インタビュー

第2回「自然食品は安心という神話」(唐木英明 氏 / 日本学術会議 副会長、東京大学 名誉教授)

2011.01.05

唐木英明 氏 / 日本学術会議 副会長、東京大学 名誉教授

「誤解の恐ろしさ - 安全な食品とは」

唐木英明 氏
唐木英明 氏

安全に対する国民の関心は高い。食品の安全性から医療、交通機関、原子力施設などいったんミスが起きると、容赦ない社会的糾弾にさらされる時代といえそうだ。一方、効果が厳密に検証されていない健康食品を多くの人たちが信じるような現実もある。こうした安全に対する国民の対応の危うさに不安を感じる人々も多い。おとぎ話と科学の違いを明確に知ることの重要性について積極的に発言し、社会にはびこる誤解を是正する行動に力を入れている唐木英明・日本学術会議副会長に食品の安全性を中心に正しいリスクコミュニケーションのあり方について聞いた。

―自然の食品なら安心という神話を否定するのは、相当に厄介な作業になりそうですが。

黒木登志夫さんが出された有名なグラフがあります。がんの原因は何だと思いますか、と主婦に聞くと、食品添加物、農薬を挙げる人が圧倒的に多いのです。一方、がんの専門家に聞くと、たばこと普通の食品を挙げる人が多数となります。たばこが発がん性物質を含むことは最近、多くの人たちに知られています。世界保健機関(WHO)が、たばこの主流煙よりも副流煙の方が発がん物質が何倍も多いから、喫煙者は周りの人に煙を吸わせてはいけないという受動喫煙の危険を示すデータも公表しました。ですから、たばこの害は皆さんよく理解するようになりました。問題は、普通の食事ががんの最大の原因であるということはほとんどの人が知らないということです。

なぜ危険かというと、原因は活性酸素なのです。体内につくられた活性酸素がDNAやタンパク質、脂肪を酸化して傷つけるのです。この活性酸素をつくる最大の原因は食事です。食事をすると栄養素がミトコンドリアで代謝され、酸素を使ってATP(アデノシン三リン酸)をつくるのですが、この時に必ず活性酸素が出ます。だから食事をすると必ず活性酸素ができてしまうのです。食事をやめたり、酸素を吸わないわけにはいきません。じゃあ、どうしたらいいのか。食べ過ぎはいけない、ということになるわけです。がん以外に老化も成人病も、活性酸素が遺伝子を傷つけるからという説が有力です。

―食べすぎが悪いというのはよく聞きますが、それは内臓に負担がかかるといった理由と思っていましたが。

それも事実ですが、内臓になぜ負担が大きくなるかといえば、それもやはり活性酸素ができてしまうからです。活性酸素は体を動かせば動かすほどできます。では、動かなきゃいいかということになりますが、動かないとかえって悪いのです。ホルミーシス効果というのがあって、身体に多少のストレスをかけると、それに対する抵抗性ができます。この場合は活性酸素を消す酵素が活性化されるわけです。ですから動きすぎるとよくないけれど、少しやるのはいい。軽い運動そして、食べ過ぎとたばこをやめる。これが長生きのコツということになるわけです。

活性酸素をつくる体の臓器で男女差が一番あるのは骨格筋です。男の方が女に比べ平均して1.5倍筋肉が多いから、骨格筋がつくる活性酸素も男の方が1.5倍多いのです。男と女、どちらが早く死にますか? 男より女の方が平均寿命が長いですね。この差は絶対にひっくり返せないということです。

―なるほど。これは分かりやすいですね。

食事が悪いということを皆さん認識していないから、バランスがいい食事をとる、あるいは食べ過ぎないということにあまり注意を払わないのです。「野菜や果物の中には化学物質がいっぱい入っている。そのうちの半分は発がん性がある」といった話をすると、「じゃあ、野菜は食べない方がいいんですか」と問い返されます。これについては厚労省がちゃんと答を出しています。野菜を非常にたくさん食べる人から、ほとんど全く食べない人まで比べてみると、がんの程度は全く変わらないのです。胃がんと食道がんだけをとると果物を食べる人は、がんにかかる率が少し減っているというくらいの違いだけなのです。

これはなぜかというと、やはり野菜に含まれる化学物質にいろいろなものがあるからなのです。発がん性のものもある一方、活性酸素を消去するようなものも入っている。結局、食べないより食べた方がいいのではないか、というのが厚労省の見解です。

―野菜・果物によるがん予防効果はものすごく強調されていますね。

そうですね。イヌイットなどはアザラシの肉とクジラの肉しか食べていません。内臓からビタミンとかミネラルを摂っていますけれど。

じゃあ同じカロリーの肉だけ食べたときと野菜だけ食べた時、尿をとって遺伝子の壊れ方の違いを調べたらどうか。これは明らかに違います。野菜は、抗酸化作用があるのだということがデータから分かります。だから、肉だけ食べずに野菜も一緒に食べなさいというのは、全く理屈がないわけではありません。ただ、野菜食べないで肉ばかり食べているから、すぐがんが増えるかというと、それほど単純じゃないということだと思います。

4番目の誤解は何かといえば、化学物質は毎日、毎日食べているから、だんだん体に蓄積して最後はひどいことになる、と思っている人がたくさんいるということです。ある講演会の後、若い奥さんが私のところへ来て「丈夫な子供を産むために薬は一切飲んでいません」というのです。「薬って蓄積するんでしょう」というわけです。

―サリドマイドの印象が強いためでしょうか。

サリドマイドも蓄積ではないのです。あれは胎児のある時期だけサリドマイドが作用するのです。腕を作る遺伝子が働くときだけで、そのほかの時期は一切関係なかったわけです。それを薬が蓄積したためと思っている人が結構います。

薬を1日何回飲むでしょうか。大体の薬は1日3回飲みますが、なぜ3回飲まないといけないのでしょう。飲んだ薬は、あっという間に代謝されて減っちゃうわけです。だから、8時間ごとに供給してやらないと、血中濃度が下がってしまい、薬が切れるからです。薬を1日飲まなければ、ほとんど8時間で大体2分の1に、もう8時間で4分の1、24時間後には8分の1になってしまいます。2日飲まなければ、ほとんどゼロになります。そのくらい代謝が早いのです。

これは、われわれの代謝酵素が薬を代謝するためにあるからではありません。人間がこの世に出てきてから、ズーッと野菜を食べ、果物を食べ、それらに含まれている化学物質を食べています。その毒性でやられていたはずなのを生き延びるために、代謝酵素がどんどんと活性化してきたのです。そのおかげで薬を飲んでも、あっという間に代謝するくらい強力な酵素を持っているのです。だから化学物質が体に蓄積して毒性を及ぼすことは、ほとんどありません。しかも添加物や農薬で蓄積性のものだったら、一切禁止になっています。誤解の4番目というのは、そういうことです。

(続く)

唐木英明 氏
(からき ひであき)
唐木英明 氏
(からき ひであき)

唐木英明(からき ひであき) 氏のプロフィール
東京都立日比谷高校卒。1964年東京大学農学部獣医学科卒、東京大学農学部助手、同助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員、東京大学農学部教授、東京大学アイソトープ総合センターセンター長などを経て2003年東京大学名誉教授。08年から日本学術会議副会長。食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会の専門委員、世界健康リスクマネージメントセンター国際顧問を務めるとともに、任意団体「食品安全情報ネットワーク」代表としても、食と安全に関する誤解の是正と正しいリスクコミュニケーションの普及に力を入れている。著書に「牛肉安全宣言――BSE問題は終わった」(PHP研究所)など。農学博士。

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