インタビュー

第3回「メディカルサイエンスに重点を」(中村祐輔 氏 / 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長)

2010.02.08

中村祐輔 氏 / 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長

「オーダーメイドがん治療目指し」

中村祐輔 氏
中村祐輔 氏

がんの治療法は年々、進歩している。しかし、一方では抗がん剤が全く効かなくなり、大病院からも見放された患者の数もまた増えている。「がん難民」とも呼ばれるこうした患者たちに希望を与えることはできないのだろうか。がん細胞をつくる遺伝子を見つけ、それをもとに治療薬を開発する努力を続ける中村祐輔・東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長に新しいがん治療薬開発の見通しや、開発を妨げている問題点を聞いた。

―最先端研究開発支援プログラムに採択されなかったということですと、しばらくはその手弁当の先生方とともに臨床応用を目指さなければならないということでしょうか。

これは多分、今まで日本になかったネットワークだと私は思っています。全国で59病院の臨床の先生方が参加してくださっています。日本の臨床研究の質は低いといろいろ言われてきましたが、これだけ大きなネットワークをつくると、質の高い、数も多いレベルで科学的な評価ができます。ところが、いくら頑張っても、日本ではこうしたものに対する評価は非常に低いのです。自分たちが未経験のものに対する評価ができないのです。

ネットワークをつくったからといって、「サイエンス」や「ネイチャー」に出せるわけではありません。しかし、こういうものがあって初めて5年後、10年後に質の高い臨床研究ができるわけです。日本は、こうした仕事に対するアプリシエーション(正当な評価)が全くない国です。

―他の国ではいかがですか。

例えば、がんに対するワクチン療法については昨年9月に米食品医薬品局(FDA)がガイダンスを出しました。その中にはっきり書かれているのです。これからワクチン療法というのは、がんの再発予防にはすごく大事だ、と。同じ週の雑誌「タイム」に、これからは抗がん剤治療のように苦しんでがんを抑えるのではなくて、ワクチンのような形で再発を予防していく時代になるだろう、という記事も出ています。

―しかし、どうして米国のように日本はいかないのでしょうか。

一言でいえば学閥ですよね。患者さんが中心じゃないわけです。国として新しい医療、新しい医薬品をつくるということが非常に大事であれば、それなりの国の制度をつくったと思うのですけれども、大学の縄張り争いが優先するわけですよ。

自分が現場を回ってみて感じるのは、決して日本のお医者さんは見捨てたものじゃなく、最後まで患者さんのことを考えて頑張っている人たちはたくさんいます。それがネットワークとしてつながらない障壁がいろいろあるわけです。その一つが多分、学閥ではないか。ストレートに言うとそういうことです。

―政治家でも行政官でもいいのですが、そこを理解してシステムとしてつくっていこうという人もいなかったということですか。

いないです。ただ、研究班とかをつくっていますけれども、例えば、一緒に研究しているサロンみたいな感じになってしまっており、本当にみんなで協力して、1つのものをつくり上げるという形にはなっていないですね。

―その辺は医療の世界に限らないことかもしれないとはいえ、医療こそ本当にそういうシステムづくりが必要とされているように見えますが。

必要です。人間というのは大変、個体差があります。同じ肺がんといっても、相当な個体差がある中から意味のある答えを得るためには、かなりの臨床例が要るわけです。昨今は生物学が大事にされ、ライフサイエンスがもてはやされていますが、ライフサイエンスとメディカルサイエンスは質が違うと私は思います。ライフサイエンスというのは、端的に言えば自分たちが面白いと思っていることを好きにやっていればいいわけです。それはそれで大事なのですが、メディカルサイエンスのゴールは間違いなくベッドサイドです。

ライフサイエンスの重要性が叫ばれている間に、実際には患者さんが軽視された研究が増えて、患者を診ながら研究を進めている医師の数が非常に減ってしまっていると思います。

―臨床医師は目の前の患者を診るだけでへとへとになってしまっており、新しい治療法の開発みたいなところにとても時間が割けない状況があるという話も聞きますが。

疫学研究とか臨床研究というのはすごく時間がかかります。何年かかかって論文が1つ書ければ、という分野です。そして、最終的にネガティブな結果になると日本ではほとんど評価されません。海外なら、プロセスを含めて評価がなされますが、そうではないために、比較的時間もかからず、論文をまとめる研究に目が向きます。生物学というのは、ある方法論が確立されていたら一定の答えは出てくる可能性が高いという面があります。そして、「ネイチャー」「セル」「サイエンス」などに論文が載ると、その研究者の将来が約束されたようになってしまいます。だから、そういう方向に皆が行ってしまって、患者さんを通して医療をよくしていくという研究がすごくおろそかにされてしまった、という気がします。

―それで基礎から臨床へとつないでいく分野に研究費も何となく出なくなってしまっているということなのでしょうか。

そうです。米国を見ていると、システムとしていろいろなものが戦略的になっており、基礎の成果を臨床へ還元するための制度が比較的整備されています。日本は何かやろうとしても、すぐにお金をばらまくという形です。例えば、さっき抗体薬の話をしましたけれども、実際に患者さんに打つためには前臨床試験を別にして、作ることだけで5億円から6億円の投資が必要なわけです。これは、日本の今の研究制度では絶対できないのです。動物実験からずっと同じものを使う必要があり、患者さん数百人に打つまで同じものをまとめてつくらないと薬にならないわけですから。

ですから、新しい薬が出てきたときに、それを評価して患者さんに還元するような仕組みをつくるには基礎研究を臨床までつなげていくインフラが必要です。それが全然整備されていないんです。

―橋渡し研究の重要性については最近、あちこちで耳にしますが。

橋渡し研究と口では言っていますけれども、結局、省庁によって非常に基礎のほうに偏ったり、インフラ整備だけに利用されたり、治験に近いことを行ったりしており、われわれがやっているような本当の橋渡し研究は、そのはざまでどこにも該当しないというおかしな状況になっているのです。

(続く)

中村祐輔 氏
(なかむら ゆうすけ)
中村祐輔 氏
(なかむら ゆうすけ)

中村祐輔 (なかむら ゆうすけ)氏のプロフィール
1971年大阪府立天王寺高校卒、77年大阪大学医学部卒、大阪大学医学部付属病院第2外科、大阪大学医学部付属分子遺伝学教室を経て、84年米ユタ大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、87年ユタ大学人類遺伝学助教授、89年癌研究会癌研究所生化学部部長、94年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授、95年から現職。2005年から理化学研究所ゲノム医科学研究センター長を兼務。ブルガリア科学アカデミー会員。大規模DNAシークエンシングを行うシステムを構築し、疾患関連遺伝子の存在する領域を中心に年間3-400万塩基配列を決定し、がん、遺伝性疾患、循環器疾患、骨系統疾患、代謝異常などの発症あるいは増悪に関係する遺伝子の同定なども行っている。著書に「がんペプチドワクチン療法」(中山書店)、「これからのゲノム医療を知る―遺伝子の基本から分子標的薬、オーダーメイド医療まで」(羊土社)、「ゲノム医学からゲノム医療へ -イラストでみるオーダーメイド医療の実際と創薬開発の新戦略」(羊土社)など。

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