インタビュー

第3回「毒物研究がスタート」(村田道雄 氏 / 大阪大学大学院 理学研究科 教授、ERATO「脂質活性構造」研究総括)

2010.12.01

村田道雄 氏 / 大阪大学大学院 理学研究科 教授、ERATO「脂質活性構造」研究総括

「人がやらないことをやる」

村田道雄 氏
村田道雄 氏

前身である「創造科学技術推進制度」から数えると30年の歴史を持つ代表的な競争的研究資金制度「ERATO」(科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「ERATO型研究」)の新規研究領域に「脂質活性構造」(研究総括:村田道雄・大阪大学大学院理学研究科教授)が選ばれた。脂質という名からも想像できるようグニャグニャした生体物質の立体構造を解き明かすのは至難の業とされている。研究者たちにあきらめに近い気持ちを抱かせていた脂質の構造を突き止めようという研究に挑む村田道雄・研究総括に、このプロジェクトの意義や研究に取り組む姿勢などを聞いた。

―東北大学を出られた後、サントリー生物有機化学研究所を経て、東北大学農学部の助手になられました。そこでどういう研究をされたのでしょう。

ミリグラムでネズミが百万匹殺せるという強烈な毒物です。プランクトンを食べている魚の胃の中にこの種の毒があると、魚を食べた人が食中毒を起こし、年間6万人ぐらい世界で発病していると言われています。食中毒の原因としては世界最大の自然毒です。

この近縁のプランクトンがつくるアンフィジノールという化合物が、われわれの研究のターニングポイントとなりました。これが脂質膜に取り付いて穴を開けてしまいます。穴が開くとその細胞というのは死んでしまいますので、いろいろな毒性を示します。カビに対しても強い毒性があるのですが、薬には向きません。しかし、薬の作用を研究する分子としては非常に面白いのです。われわれは構造決定の人間なので、いろいろなところでどんな形をしているかを決めてやろうというのが一貫した研究姿勢です。膜に結合したときの分子の形を決めてやれば、この分子が膜に穴をあける仕組みが分かるはず。こういう研究をずっと続けていましたが、大阪大学に11年前に移り、新しいテーマを新しい研究室でやろうと、若い先生方と相談しました。

昔からやっている分子は、研究を効率的に行なうために必要な量を入手することはできません。せいぜい頑張っても1年に10ミリグラムぐらいしか手に入りませんから、もうちょっと集めやすいものをやろうということで、代表的な抗カビ剤であるアンホテリシンBを研究対象としました。何百億円という売り上げがある抗生物質として製薬会社が微生物からつくっていますから、買えばいいわけです。

10年ぐらい前からこの薬の構造を調べています。この薬は、ドーナツ型をした6-8個の分子からなりますが、円筒型に集合した分子がカビの細胞膜だけに穴を開けるのです。カビの細胞膜にはエルゴステロールという脂質が入っています。抗生物質がカビ細胞膜の中に進入して、このエルゴステロールと一緒になって穴を開けるのです。エルゴステロールがない人の細胞には穴はできないということです。

脂質と抗生物質が複合化して膜の中で初めてできる会合体の構造の研究をずっとやってきて、こういうことができる、こういうことはできないということが分かってきました。それが今回のERATOの研究領域の提案につながったということです。

―研究室のホームページに「人がやらないことをこの研究室はやる」と書いてありますね。脂質の研究も含めて、これまでやられた研究内容についてもう少し詳しく聞かせてください。

アンホテリシンBというのは大変、有名な抗生物質で皆やりたがっているのですが、本気でやっているところはないのではないでしょうか。ちょっとやってみて、難しそうだからもういいや、という例はたくさんあるでしょうが、膜の中での構造をわれわれのように長い間コツコツと続けているところは多分ないと思います。

東北大学の安元健研究室でやっていたことも、毒をつくっている生物を海に行ってとってくるのですが、その中の毒を取り出して構造を調べるという、すごく分かりやすい研究でした。しかし、分かりやすいと言っても、実際には難しいわけです。

研究対象にしていたのはシガテラという食中毒を起こすシガトキシンという毒で、渦鞭毛藻(うずべんもうそう)というプランクトンが産生します。この小さい海藻にくっついて、それを魚が食べるという食物連鎖で濃縮します。毒ウツボの内臓から毒を抽出していたのですが、1メートル、2メートルもあるウツボですからダイバーが3人がかりで1日かけても1匹か2匹しか捕れません。何十キロもの生物の中から採れる毒は何マイクログラムしかありませんから、大きなウツボが何百匹というとんでもない量が必要になるのです。フランス領ポリネシアのタヒチ近くにある研究所と国際共同研究をしていました。

一方でプランクトンを実験室で培養することもやり、結果的に毒はこちらの方法でもとれたのですけれども、その培養自体が難しいのです。何とか培養方法を決めて、年間何トンというものすごい量の培養を行いました。培養は2リットルのフラスコでやるのですが、毎週40-50本のフラスコ、年間2、000本ものフラスコを使って培養するわけです。うまくいったり、うまくいかずにほとんど絶滅しかけたりなどを10年以上繰り返しました。論文もずっと出せません。しかし、安元研究室は10年かかっても15年かかってもよい、という考え方でした。安元先生が有名だったということもあり、ずっと続けられたということです。当時としては、研究費もかなり潤沢に確保されていました。今の研究室ではとてもできないです。

―タヒチの近くの研究所で共同研究をしていたということですが、当然、その人たちが関心を持つような理由はあったわけですね。

魚が毒化するかどうかの予想が不可能で、100匹に1匹ぐらいの魚しか中毒を起こさないのです。同じところで捕れた魚を食べていても、年に1回くらいしか中毒を起こさないのです。しかし死には至らないものの中毒の症状は重篤で、治るのに何カ月もかかります。結局、サンゴ礁に魚がいっぱいいるにもかかわらず食べられなくなってしまうのです。肉やマグロをいくらでも輸入できるところではないので、地元の魚が食べられないというのは大変大きな問題です。

毒のある魚とそうでない魚を簡単に見分けられる検査方法をつくらなければならない、とフランス政府が研究を始めたわけです。タヒチの近くの研究所がダイバーを雇ってウツボを捕るという大きなプロジェクトでした。毒の構造を解明できればもちろん研究に大いに役立つので、毒を少し借りて一緒に進めようとなったわけです。ものすごく貴重な試料ですが、それを2年くらい貸してくれました。

―それで研究は結実したんですか。

今、結実しつつあります。東北大学の平間正博先生が科学技術振興機構の戦略的創造科学推進事業CRESTで、天然物に代わる合成毒素をつくって研究を進めています。

(続く)

村田道雄 氏
(むらた みちお)
村田道雄 氏
(むらた みちお)

村田道雄(むらた みちお) 氏のプロフィール
大阪府立豊中高校卒。1981年東北大学農学部卒、83年東北大学大学院農学研究科修士課程修了、財団法人サントリー生物有機化学研究所研究員、85-93年東北大学農学部食糧化学科助手、86年東北大学農学博士学位取得、89-91年米国立衛生研究所(NIH)博士客員研究員、93年東京大学理学部化学科助教授、99年大阪大学大学院理学研究科化学専攻教授。2010年10月科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業ERATO新規研究領域「脂質活性構造」研究総括に。専門分野は生物有機化学、天然物有機化学、NMR分光学。

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