インタビュー

第4回「国際会議の反応に驚き」(坂東昌子 氏 / 愛知大学 名誉教授)

2009.08.13

坂東昌子 氏 / 愛知大学 名誉教授

「物理学の冒険 - 素粒子から社会物理学への思い」

坂東昌子 氏
坂東昌子 氏

いまや湯川秀樹博士と研究室をともにした素粒子物理学者は数少なくなった。そんな一人で、素粒子物理にとどまらず新しい研究分野への挑戦、さらには女性研究者の研究環境改善から、最近では若手物理学者のキャリアパス拡大支援など社会的活動にも力を注いでいる坂東昌子・愛知大学 名誉教授にこれまでの研究生活を振り返り寄稿していただいた。5回続きでお届けする。

ところで、「この仕事と今までの仕事の関係を明らかにせよ」ということと「このモデルが本当に現実を再現しているかどうかについての検討が何もない」というレフリーの指摘も当たっている面がある。なるほど。そういえば、その後の研究の動向をフォローしてないな、それに実際のデータとの付け合わせもまだしていないなあ。Transportation Scienceという雑誌も、実は再投稿する段階で調べようとしたがなかなか手に入りにくかった。でもやっぱり雑誌の性格も調べずに再投稿するなんてことは研究者にあるまじきことだ。あわてて雑誌の在処を調べた。

前に投稿したORという雑誌についていえば、名古屋大学の工学部土木工学科の図書室に2年間分だけあった。調べたが、全然こういう類の仕事に関連したものはない。むしろセールスマンの経路の取り方だの飛行機のタイムスケジュールだのというようなものが多かった。流行が過ぎて、もう古いと思われたのかな。ともかく、徹底的に調べてみることだ。やっと京都大学の工学部土木工学科の図書室でTransportation Scienceの全巻を見つけて、仲間の中西さんと調べにいった。そうしたらなんと1960年代に活躍していた名前が次々と現れた。どうやら1965年あたりから米OR学会は雑誌を2つに分けたようである。そしてOR関係のテーマはORに、輸送問題はTransportation Scienceの方に移したことが分かってきた。

何と回り道してきたことか。ともかく第1巻から現在まで約30年間の関係ありそうな論文を洗い出しチェックする作業からやり直しである。回り道であってもやはりここを通らなければならなかったのかもしれない。1994年1月、コピーした論文を分担して検討した。その結果、われわれのような考え方が決定的にこの分野では欠けていることを確認したのである。本当に残念だったのは論文がアクセプトされなかったことではない。たとえ新参者であろうとも、われわれの論文の新しい観点がレフリーに理解されなかったことである。

しかし、そのためにはレポートにあるコメントをどうしてもクリアしなければならない。この分野の人が分かる言葉で、そしてしかもわれわれの考え方が今までの扱い方に比べてより現実をうまく説明することを分からせることが必要である。それが新しい分野に参画するために払わなければならない入場料というものであろう。自分だけで満足しても仕方がない。面白い経験をしたことだけは確かで、その後、データと比較した論文や、「時間遅れ」を取り入れたと同じ効果が出てくるかどうかのチェック、そして数理解析を交えたさらに明快な説明を試みる論文など、数編の論文を出すことができた。いい勉強になった。

あれから、もう10年以上になる。一昨年(2007年10月)、交通流理論では有名なI.Gasser教授が組織したワークショップ「Traffic Flow: A Microscopic and Macroscopic Perspective」をハンブルグ大学Center for modeling and Simulationで開くので、「話をしてほしい」と招待された。ここ10年ほどニュートリノに集中して交通流から離れていたので、中山さんに「今ごろなんで来たのかな?」と聞いてみたところ、「僕も杉山さんもけっこう交通流の国際会議に出席していてみんなと知り合いだけど、坂東さんは行ったことないでしょう。僕らの模型は国際的に有名になっているので、坂東さんの顔もみたいのではないですか」と言われた。

杉山さんはこの分野ですでに国際会議も主催し、この分野の大御所になっているし、中山さん、菊池さん(阪大)、西成さん(東大)と一緒に仕事はどんどん続けておられる。最近も海外の新聞で取り上げられ「渋滞のメカニズム解明」と報じられたりしている。いい機会だ、最近始めた経済物理の仕事もまとまりつつあるので、それと一緒にして講演を組んで見たいなと思い、たった3日滞在のとんぼ返りで参加した。来年は定年だし、「最後に様子を見ようか」というわけである。

参加してみると、みなさん、われわれの模型をよく知っておられ、どの講演でも私たちの模型が引用される。しかもいろいろな形で応用されたり、模型を発展させたりしている。「あれは簡単でしかもよく合うので、みんな好きさ」とGasser博士は言う。「日本よりこちらの方であなた方のモデルは有名ですよ」などと冗談を言われた。もっとも、こういうことは、共著者の杉山さんや中山さんは、とっくの昔実感していたのだろうが、私はニュートリノの面白さに夢中になっていて、こうした国際会議に出ていかなかっただけだったのだ。この分野では、彼らはもう、リーダー役になっているのだから。

ハンブルグ大学でのワークショップ参加者、最前列中央が坂東昌子氏
ハンブルグ大学でのワークショップ参加者、最前列中央が坂東昌子氏

(愛知大学 名誉教授 坂東 昌子)

(続く)

坂東昌子 氏
(ばんどう まさこ)
坂東昌子 氏
(ばんどう まさこ)

坂東昌子 (ばんどう まさこ)氏のプロフィール
1960年京都大学理学部物理学科卒、65年京都大学理学研究科博士課程修了、京都大学理学研究科助手、87年愛知大学教養部教授、91年同教養部長、2001年同情報処理センター所長、08年愛知大学名誉教授。専門は、素粒子論、非線形物理(交通流理論・経済物理学)。研究と子育てを両立させるため、博士課程の時に自宅を開放し、女子大学院生仲間らと共同保育をはじめ、1年後、京都大学に保育所設立を実現させた。研究者、父母、保育者が勉強しながらよりよい保育所を作り上げる実践活動で、京都大学保育所は全国の保育理論のリーダー的存在になる。その後も「女性研究者のリーダーシップ研究会」や「女性研究者の会:京都」の代表を務めるなど、女性研究者の積極的な社会貢献を目指す活動を続けている。02年日本物理学会理事男女共同参画推進委員会委員長(初代)、03年「男女共同参画学協会連絡会」(自然科学系の32学協会から成る)委員長、06年日本物理学会長などを務め、会長の任期終了後も引き続き日本物理学会キャリア支援センター長に。09年3月若手研究者支援NPO法人「知的人材ネットワークあいんしゅたいん」を設立、理事長に就任。「4次元を越える物理と素粒子」(坂東昌子・中野博明 共立出版)、「理系の女の生き方ガイド」(坂東昌子・宇野賀津子 講談社ブルーバックス)、「女の一生シリーズ-現代『科学は女性の未来を開く』」(執筆分担、岩波書店)、「大学再生の条件『多人数講義でのコミュニケーションの試み』」(大月書店)、「性差の科学」(ドメス出版)など著書多数。

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