インタビュー

第5回「医療のパラダイム変換を」(大島伸一 氏 / 国立長寿医療研究センター 理事長・総長)

2012.03.15

大島伸一 氏 / 国立長寿医療研究センター 理事長・総長

「健康長寿社会の構築目指し」

大島伸一 氏
大島伸一 氏

50年後に日本の人口は今より3割減り8,674万人になる、という推計を国立社会保障・人口問題研究所が公表した。世界に類をみない速さで進む高齢化とともに、全体の人口は減り続けるというどの国も未経験の時代に日本は突入している。医学部を持つ大学は全国に80あるが、需要が増え続ける老人医療の講座を持つのは22大学だけ。福祉・年金制度が破綻しないか、といった財政面での議論は盛んであるのに比べ、高齢者の急増に医療が全く対応していない現実に対する関心は驚くほど低い。地元自治体、企業、住民などと連携して新しい医療をつくる運動を進める大島伸一・国立長寿医療研究センター総長に、高齢社会におけるあるべき医療の姿を聞いた。

―では、どのような医療に変わるべきなのでしょうか。

若いころは、社会から求められる役割と個人で求めるものとが、一致している部分が多くあります。年をとればとるほど、社会的な使命だとか役割というのはだんだん軽くなってきます。自分の人生における個人としての価値のウエートが大きくなってきます。そうすると、人によって生き方が違いますから、価値観もものすごく多様化します。がんになれば、若いころは何としてでも治してほしいというのが当たり前でも、年をとってくると「がんになっても、つらい治療なら絶対嫌だ」、あるいは「手術は嫌だ」などいろいろな人が出てきます。

完全に治して、できるだけ早く社会に戻すという考え方だけではなくて、それぞれの個人的な価値観に応じた医療のあり方を選ぶ。毎日毎日の生活の質を落とさないことこそ大事、あるいは死が近づいてきたら、一日一分一秒長生きさせることより、できるだけ苦しまず、納得、満足できるような死に方をサポートするといった医療が、求められることも十分にあり得るのです。医療というのは、もともとその人の生活や人生を完遂させるためにサポートするためのものであったはずなのに、今は治すことが目的化してしまっています。治す医療を支えてきたのが、科学、技術ですが、科学的なアプローチの仕方や方法論では、病気を治すことだけを考えるときには有効ですが、人生、生活となると、ちょっと無理があります。

高齢者に対する新しい一つの評価方法がCGA(Comprehensive Geriatric Assessment)という総合的高齢者機能評価です。これは肉体の変化だけでなく、精神的な問題、生活レベルの問題を総合的にいろいろな尺度でもって見ていく手法で、その人にふさわしい医療のあり方を実践していく方法です。この方法で行ってゆくと、驚いたことに、疾患が何であれ、従来の診療方法でやるよりも予後がいいという成績が出ているのです。従来の臓器に焦点を当てて、ここがおかしいからこれを治せ、これを治せば体はよくなるはずだ…。こうした従来の考え方と相当に違うことが、高齢者医療では行われ始めているのです。

これだけ高齢者が増えてくれば、疾病構造も医療需要も大きく変わります。従って、高齢者にふさわしい医療をどう広めていくかは大きな課題です。ところが、日本は今まで専門医ばかりつくってきました。いまだに、老人医療の講座を持っている大学は医学部がある80大学のうち22しかありません。需要に対して供給をどう考えるか。ほかの分野では当たり前のことが、医療の世界では成立していないのです。全くと言っていいほど…。

―政策がなかなか需要に追いついていないということでしょうか。

政策的には、高齢者にふさわしい医療を提供できるような医者を育てなければいけないと、すでに答えが出ています。しかし、政策的にそれが展開できないのは、大学の自治、学問の自由のためです。そして文科省、厚労省の所管の違いによります。また、医療界もひとごとのようで、学生たちも職業選択の自由を持ち出して、反対の理由としています。

―今のお話で思い出しましたが、日本学術会議主催の「日本における老年学・老年医学推進のためのシンポジウムシンポジウム」でパネリストの方が、「大学の中でも一番、老年医学の重要性を理解しないのは外科の先生」と嘆いていましたね。

それは外科というのは白黒がはっきりしているからです。ちょっと極端な言い方をすれば、「おれが治した」と考える人が多いのです。まだ技術が十分に進歩していなかった時代には、自然治癒力といって、人には自然に治る力があって、それに医療が手伝って後押しをするという考え方が当たり前でしたが、技術の進歩によって、そのような考え方は消えてしまいました。

―医学界でも十分理解されないということですと、外から圧力を掛ける以外ありませんね。小児医療が軽視されているのは子どもに選挙権がないから、と小児科医の方に聞いたことがあります。高齢者は1票持っているのですから、要求を組織化できないものでしょうか。

その通りです。だから、時々「私もこのままいくと、老人一揆が起きるぞ」というような言い方をしているのです。高齢者の投票行動というのは最も確実で、一番多いのですから。ある社会状況に対して、高齢者を組織化するような動きがもし具体的に出てくれば、一つの大きな勢力になり得る可能性は十分にあると思います。75歳以上が3,000万人近くなったりすれば恐いですね。

―最後に、これから力を入れたいことを伺います。

これから求めるような高齢者医療を考えてゆくと、街づくり、地域づくりなしにはあり得ないことが分かります。これは新しい文化づくりでもあり、新しいパラダイムを構築する必要があります。“治すだけの医療”から“治し支える医療”へ、そして病院中心から地域全体で支えてゆくという医療の転換、パラダイム転換です。

病院では可能な限り入院日数を短くしてゆく方向に向かいますから、在宅医療が地域の核となり、これをカバーする体制づくりを目指さなければなりません。このような考えの下に、2009年4月、センターに「在宅医療支援病棟」をつくりました。家族や地域の開業医の方々が、24時間365日の体制を維持できるように「在宅医療支援病棟」でバックアップし、高齢者が安心して自宅で過ごせるよう支援するためです。この病棟を核として、ホームドクターや訪問看護師、デイケアなどと連携して地域医療の受け皿づくりを進めています。入院を望む方々がおられたら、理由が家族の問題などであっても地域の主治医が必要と判断すれば受け入れています。これは、まだ実験的な試みですが、それこそが、ナショナルセンターが病院を持つことの意味だと考えています。

私たちは、当センターの使命や役割を職員全員で話し合い、国民に分かりやすい言葉で伝えようと「私たちは高齢者の心と体の自立を促進し、健康長寿社会の構築に貢献します」という理念を決めました。「在宅医療支援病棟」も、大府市が進めている「五人組組織」も、まだ実験的な試みですが、長寿社会の医療や介護、福祉のモデルを地域で作り、全国に発信したいと考えています。

(完)

大島伸一 氏
(おおしま しんいち)
大島伸一 氏
(おおしま しんいち)

大島伸一(おおしま しんいち)氏のプロフィール
旧満州生まれ、愛知県立旭丘高校卒。1970年名古屋大学医学部卒、社会保険中京病院で腎移植を中心に泌尿器科医として臨床に従事し、1992年同病院副院長。97年名古屋大学医学部泌尿器科学講座教授、2002年名古屋大学医学部附属病院病院長、04年国立長寿医療センター総長。2010年4月から独立行政法人化に伴い現職。日本学術会議会員。科学技術振興機構社会技術研究開発センター・研究開発領域「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」領域アドバイザーも。

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