インタビュー

第4回「流通も生産工程も方程式同じ」(西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長)

2010.10.27

西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長

「無駄をそぐ-サービス業のイノべーションとは」

西成活裕 氏
西成活裕 氏

日本の雇用の7割を占めるのに、生産性は製造業などに比べると低い。そんなサービス業にサイエンスの知恵を導入することにより生産性を向上(イノベーションを創出)させ、経済を活性化させることを狙った「サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究」に内閣府経済社会総合研究所が取り組んでいる。「流通と理学」「製造業」「俯瞰(ふかん)工学」という昨年度から始まった3つの研究会に加え、今年度から医療・介護を対象とする「公的サービス」研究会が発足した。「流通と理学」研究会の座長を務め、「渋滞」や「無駄」の解消という大方の理学者なら尻込みするような社会的課題に数学を武器に挑んできた西成活裕・東京大学先端科学研究センター教授にこれまでの研究の成果と見通しについて聞いた。

―内閣府経済社会総合研究所が進める「サービス・イノベーションに関する国際共同研究」について伺います。この中の「流通と理学」研究会で座長を務めておられますが、ここで実現しようとされていることはどういうことでしょう。

この研究会は昨年から始まりまして、今年で2年目です。流通現場のトップたちと話をしていると、出てくる課題はとても興味深く、ものすごく重要であることがよく分かりました。そういった課題の抽出を1年間ずっとやりました。中でも原料の段階から製品やサービスが消費者の手に届くまでのサプライチェーンの中で情報をいかにうまくお互いに伝えていくか、が大きな問題になっています。もう一つは、遠くに運ぶときに、何カ所か途中に倉庫を造る必要がありますが、じゃあどこに幾つ造ったらいいのかという配置やネットワークの問題もあります。もちろんこれだけではなく、いろいろな課題抽出ができました。3月にやったシンポジウムでは、その場で企業の方から実際に困っている課題を出してもらい、われわれ研究者が即興で答えるという試みをやったのです。

―人気テレビ番組「笑点」の大喜利みたいですね(笑い)。

ええ、その時はもう必死でした。私をはじめ回答する側は皆初めての経験だったので、終わった後は、全員、興奮がなかなか収まりませんでした。企業の人たちも彼らの困っている課題に関する資料を、守秘義務の範囲内でギリギリ出してくれました。そこにはいろいろなノウハウがいっぱい詰まっていて、それだけでも貴重な資料です。これが実現できたのも、各企業の物流部門担当の方とそれまでずっと議論を重ね、お互いの信頼関係が築けたからだと思っています。

その課題は、物流ネットワークの構築の仕方だとか、数学が使えそうなところを彼らも分かっていて、そうしたものを中心に出してくれるのです。そういう問い対して、ではわれわれがどう答えるか、をこのシンポジウムでは即興でやったのです。

そこで答えた中に、私が中国に行った時にひらめいたアイディアを基にしたものがあります。ある山に登るとき2種類のロープウエーがありました。「先生どちらにしますか」と言われたのです。一つは100人乗りで、もう一つは6人乗りです。その時「これは流通と理学の問題だ。まさに企業が言っていたのと同じ」と思ったわけです。要するに、6人乗りのような細かいロットで頻繁に物を運んでいくのが早いか、一度に100人を運べるような大きなロットでドーンと運ぶのが早いのかという問題です。山を登りながらすぐに計算を始めました。

全部でN個あるものを小さく分けると速さは速くなるが、その代わり回数が頻繁になる。大きく分けると今度は速さが遅くなるが、1回で済むかもしれない。これは絶対どこかに落としどころがあると思ったわけです。運ばせ方の違いで実は最適ロットが決まるということを見いだし、数学の理論で厳密に証明したわけです。

数学で導いた解ですから、ここから先はもうその現場に合わせて性能向上を図るのは簡単です。「後は使いたい人は使って」ということです。資料さえあれば、企業の事情に合わせて最適ロットを計算することもできるでしょう。

今年やろうと思っているのは、数学者を現場に連れて行くプロジェクトです。現場を見せて「さあ考えよう」という試みです。現場に行くと、においがありますね。音も聞こえます。いろいろな刺激があるのです。第六感じゃないけど、そこに行くと初めてひらめくことってあるのです。例えばある生産工程から向こうの生産ラインが見えない、という現場があります。しかし、間に積んである物をちょっと低くするだけで見えるようになったりするわけです。別の工程が眺められるようになると、今その工程で必要以上に作り過ぎているといったことも分かります。こうしたことは工場の平面図を見ただけでは分かりません。

―今のお話は、一つの生産現場においてお互いが分かることが非常に重要だということですね。

その通りです。これは理論づけできるのですが、工程って大体ばらばらにつくっていると途中の在庫が増える傾向があるのです。一番いいのは、全体が同じペースで生産することです。こちらが足りなくなったら、あちらがその分を補って作るというような同期生産をすることで、途中のダブりがなくなるのです。

まずいのは、自分の工程を一生懸命やろうとして工程間のスピードがずれてくることです。どこかが遅れてきたら、むしろ自分のところも作らない方がいいのです。そういうことが、プロは見通せるのですね。だから、よく私、「周辺視野」という言葉で呼んでいますけど、これに対し自分のところだけ見ているのは「中心視野」です。他の工程が見えている周辺視野を持つのが本当の職人で、達人ほど周辺視野が発達しているのです。

こういうことは、全く教科書には書いてありません。「きびきびした動作で無駄を取り、生産性を上げればいい」とコンサルタントはよく言います。でもそれだけでは駄目です。

―渋滞学に続いて先生が関心を持たれた無駄学の領域ですね。

今言ったようなことは、経営工学の本にも論文にも普通は書いてありませんし、現場に何度も足を運んでいない人は、頭で分かっていても体では分かっていないのでは、と思います。でも、やはり無駄取りは現場が第一だと思います。現場にしかないノウハウを一流のコンサルタントはたくさん体に覚えこませています。私はこれまで運よくそういうものを現場でたくさん教わっているので、いざとなったらコンサルタントでも食べていける自信が最近は出てきました。

そうしたことをまとめたのが「無駄学」(新潮選書)という本です。実はこれコンサルタントの山田日登志さん(PEC産業教育センター 所長)という方と一緒にやった成果の一部でした。最初の原稿の時点でPEC産業教育センターに見せたところ、赤字がたくさん入り、いくつか内容を削ってあります。「この部分は貴重なノウハウだから、まだ出さないで」と言われまして(笑い)。

そしてその後も日進月歩で研究が進んでいます。本に書いていないものの一つに、障害物をわざわざつくって流れをよくするということがあります。無駄取りではボトルネック工程っていうのがあるのです。ボトルネック工程というのは、造るのが遅い工程です。例えば塗装や乾燥という工程がそうです。塗ったら10分間乾かさないといけないといった工程があるとやっぱり渋滞します。

そこで私の理論に基づき、ボトルネックの前にまたボトルネックをわざとつくれば、流れがよくなる、というのがありまして、実際にやってみたら、うまくいきました。工場の生産ラインでも人の流れでも、方程式にしたら実はほとんど同じなのです。

あるメーカーの製品を中国の倉庫にいったん置いてからヨーロッパに輸出するとか、そうしたサプライチェーンの中の情報伝達と生産速度をどのように調整していくかといったことと、高速道路での車の自然渋滞モデルも、実は数学の方程式にしたら全く同じです。

(続く)

西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)
西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)

西成活裕(にしなり かつひろ) 氏のプロフィール
茨城県立土浦第一高校卒。1990年東京大学工学部航空学科卒、95年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。97年山形大学工学部機械システム工学科助教授。龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授などを経て、2005年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。09年から東京大学先端科学技術研究センター教授。同年NPO法人日本国際ムダどり学会会長に。専門分野は理論物理学、渋滞学、無駄学。著書に「シゴトの渋滞、解消します! 結果がついてくる絶対法則」(朝日新聞出版)、「無駄学」(新潮社)、「車の渋滞、アリの行列」(技術評論社)、「渋滞学」(新潮社)など。歌手として小椋佳が作詩作曲したシングルCD「ムダとりの歌」も出している。

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