インタビュー

第1回「横のつながりで成果期待」(三谷昌平 氏 / 東京女子医科大学 統合医科学研究所長)

2011.09.07

三谷昌平 氏 / 東京女子医科大学 統合医科学研究所長

「統合医科学の定着目指し」

三谷 昌平 氏
三谷 昌平 氏

少子高齢化に伴い、健康法や医療に関心のある人が増えている。一方で、受け皿の医療の現場から聞こえてくるのは、恒常的な医師不足など医療従事者の疲弊や医療システム崩壊の懸念といった芳しくない声が多い。臨床医が日常の診療行為で手いっぱいという現実を裏付けるように、臨床医の研究論文数がめっきり減っている事実も指摘されている。外来、入院患者が多いことで知られる東京女子医科大学に昨年4月、基礎医学、臨床医学の統合により新しい予防、診断、治療法の開発を目標とする統合医科学研究所が開設された。同研究所が目指すものは何かを、三谷昌平所長に聞いた。

―統合医科学研究所と名付けられたのは、現在の医療が細分化されすぎて、理想からだいぶずれてしまったからか、という印象を持つ人も多いと思いますが。

東京女子医科大学は、文部科学省の戦略的研究拠点育成プログラムに採択され、2005年から昨年まで「国際統合医科学インスティテュート(IREIIMS)」事業を実施しました。その際、IREIIMSの特任教授をされていた松岡瑠美子先生 (現・若松河田クリニック院長)などが強調されていたのは、細分化された専門領域だけでやる医療ではなく、横の連携をもっとしっかりとる統合医療、統合医科学でなければならない、ということでした。新しい研究所はそれをさらに継続していかなければなりません。IREIIMSではいろいろなテーマを掲げ、相当大きな規模で計画が進められましたから、事業終了後、全てを大学が引き継ぐことはできません。昨年の秋に統合医科学研究所のシンポジウムで、IREIIMSから何をどうやって引き継いでいるかということを学内外の方にご紹介しました。その中でやはり研究の一番の目玉は、疾患の遺伝子解析というところになるのではないかと思います。

具体的なアプローチの一つは、次世代シーケンサーの導入です。シーケンサーというのは遺伝子の塩基配列を解読する装置ですが、この2、3年で、従来では難しいと考えられていた疾患の責任遺伝子を特定することを可能にする次世代シーケンサーが実用段階になってきました。

日本でも導入するところが少しずつ増えていますが、われわれの研究所では遺伝統計学の専門家も加えて、学内の検体をどんどん引き受けて次世代シーケンサーで解析する横のつながりができるような研究体制をつくっていくのを重要な目標にしています。なぜかと言いますと、女子医大は大学病院として非常に大きく、一つ一つの科を見ると、日本全国レベルで見てもある病気の患者数が日本一多い医局が幾つかあります。日常的にものすごくハイレベルな診療をやっており、患者さんもたくさん集まっています。多数の症例を学内のシステムの上にうまく乗せると、日常の診療が即研究や次世代の新しい医療を目指すことにつながる状態にあるのです。

学内の多くの医局の方々が出してくれる検体の遺伝子情報解析結果をお返しするということで、診療を主に行っている方々の研究との接点がどんどんでき、新たな研究が生まれることが期待できます。

実際、今だんだんその成果が見えてきています。次世代シーケンサーというかなり共有できる技術を通して、いろいろな臨床のエキスパートたちの横のつながりができ、いろいろな情報を共有できるようになっています。別の科の臨床成果を聞く機会が増えれば、視野が広がり、専門だけに偏ってそれ以外のことは知りませんよ、ということがなくなることが期待できます。

私立医科大学という環境の中では、医師は、研究予算が少額であったり、病院での診療業務がタイトであったりすることが多いのが現状です。各科で、研究志向が強い医師の数も限られていますので、大がかりなプロジェクトを構築するのは難しい場合がしばしばです。このような逆境をむしろ逆手にとり、研究所をコアとした支援体制をきちんと築くことによって横のつながりができる仕組みにする。IREIIMSが目指した診療を統合的に考える医学・医療の研究法というものを、新しい解析システムを導入し、サポート体制をしっかりすることによって発展させるのが、新しい研究所の使命の一つと考えています。

―IREIIMSの掲げた高い目標が、4年ちょっとの期間で果たして大学全体にうまく浸透したのでしょうか。一般的な状況として「昔は臨床の先生方も学会で発表することは日常茶飯事だったが、研究に割く時間がなくなり、論文数も減っている」という声も聞きますが。

臨床は日本中、医師不足で、東京女子医科大も例外ではありません。IREIIMSの中でやっていたことで学内に広がったものもありましたが、皆さん忙しいので広がらなかった部分もあると思います。診療ですごく時間が制約されている先生方の一番ハードルが高い所を大学全体としてサポートしたいというのが狙いです。学内のいろいろな方が兼任の所員として参加されており、それぞれ検体を持ち寄って解析し、ノウハウをシェアして自分のところにまた持ち帰って、それを診断や治療のために役立てる。そういう形にすることで、おのおのの分野の研究レベルの向上ができつつあります。

次世代シーケンサーは3月11日の東北地方太平洋沖地震とその後の節電で2台ともフル稼働とはいかないのですが、コンスタントに学内の検体を解析しています。そのデータをお返しして、その時点で期待される結果などを研究所の人間と各医局の検体を出された先生との間で議論し、それをまた情報解析の方に返すということをしています。情報解析そのものも実際の患者さんの検体をたくさん処理していますので、それによってさらに情報解析も最適化できるなど、好循環の状態になっています。

(続く)

三谷昌平 氏
(みたに しょうへい)
三谷昌平 氏
(みたに しょうへい)

三谷昌平(みたに しょうへい) 氏のプロフィール
鳥取県立鳥取西高校卒。1984年東京大学医学部卒、88年東京大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。東京大学医学部助手、日本学術振興会海外特別研究員、東京女子医科大学講師、同助教授などを経て、2007年東京女子医科大学第二生理学教室教授、10年から統合医科学研究所長兼任。専門は分子遺伝学、ゲノム機能学。特に線虫および哺乳類細胞を用いた多細胞生物の遺伝子機能解析で国内外に知られる。

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