「社会の期待にこたえるアカデミーに」
持続可能な社会、持続可能な地球をつくるために、知を再構築し幅広く活用することが強く求められている。科学者の役割が一段と高まっている時代と言える。「社会のための科学」を明確に打ち出した「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」(ブダペスト宣言)が、世界科学会議で採択されて今年はちょうど10年目にあたる。日本の科学者を内外に代表する機関である日本学術会議は、アカデミーに対する国民の期待にどのようにこたえようとしているのか。金澤一郎・日本学術会議会長に聞いた。
―アカデミーがあまり影響力を持つのもどうか、というお考えかと思いますが、いやもっと大きな力を、と期待する声もあるかと思います。その前提となる財務基盤はいかがですか。
日本学術会議の年間予算は13億円です。ある新聞社の記者がコラムに書いてくれたのを読んだら、全米科学アカデミーとは二桁違うというんですね。全く知らなかったのでショックを受けました。ただ、これは難しい問題で、もっとお金を寄越せと言えば、どこかが減ることになります。無駄を省けという時代に、ぶんどり合戦になってしまいます。
一つ考えていることは、日本学術協力財団(注)に協力していただくことです。予算がないので地区での会議を減らすなどといった事態になっているのですが、財団から地区会議の費用を出してもらっても減らすべきではないと思います。もっと多くの学術会議会員(210人)や連携会員(2,000人)に財団の賛助会員になってもらい、財団から支援を受けるという形ですから不可能ではないと思います。本当は、政府に予算を増やしてほしいのですが、それができないならどこからか持ってくるほかありません。企業が財団に多額の寄付をしてくれるようになればありがたいのですが、まずは隗(かい)より始めて財団を豊かにするのが必要でしょう。学術会議内には、本来の学術会議の活動を財団に肩代わりさせるのはおかしいのでは、といった声や、財団が学術会議のトンネル機関では、と批判されるのを恐れる声もあります。しかし、財団からの支援が駄目だという国民はいないと思っています。
―学術のために使うお金ですから、財団との関係をとやかく言われる心配はないように思いますが、それより政府からいろいろな受託を受けて、その受託費用を大きな収入源にするという形にはならないものでしょうか。全米アカデミーはそうだと聞いています。その前提としては、今のように各省がそれぞれ審議会を持ち、個別に研究者たちを集めるやり方ではなく、学術会議が諮問や審議委託を受ける形に変えないといけないでしょうが。
これも難しい問題ですね。学術会議ができて今年で60年になりますが、発足当初、当時の文部省は、文教予算の配分を学術会議に任せたのです。その後、文部省の下に学術審議会ができ、学術会議と文部省も仲違いしてしまったわけですが、まさに当初は予算の配分という大きな任務まで学術会議が引き受けていたわけです。いろいろな審議会ができてきたのも予算の配分権が学術会議から離れたころからです。今さまざまな審議会が果たしている役割は、学術会議が引き受けるのが本来の姿だとは思いますが、まあ、これは鶏が先か卵が先かという話になります。いま、すべて学術会議にやってほしい、そのための予算も付ける、と言われたら対応できないでしょうね。相当大変な作業になりますから。
ただ、少なくとも一つの省の議論では収まらない話が増えているのは事実です。昨年8月の「生殖補助医療をめぐる諸問題に関する審議依頼についての回答」など、まさにその例といえます。法務大臣、厚生労働大臣からそれぞれ審議依頼を受けて討議しましたから。また2006年に国土交通大臣から「地球規模の自然災害の変化に対応した災害軽減の在り方について」諮問を受け、翌2007年5月に答申を国土交通大臣に手渡しました。
こうした諮問や審議依頼が各省から来るようになったのは、黒川清・前会長の時からで、農林水産大臣から「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について」諮問があり、2001年11月に答申しています。その後、水産業と漁村について同様の諮問があり、これも2004年8月に答申しています。
現在、取り組んでいるものには、文部科学省高等教育局長からの「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議依頼」があります。大学卒業者ならどういうリテラシーも持つ必要があるのか、それを保証するコアカリキュラムを検討してほしいということです。これはなかなか大変なテーマです。
このように黒川先生の時に始まった政府からの諮問、審議依頼は増えつつあるのが現状です。われわれも実りある議論をしているわけですから、それを実現させる努力もしようと思っております。答申、提言などを出しただけで終わりにしないで、それらを実現させるために、検討した委員会や分科会の責任においてできる限りフォローアップしようではないか、それが、今、学術会議内の合い言葉になっています。
- (注) 日本学術協力財団
日本の学術の発展や科学に対する意識の向上、また、日本の学術研究が国際的により重要な役割を果たすことなどを目標として1986年に設立された。 学術普及図書や月刊誌『学術の動向』の出版や学術交流などの事業収入と賛助会員会費が主な収入。一般会員の年会費は1万円。2007年度の収支計算書によると賛助会員会費収入は約1,600万円。
(続く)
金澤一郎 氏のプロフィール
1967年東京大学医学部卒業、74年英国ケンブリッジ大学客員研究員、76年筑波大学臨床医学系講師、79年同助教授、90年教授、91年東京大学医学部教授、97年東京大学医学部附属病院長、2002年東京大学退官、国立精神・神経センター神経研究所長、03年国立精神・神経センター総長、06年から現職(08年10月再任)。総合科学技術会議議員。02年から宮内庁皇室医務主管。07年から国際医療福祉大学大学院副大学院長も。専門は大脳基底核・小脳疾患の臨床、神経疾患の遺伝子解析など。