インタビュー

第1回「数学を知らない技術者」(西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長)

2010.10.06

西成活裕 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、NPO法人日本国際ムダどり学会 会長

「無駄をそぐ-サービス業のイノべーションとは」

西成活裕 氏
西成活裕 氏

日本の雇用の7割を占めるのに、生産性は製造業などに比べると低い。そんなサービス業にサイエンスの知恵を導入することにより生産性を向上(イノベーションを創出)させ、経済を活性化させることを狙った「サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究」に内閣府経済社会総合研究所が取り組んでいる。「流通と理学」「製造業」「俯瞰(ふかん)工学」という昨年度から始まった3つの研究会に加え、今年度から医療・介護を対象とする「公的サービス」研究会が発足した。「流通と理学」研究会の座長を務め、「渋滞」や「無駄」の解消という大方の理学者なら尻込みするような社会的課題に数学を武器に挑んできた西成活裕・東京大学先端科学研究センター教授にこれまでの研究の成果と見通しについて聞いた。

―本題のサービス・イノベーションについて伺う前に、渋滞学や無駄学といった分析や実験がしにくいと思われるテーマに関心を持つようになられたきっかけ、経緯をお聞かせ願います。理学者の多くは宇宙の始まりとか、物質の極限といったテーマに代表される基礎研究を選ぶ誘惑に駆られるのでは、と想像しますが。

なるほど。元々私の専門は、数理物理学という分野です。数学と物理学の中間みたいな結構細かいことをやっていました。ただ、数学のいいところは、細かいけれど普遍的というか、要するに抽象化がすごく進んでいるところです。その抽象化の度合いがものすごく高くなると、細かいけれど全体が見える、全部説明できてしまう。そういうところがあるのです。物理学者が好きな統一理論が、全然違った重力や電磁力を一つの法則だけで説明してしまうことを目指すようにです。私の場合、個別性と普遍性というものが、頭の中で微妙にバランスしているところがあるように思えます。

当初、私がやっていたことは、例えば空気や水の流れといった非常に特殊な問題です。しかし、それを一歩引いて数学だけで見ると、その式は別に水じゃなくてもよいのです。車でもある程度成り立つわけです。一般論を個別の問題に落とすのは解釈だけの問題で、それを車だと思うか、空気だと思うかというだけの違いになるのです。解いた結果というのは全部に共通なものもあります。

個別の解が社会の大きな問題に当てはまった時の快感のようなものを15年ぐらい前からちょこちょこと感じるようになりました。数学者の集まりの中で、最新の数学の微分方程式を解いたといった発表がよくあります。そうした時に「この解は、プラズマ加熱に使える」などと、皆が思いもかけなかったような応用の可能性を指摘したりしていたわけです。

―そういうことを考える人はいなかった、ということですね。

ええ。純粋、抽象的で終わっていたのを、具体的なところまで持ってくるといろいろな応用があるじゃないか、と結構ポンポンポンと提案していました。そのうちそちらの方が面白くなってしまい、他の人の解いた結果を借用して、「今あなたが解いたのは、実は機械の振動制御に使えます」といった論文を書いたり、研究発表をし始めました。

―実際に論文にもされたのですね。

そういうのはたくさんありますね。例えばここにあるプリンターは、私が開発を手伝いました。数学を使って。この機械は静かなのが特徴です。プリンターは大体、印刷するときの音がうるさかったですよね。音の原因を調べると印刷する部分が重いから、それが揺れてガシャガシャ音をたてるのです。重いのはそこにインクが乗っているからで、だったらインクタンクは動かない所に置いといて、そこからチューブでインクを供給すれば軽くなるじゃないか。と、ここまでは企業も実際にやってみたのです。

すると今度はチューブが一緒になって揺れるわけです。チューブが揺れる結果、インクの噴射が安定しません。困って私のところに来たので、どのようにチューブを取りつけたら揺れ方が少なくなるか数学で解きました。企業で実験してみたら、本当にうまくいき、一気に商品化ということになったのです。

例えばこうした問題を解くのにも30ぐらいの因子があるわけです。しかし、30個の組み合わせを実際に一つ一つ試すなんてコスト的にできません。方程式を解くのはコストかかりませんから、ワーッとやって、「結局、効くのはこの部分」と解いてしまったわけです。

どこから聞きつけたのか、企業の方がこうした問題を次々に持って来てくれるようになりました。それらを数学で解くということをたくさんやるうちに、それが結構快感になり「アッ、これって新しいコンサルタントじゃないか」みたいな感じになりました。

―30の因子のマトリックスの組み合わせを一々、試してみるより、方程式で解いてしまう方が研究者らしく、格好いいようにも見えます。企業の技術者側には、そんな楽な方法で問題が解決するはずない、といった思いがひょっとしてあるのでしょうか。

そうですね。やはり地道に実験してやるのが普通でしょうね。多分、今の技術者の多くに数学のスキルが欠けているのです。もうちょっと新しい数学を知っていたら解ける問題がたくさんあるはずですが、日々の研究開発に追われて、最新の数学を勉強する時間がないのではないでしょうか。

ですから、ものづくりの現場は「やって駄目だったらこうやってみろ」みたいな根性物語になってしまっています(笑)。だから、その辺は役割分担でしょうね。最新の論文を企業の研究者が読むのは大変なので、それは大学の人間がやればよい。他方、大学の人間は現場を知りません。武器は持っているけれど、戦う相手を知らないわけです。こうした大学と企業の結びつきが今ほとんどありませんから。私の場合は幸い周りに数学者も多いですし、理論物理学者もたくさんいます。自然にそういう機会が私の周囲に出来上がっているということは言えます。

―要するに人づき合いというようなことにも行き着くのでしょうか。

もちろんそれもあると思います。後は私、面白いと思うものはどんどん考えてしまうタイプで、そうすると相手も話していて楽しいと思うのでしょうね。「解いてやるからお金くれ」などというタイプでもないので、企業も普通出せないようなデータを出してくれるのです。それを見て「じゃあこうしたらいいんじゃない」とアドバイスしたり、また、私、現場が大好きなので、その企業から相談受けたら必ず1回は「じゃあ、ちょっとお宅の工場見せてください」と言って現場に行きます。紙で説明されただけでは分からないですから、その雰囲気が。そういうことを繰り返して10年ぐらいになりますか。今でも同じようにしていますけど。

(続く)

西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)
西成活裕 氏
(にしなり かつひろ)

西成活裕(にしなり かつひろ) 氏のプロフィール
茨城県立土浦第一高校卒。1990年東京大学工学部航空学科卒、95年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。97年山形大学工学部機械システム工学科助教授。龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授などを経て、2005年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。09年から東京大学先端科学技術研究センター教授。同年NPO法人日本国際ムダどり学会会長に。専門分野は理論物理学、渋滞学、無駄学。著書に「シゴトの渋滞、解消します! 結果がついてくる絶対法則」(朝日新聞出版)、「無駄学」(新潮社)、「車の渋滞、アリの行列」(技術評論社)、「渋滞学」(新潮社)など。歌手として小椋佳が作詩作曲したシングルCD「ムダとりの歌」も出している。

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