インタビュー

第4回「安全の問題にはひるむことなく主張を」(阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長)

2011.07.19

阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長

「科学者よ、国家的な危機克服の牽引車たれ」

阿部博之 氏
阿部博之 氏

東日本大震災をきっかけに東京電力福島第一原子力発電所で甚大な爆発事故が起き、乳幼児を抱えた母親たちは放射性物質の拡散に不安な毎日を送っている。原発の安全神話を政府、電力会社と共につくり上げてきた多くの科学者・技術者たちは、事故が起きた途端に「想定外」との言い訳や沈黙を始めた。これでは科学技術に対する国民の信頼も揺らぎかねない。日本の科学技術政策の司令塔ともいわれる総合科学技術会議の筆頭議員でもあった元東北大学総長の阿部博之・科学技術振興機構顧問が、「事故は科学者・技術者の責任だ。もっと倫理観を持て」と喝を入れ、国民の信頼を取り戻すよう呼びかけている。

―福島原発の事故は、安全思想や安全設計とコストとの問題も絡んでいるようですね。原発だけでなく、一般企業でも安全に対するゆるみが起き始めているように思いますが。

日本でバブルが弾けた後の1990年代に入り、企業が売り上げや利益に非常に神経質になったころから、企業内で安全担当のエンジニアの位置づけが地盤沈下し、彼らの仕事が認められにくくなってきたような傾向があります。

福島原発の事故をみても分かるように、いったんこうした甚大事故が起きてしまうと、東京電力自身が莫大(ばくだい)な損害を被り、また住民や自治体への補償問題も抱え込んでしまうわけです。しかし事故やトラブルがなく順調に推移しているときには、安全担当者は何もしていないかのごとく見られてしまう、とても地味な存在です。

企業で安全設計や健全性評価を担当しているエンジニアをどう評価するか―という組織のシステム、あるいは人事面での重要な問題にメスを入れることも、今回の事故の大きな教訓として受け止めるべきです。

―阿部顧問は、2003年に打ち上げに失敗した国産大型ロケット「H2A」の事故原因解明でも、総合科学技術会議の議員として方向を示されました。

私は事故調査委員会のメンバーではありませんが、あの時はJAXA(宇宙航空研究開発機構)からたびたび説明を受ける立場にいました。よくよく事情を聞いてみると、地上での予備試験を削減していて、基本的なテストを十分に実施しきれていなかったことが分かったのです。費用削減の大きな流れの中で、「選択と集中」を安全面にまで及ぼしてしまった結果でありとても残念でした。さまざまな事情が絡んだのでしょうが、JAXAのエンジニアが予算折衝の関係者を十分に説得できていなかったし、その努力が足りなかったのではないでしょうか。

ロケットの製造には、自動車の約3倍にも上る30万点もの部品が使われます。すべての部品や要素が完璧に機能して初めて成功するという巨大システムになっています。小さな可能性を見逃したり気づかずにいたりするとしばしば大失敗につながってしまうものなのです。

「なんでこの予備試験を削ったのだ」と聞いてもエンジニアは答えられない状態でした。ですから私は、「地上実験でできることは可能な限りやってから、飛ばしてください」と厳しく頼み込んだのです。担当のエンジニアもその通りにやってくれたため感謝しています。その後は事故もなく順調に進んでいるようです。

安全に関して科学者やエンジニアは、企業だろうと役所だろうとおじけることなく、専門家としての信念と責任できちんとした説明や主張をしなければいけません。うるさいやつだと組織内で嫌われることを恐れ、妥協してしまうこともあったのではないでしょうか。科学者、技術者の甘さやスキはそこにあるようです。そうした努力を怠るとまたぞろ事故が起きてしまいます。

つまり会社などの組織は、安全にかかわる科学者や技術者をブレルことなく評価する仕組みをつくるとともに、科学者、技術者も安全上の大事な問題にはひるむことなく主張し説得し続ける信念を持たないと、無作為責任が生じるということを肝に銘ずるべきです。

最近は「失敗学」などの学問も生まれました。人間は忘れやすい生き物ですので、どうしたら日々の仕事の中に、過去の手痛い経験を忘れずに活かし続けられるかが鍵となるのではないでしょうか。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)
阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)

阿部博之(あべ ひろゆき) 氏のプロフィール
1936年生まれ。宮城県仙台第二高校、59年東北大学工学部卒業。日本電気株式会社入社(62年まで)、67年東北大学大学院機械工学専攻博士課程修了、工学博士。77年東北大学教授、93年東北大学工学部長・工学研究科長。96年東北大学総長、2002年東北大学名誉教授。03年1月-07年1月、総合科学技術会議議員。02年には知的財産戦略会議の座長を務め、「知的財産戦略大綱」をまとめる。現在、科学技術振興機構顧問。専門は機械工学、材料力学、固体力学。

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