インタビュー

第2回「なぜ今リベラルアーツ教育か」(鈴木典比古 氏 / 国際基督教大学 学長)

2009.04.27

鈴木典比古 氏 / 国際基督教大学 学長

「変革迫られる大学教育 -リベラルアーツの徹底目指し」

鈴木典比古 氏
鈴木典比古 氏

少子化による大学全入時代を迎える一方で、大学で学び、身につける内容が厳しく問われる時代となっている。グローバル化で、日本の大学卒業者にも世界に通用する能力が要求されるようになった。現実は、入学試験の科目現象などで、むしろ大学入学時の学力はかつてより低下していると心配する声が高い。大学卒業者が身につけなければならない「学士力」の向上が叫ばれる中、いち早くリベラルアーツ教育の徹底という改革に手を付けた国際基督教大学の鈴木典比古・学長に、大学を取り巻く環境変化と取り組みの状況について聞いた。

―リベラルアーツ(注)というのは日本人には言葉からして分かりにくい印象がありますが。

リベラルアーツ・カレッジというのは17世紀ごろの欧米で、社会のリーダー育成を目的に設立された大学の一形態です。米国の大学教育の基礎となっており、今でも総合大学とは別のカテゴリーを形成しています。文系・理系の垣根を超えた教養教育重視のカリキュラムで、早期から専攻を固定しません。多くの卒業生がロースクール、メディカルスクールなど大学院に進み、そこで専門を深めます。少人数教育で全寮制が多いという特徴も持ちます。

米大学協会(AACU)によると、米国の21世紀高等教育の大原則はリベラル教育の徹底により、自然と社会に関する知識と研究手法、技能さらに市民としての社会的責任感を身につけた人材を育成・輩出することだ、としています。ここで日本では大いに誤解されているのが、リベラル教育です。リベラル教育とは特別な科目やプログラムを指すのではなく、教え方と学び方、特に後者が重要なのです。ですからリベラルアーツ・カレッジだけができるということではなく、大規模な大学でも実施可能な教育法なのです。

国際基督教大学は、1953年の開学以来、一貫してリベラルアーツ教育を旗印にしてきました。教養学部1学部制で1学年620人という少人数教育、日英両語を公用語として、学問分野の境界を超えた知識の探求、学生の自律的な学修という教育方式をとり続けています。

―昨年度から、これまでの考え方をさらに徹底させる新たな制度改革を実施しましたね。

リベラルアーツ教育というのは、一般教育から始まる広い学術基礎に基づく専門教育です。これまでも学科の壁を越えて自分で自由に学ぶ科目を選ぶことができましたが、この広くて深いという特徴をさらに徹底させ、専攻の選択をさらに柔軟にするため、それまであった6学科を廃止しました。従来学生は6学科のどれかに決めて入学していたのが、これからは入学前に専攻を決める必要はなく、31のメジャー(専修分野)から自分の興味のある科目を履修しながら、2学年の修了時に専攻を決めます。学生がやりたいことができる、というのが主旨ですから、各メジャーに定員はありません。特定のメジャーに集中してしまったから一部の学生にはほかのメジャーに回ってもらうということはせず、希望者はそのメジャーが全員引き受けるのが原則です。ただし、このメジャーを選ぶならこの科目とこの科目は受講しなさい、という程度のしばりはありますが。

専攻を決める段階でも、改革のポイントがあります。一つのメジャーを選ぶのももちろんいいのですが、2つのメジャー、例えば経済学と音楽を専攻としたいということもできます。この場合、両方とも同じ比重で履修する「ダブルメジャー」でもいいし、経済学を主にして、音楽は従という「メジャー、マイナー(主専攻、副専攻)」型で履修する選択肢もあります。

こうした新しい制度が効果を挙げるように、従来からある専任教員によるアドバイザー制に加え、学生主体のアカデミックプランニングを全学的に支援するためにアカデミックプランニング・センターを新設しました。メジャー制度の周知徹底から個別の相談、助言などにも十分に対応できるよう手当を講じています。

  • (注) リベラルアーツ
    中央教育審議会の「学士課程教育の構築に向けて」の用語解説には次のように書かれている。「リベラルアーツの起源は、古代ローマにおける自由(liberal)市民に必要な学芸(arts)としての言語と数学系の諸科にあり、生産階級である奴隷(servile)の技芸(arts)に対していった。それは、中世のヨーロッパ大学において、文法・修辞・論理の言語系3学(trivium)と算術・幾何・天文・音楽の数学系4学(quadrivium)の7自由学芸として哲学(学芸)部に定着し、特定の職業からの拘束を受ける神・法・医の専門職学部の諸学芸に対して自由な学芸とされ、また一方でそれらの教育のための基礎学芸と位置づけられた。近代のそれはアメリカの大学で確立した概念で、自由人に相応しい、特定の職業のためではないない、一般的な知力を開発する学芸を意味し、言語・数学系の諸科と人文科学、社会科学、自然科学の諸学芸を指す。これらの諸科は学芸(文芸)科学学部(faculty of arts (letter)and sciences )等を構成し、古典的な神・法・医及び近代的な工、農、経営、教育等の専門職学部(professional schools)における職業系諸科に対する。一部に、近代科学とその生み出す技術(science and technology)の知を別種のものと見て、それらを除いた諸科をリベラルアーツとみる向きもある。なお、リベラルアーツは教養と訳されるが、教養の英訳がカルチャーつまり文化一般であるのに対して、リベラルアーツはディシプリン(方法)を持った諸科目であり、リベラルアーツ・カレッジにおいても、一般教育に加えリベラルアーツ分野の専攻の学習が課されるのが通常である」

(続く)

鈴木典比古 氏
(すずき のりひこ)
鈴木典比古 氏
(すずき のりひこ)

鈴木典比古(すずき のりひこ) 氏のプロフィール
1945年生まれ、68年一橋大学経済学部卒業、72年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、78年米インディアナ大学経営大学院博士課程修了、経営学博士(DBA)、ワシントン州立大学経営学部助教授(国際経営・国際マーケティング)、82年同大学准教授、82年イリノイ大学経営学部助教授、86年国際基督教大学社会科学科准教授、90年同大学国際関係学科教授、92-93年ワシントン大学経営学部客員教授、95年国際基督教大学国際関係学科長、2000年同大学学務副学長、04年から現職。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、同大学評価委員会委員長なども。「多国籍企業経営論」「日本企業の人的資源開発」「企業戦略と国際関係論」など著書多数。

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