インタビュー

第4回「新しい価値の提供こそ」(夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授)

2010.09.29

夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授

「脱ガラパゴス化への道」

夏野 剛 氏
夏野 剛 氏

このまま思い切った手を打たないとリストラする原資すらなくなる―。IT(情報技術)社会のけん引役となるべき電機メーカー、通信、コンテンツ業界に対し、NPO法人ブロードバンド・アソシエーションの研究会が厳しい注文「超ガラパゴス研究会 通信業界への提言」 を突きつけた。「ものづくり国」という日本の基本戦略にも転換を迫るなど、根底にある危機意識は大きい。提言をまとめた「IT国際競争力研究会」(超ガラパゴス研究会)の委員長で、携帯電話サービス「iモード」の産みの親としても知られる夏野 剛・慶應義塾大学 特別招聘教授にIT業界の現状と進むべき道を聞いた。

旧来の理学部、工学部あたりの教育を受けた人たちは、まず何が必要とされているのかから考えて必要な技術を探す、ということが苦手ということはありませんか。

私は教育の問題だとは思いません。恐らく自分が慣れたやり方がやりやすいからそうしているのです。厳しい言い方をすれば、楽をしているだけだと思うのです。新しいことを次々やる方というのは年をとろうが、何学部出身だろうが、新しいことを一生懸命やるわけです。

ただし、これは大変なことです。常に新しいことをやり続けるのは。しかし、その努力を放棄すると、新しいものはつくり出せません。ただ、新しいものをつくり出せないと社会的意義がない、などと言っているわけではないのです。新しいものをつくることで勝負する企業の経営から身を引いて、例えば金融機関の経営とかをやればいいじゃないですか、ということなのです。

メーカーというのは物をつくっているメーカー、特に「B to C」(企業から個人消費者への販売)ビジネスにおいては、いかに新しい価値を提供していくかというのが企業の生命線なのです。ですから新しいことを考えることが好きな方が力を発揮するのがよいのです。そういうことはどうも苦手で、自分はどちらかというと地道に技術を突き詰めたいという方は研究所に行けばいいわけです。向き不向きがありますから、たまたまその会社に入って偉くなってしまったから、ここにいるということではなく、一度、適材適所に戻さないと駄目です。社内で適材適所ができなければ外から採ってくればいいじゃないですか。それができていないことが、今の大きな問題です。

もったいないと思うのです。かなりいいポテンシャルもたくさんあります。海外に進出できるチャンスは山ほどあるのに、例えば外に出ていこうという企業の社長が英語ができなかったらどうしようもないではありませんか。そういう方が居座っていることが問題なのです。海外進出ということを口にした瞬間に、外国人も積極的に登用するのは当たり前です。

日本には多数の幸福を追求するという伝統があるので、なかなか変われないという面があるのではないでしょうか。

多数派の幸せなど考えていないですよ。だって、一部のマネジメント(経営陣)のためにその企業の将来を売っていることになります。将来、会社がなくなってしまう恐れがあるのに、今いる経営幹部のための経営をしていることになります。将来、会社が無くなってしまったら、その経営者たちがいなくなった後の今の若い従業員が全員、職を失うのですよ。だから、実は多数派のために経営しているというようなことを言っても、実はそうではないのです。自分の世代の多数派工作でしかないようなことは、やめるべきです。

いまや日本の国全体もそういう傾向があります。ただ、国は政治ですから多数決でやればいいわけですが、ビジネスは多数決ではありません。ビジネスは民主主義ではなく結果責任なのです。

それが当たり前のことだとしても、風当たりが強いから、だれも大きな声では言わないということでしょうか。

風当たりが強いということ自体、全体が駄目になっていっている最大の理由です。当たり前のことが当たり前に言えて、当たり前に実行できる社会にしない限り、日本は生き残れません。今までが幸運だっただけです。成長国でしたから。でも、この20年を振り返ってみますと、世界のトップに躍り出てしまったので、ベンチマーク(指標)がなくなってしまったのです。人と同じことをやっていれば価値を出せるという成長国の成長の仕方とは違う領域に入ったのです。2位、3位にいたら1位をまねしてればよかったのですが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で1位に躍り出てしまったのですから。

その後、振るわないのは、1位に追いつくためにやってきたやり方をそのまま踏襲しているからでしょう。1位になってしまったなら、前例がないものを創り出すクリエイティビティ(独創力)とか、全く新しい付加価値の創造といったことを常にやり続けなきゃいけないわけです。そうでなければ1位がキープできないのです。それは、よく考えれば当たり前のことですよね。

そうは言っても、日本人はものづくりみたいなものは得意だけれど、個々の技術改良にとどまらず社会システムまで変えてしまう、あるいは新しい産業をつくるとなると、どうも苦手なのではという気がしますが。

違います。苦手な人が偉くなっているだけです。例えばソニーのプレイステーションというのは世界で使われているシステムではありませんか。任天堂のゲーム機も同じです。

それらは、たまたま少数の適任者が適所にいたから可能だった、ということになるのですか。

iモードもそうです。技術力があり、お金も集まり、人間のレベルも高い。これら経営の三種の神器を備えていれば、上から押さえつけているものがないと、パッと花開くわけです。それがプレイステーションであり、任天堂のゲーム機であり、iモードです。iモードだってドコモの中でだれも認めてくれなかったから、私が勝手にビジネスモデルをつくれたのです。

それができないのは、むしろ邪魔をしている存在があるからです。だから、早く席を空けてほしいと言っているのです。今、邪魔をしているマネジメント(経営者)に。

(続く)

夏野 剛 氏
(なつの たけし)
夏野 剛 氏
(なつの たけし)

夏野 剛(なつの たけし) 氏のプロフィール
東京都立井草高校卒。1988年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、95年米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクール卒(経営学修士)。88年東京ガス入社、97年(株)エヌ・ティ・ティ・ドコモに誘われ、iモードの基本コンセプトを示す。ゲートウェイビジネス部メディアディレクター、ゲートウェイビジネス部コンテンツ企画担当部長、iモード企画部長を経て、2005年執行役員マルチメディアサービス部長、08年5月慶應義塾大学政策メディア研究科 特別招聘教授、同年12月(株)ドワンゴ取締役に就任。その他複数社の社内外取締役、アドバイザーを務める。01年5月米国ビジネスウィーク誌「世界eビジネスリーダー25人」、同年8月同誌「アジアのリーダー50人」に選出された。02年5月「ウォートン・インフォシスビジネス改革大賞(Wharton Infosys Business Transformation Award)」Technology Change Leader 賞受賞。主な著書に「i モード・ストラテジー~世界はなぜ追いつけないか」(日経BP社)、「ケータイの未来」(ダイヤモンド社)

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