インタビュー

第4回「病院中心の医療の限界」(大島伸一 氏 / 国立長寿医療研究センター 理事長・総長)

2012.03.09

大島伸一 氏 / 国立長寿医療研究センター 理事長・総長

「健康長寿社会の構築目指し」

大島伸一 氏
大島伸一 氏

50年後に日本の人口は今より3割減り8,674万人になる、という推計を国立社会保障・人口問題研究所が公表した。世界に類をみない速さで進む高齢化とともに、全体の人口は減り続けるというどの国も未経験の時代に日本は突入している。医学部を持つ大学は全国に80あるが、需要が増え続ける老人医療の講座を持つのは22大学だけ。福祉・年金制度が破綻しないか、といった財政面での議論は盛んであるのに比べ、高齢者の急増に医療が全く対応していない現実に対する関心は驚くほど低い。地元自治体、企業、住民などと連携して新しい医療をつくる運動を進める大島伸一・国立長寿医療研究センター総長に、高齢社会におけるあるべき医療の姿を聞いた。

―中小企業の方が危機感を持って、とにかく何かしなくちゃいけないと真剣に考えているというのは、頼もしいと感じましたが。

そう思います。多分、大企業も永遠に拡大発展が続くなんて、だれも考えていません。しかし、企業が発展、拡大を目指すのは宿命のようなものです。拡大していく、進歩、拡張していくという成長曲線に乗っている時にはよかったでしょうけれども、今は日本だけ考えても人口は減っています。一体どういう企業戦略を考えていくのかという話になった時に、企業の前で「縮小」などいうことは言えません。禁句です。

しかし、需要の量と中身はどこにあるのかと考えれば、人口と人口構造を基準に考えるのが基本でしょう。これから日本の人口は8,000万人ぐらい、今の3分の2ぐらいにまで減ると予測されています。いずれ半分まで行くという予測もあります。しかもその時の人口構造がどうなるのか。多分最終的にはずんどう型になるのではないかと私は思っています。こうした日本という国の将来を考えたときに、企業の限りない成長、拡大というのは国内だけでは無理です。世界という単位で見れば市場は別で、外に出て行くという選択肢は当然かと思います。しかし、みんな外に出ていってしまうと日本はどうなるのか。そう質問すると「外へ出ていって外貨を稼げば日本は豊かになる」というはっきりした答えはなかなか返ってきません。下手をすれば、企業は大きくなっても、国内では失業者があふれ、特に働く場所のない高齢者であふれる。ということになりかねないのではと心配になります。

企業という立場で考えれば、自分たちが生き延びるのは当然ですが、一方で、国があっての企業ではないのかという理屈も、当然出てきます。素人なりに考えても、これは相当に難しいところに来ているのではないのか、という気がします。

―そのような話になると考え込むばかりですが、医療の在り方を変えるという先ほどのお話を再度、伺います。

今までの日本の医療の特徴の一つは病院中心の医療だったことです。極論すれば診療所と病院とがあって、そこで全て完結してしまう医療、つまり誕生から死まですべて診てしまう医療を展開してきたのです。日本だけではありません。世界中が20世紀にそういう医療を行ってきています。広辞苑を見ると「医療とは医術で病気を治す」としか書いていないのです。何も考えないと、ああ、そうかと思ってしまいますが、医術で病気を治すのが医療だとなると、じゃ、治らん病気は医療の対象ではないのかという素朴な疑問が出てきます。死ぬ時には医療は要らんのか、ということですが、そんなことはあるわけがないですね。現に緩和医療も終末期医療もあります。

もうちょっと深く考えると、本当に医術だけで病気は治るのか。医術がしっかりしていたら本当にそれだけで病気が治るのか、という疑問も出てきます。これらの疑問は極めてまっとうで、医者の一言や看護師の対応によっては、それが力強い支援になり、それによって症状が改善したといったことはいくらでもありますし、逆の場合もあります。本来の医療とは、技術だけでなく人間関係を含めた全体としての人間的な営みとしてあるはずなのが、20世紀は科学技術万能のような時代になってしまいました。病気の原因をつかまえて、それを取り除くことで病気は治るという仮説が、感染症の分野で実証されてから、科学によれば全て解決できるはずだという、いわゆる科学的な医療、医学モデルと言われるような医療のあり方を展開してきたわけです。

極論すれば、全てを数値に落とし込む、あるいは数値で判断する。客観性、論理性という考え方で、医療もみようとしてきたのです。

それは若い人の場合や、臓器に障害が急激に起きた場合には相当に有効です。しかし、高齢者の場合は、まず前提として老化があります。年をとると例外なしに虚弱化が進み、最後には死にます。これは遺伝的に組み込まれていることで、このような過程のなかに、主には生活習慣の蓄積の結果として生じた病気が入ってくるわけです。老化そのものは治しようがないし、いくら抵抗したって無理ですから、医術で病気を治すという概念ではとても当てはまりません。

病気では正常値がないと異常を見つけることができませんが、50を過ぎると少しずつ老化が進み始めますから、高齢者の正常値が何かは、実はまだよく分かっていないのです。少なくともこの点だけをみても、それまでの医療の考え方が、そのまま通用しないことが分かります。

(続く)

大島伸一 氏
(おおしま しんいち)
大島伸一 氏
(おおしま しんいち)

大島伸一(おおしま しんいち)氏のプロフィール
旧満州生まれ、愛知県立旭丘高校卒。1970年名古屋大学医学部卒、社会保険中京病院で腎移植を中心に泌尿器科医として臨床に従事し、1992年同病院副院長。97年名古屋大学医学部泌尿器科学講座教授、2002年名古屋大学医学部附属病院病院長、04年国立長寿医療センター総長。2010年4月から独立行政法人化に伴い現職。日本学術会議会員。科学技術振興機構社会技術研究開発センター・研究開発領域「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」領域アドバイザーも。

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