、太陽電池、微生物発電、光触媒、人工光合成などたくさんの研究をやっています。大学4年生で卒業論文のために研究室に入ってくる学生の多く は、特定のテーマを希望して来ます。しかし、私はあえて学生の希望とは違うものを割り当ててやらせます。より広い知識を持って貰うためです。もう1つ、20世紀と21世紀とでは、科学技術に対する見方が大きく異なってきたことを認識すべきでしょう。20世紀は「科学技術によって生活を豊かにで きる」と信じ切れた時代だった。確かに便利にはなったが、「豊かになったか」と問われると不明です。決して地球環境面でサステイナブル(持続可能性)では なかったことにも、私たちは20世紀の終わりに気付いたのです。

 もっと全体調和を考えないといけない。全体を見わたし、社会との繋がりや関係性を意識しながら科学技術と取り組むことです。それには広い知識、たくさんの関心を持ち、その中から自分の得意なものを専門として選ぶことです。単なる“サイエンス・オタク”ではいけませんね。

―たしか、子どもの頃からスポーツマンだったと聞きました。スポーツは科学者になるのに役立ちますか。

 私は野球少年でした。小学2年生でレギュラーになり、4年生でエース・ピッチャーです。5年生で転校し、6年生でまたピッチャーに。地区の小学生野球大会で優勝したこともあります。科学者になるには、スポーツは決してマイナスではないがプラスになるかどうかは分かりません。スポーツマンで立派な科学者もいるし、そうでないケースもあるから、余り関係はないのではないか。ただ、勉強もスポーツも根性がないと継続できないことは事実ですが。一方、科学者ほど“一流”になりやすい職業はないとも言えるでしょう。私は人類で一番優れた人というのは、オリンピック陸上競技の100メートル走の金メ ダリストだと考えています。現存している全人類が必ず経験し、選別されてきた競技です。その最高峰として、同じルールで走って一番早い者が金メダルを獲る。これぞ世界一ですね。

 しかし科学者は自分で面白い現象を見つけて、その分野を作れば、必ず自分がトップになれるという面白みがあります。自分の活躍するフィールドを自由に選べ るし、作った領域に意味があれば、人も研究費もたくさん集まってきます。基本的に同じ土俵で競うスポーツに比べれば、決して難しいことでは無いように思えます。

―最後に、科学者になって一番良かったこと、あるいは科学者の喜びとは何ですか。

 科学者は自分の好きなことを仕事にできて、それで評価されるのが最高の喜びです。私の場合は、勉強してきたことが「光触媒」にうまく適用でき、さらに遊び 心を加えたところ様々な発見につながりました。それを産業界に呼びかけたところ、たくさんの協力を得て、皆さんに喜ばれるような製品が続々と生まれたので す。ビルやスポーツ施設、美術館などの外壁浄化をはじめ、トイレの清浄・抗菌化、汚染された大気の浄化、雨水を利用したビルの冷却など、人工的なエネルギーを 使わず、太陽光と雨水だけの自然の力で、長期間にわたり、快適性、環境浄化、節電などのすばらしい効果を上げています。世界中で年間1,500億円以上の 市場ができていると言われています。パリやローマ、ドバイなどの公共施設に幅広く導入されていて、各国を巡るたびに自分の仕事が「ここにもあった、あそこ にもあった」と出会う時が,とても嬉しいですね。成果が実験室から世界の街角へ出て、科学者だけでなく一般の人にも知ってもらい、喜んでもらえます。親戚や母親まで喜んでくれるのです。科学者冥利に尽きますね。
―小、中学生の皆さんも、社会に役立つものを発明、発見できるような夢のある科学者を目指して欲しいですね。ありがとうございました。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(完)

橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)
橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)

橋本和仁(はしもと かずひと) 氏のプロフィール
1955年、北海道・南幌町生まれ。函館ラサール高校卒。80年、東京大学大学院修士課程修了。分子科学研究所助手、東京大学講師、助教授を経て97年から東京大学大学院工学系研究科 教授。日本学術会議会員。JST戦略的創造研究推進事業「ERATO」(2007-12年度)と「さきがけ」の研究総括、「先端的低炭素化技術開発事業(ALCA)」の運営総括、「CREST」の副研究総括などを務めている。日本IBM科学賞、内閣総理大臣賞、恩賜発明賞、日本化学会賞などを受賞。

ページトップへ