インタビュー

第4回「発展シナリオを国際共同研究で」(井上孝太郎 氏「動き始めた科学技術外交」 / 科学技術振興機構 上席フェロー(地球規模課題対応国際科学技術協力事業担当))

2008.12.12

井上孝太郎 氏「動き始めた科学技術外交」 / 科学技術振興機構 上席フェロー(地球規模課題対応国際科学技術協力事業担当)

「動き始めた科学技術外交」

井上孝太郎 氏
井上孝太郎 氏

日本の科学技術力を人類が直面する課題の解決に活かし、同時に日本の国際的地位の向上も図ることの重要さが叫ばれている。総合科学技術会議が重要目標のひとつとして新たに打ち出した「科学技術外交」の有力な具体策といえる、新しいプログラムが今年度から始まった。科学技術振興機構が国際協力機構(JICA)の開発途上国に対する政府開発援助(ODA)と連携して進める地球規模課題対応国際科学技術協力事業である。この事業は、単なる技術支援ではなく、国際共同研究によって課題を一緒に解決しながら開発途上国の科学技術の向上と自立も支援するという考えによる。このプログラムを先導する井上孝太郎・科学技術振興機構上席フェローに事業の狙いと概要を聞いた。

―このほかに防災と感染症分野の採択課題があるわけですね。

防災の分野では「ブータンヒマラヤにおける氷河湖決壊洪水に関する研究」(研究代表者・西村浩一・名古屋大学大学院教授、国内共同研究機関、海洋研究開発機構、宇宙航空研究開発機構など12機関、相手国研究機関、ブータン王国経済省地質鉱山局)と、「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」(研究代表者・佐竹健治・東京大学 地震研究所教授、国内共同研究機関、東北大学、名古屋大学、京都大学、アジア防災センター、相手国共同研究機関、インドネシア科学研究院、バンドン工科大学など5機関)、「クロアチア土砂・洪水災害軽減基本計画構築」(研究代表者・丸井 英明・新潟大学災害復興科学センター教授、国内共同研究機関、特定非営利活動法人 アイシーエル、京都大学、相手国共同研究機関、スプリット大学、リエカ大学、ザグレブ大学)の3課題が採択されました。

感染症分野では「デング出血熱等に対するヒト型抗体による治療法の開発と新規薬剤候補物質の探索」(研究代表者・生田和良・大阪大学微生物病研究所教授、国内共同研究機関、大阪大学、国立感染症研究所、株式会社 医学生物学研究所、相手国研究機関、タイ保健省医科学局)と、「結核およびトリパノソーマ症の新規診断法・治療法の開発」(研究代表者・鈴木定彦・北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター教授、国内共同研究機関、ザンビア保健省、ザンビア大学)の2課題です。

初年度の条件付き採択課題は前にお話した環境・エネルギー分野を含め総計12件で、共同研究する相手国を地域別で見るとアジア6件、アフリカ3件、その他、南アメリカ、東欧、南太平洋地域がそれぞれ1件ずつとなっています。

―これから、毎年、新たな課題が追加されていくということですが、この国際協力事業を今後どのように軌道に乗せ、発展させていくのでしょう。

当面は、研究者、政府関係者の意見や要望を聞いたり、研究の推進状況を見たりしながら現在構築した事業をより充実したものにすることを優先します。良い課題が数多く提案され、研究者が力を発揮し、日本および相手国の双方にとって良い成果を出すことが重要です。国内外の状況を良く把握するようにしたいと思います。

次のステップとして、地球規模課題の解決に向けて領域や分野の拡大も考えます。また、マッチングファンドによる共同研究に展開するということも考えています。日本だけがお金を負担するのではなく、先方の国にも出してもらう形です。現在でも相手国の研究者が大学や国立研究機関の人であれば給料はそれぞれの機関が払っているわけですから、すべて日本持ちではありません。ただ、できるだけ相手国でも研究設備を買う、研究費も出すという形が望ましいと思っています。自分たちも大きな負担をするとなれば、より真剣になりますから。

ODAの対象国ではありますが、ブラジル、タイ、インドネシアといった国は、マッチングファンドに移して行ける課題もあるのではと考えています。もちろん、各国の状況やテーマによって使い分けることになるでしょうが。

それぞれの共同研究課題は3年から5年程度続けます。その時点で実用レベルに達すればそれはそれでよいわけですが、終了後さらに継続・発展すべき課題もあり得ます。その時点で、マッチングファンドにすることを検討してもよいのではないか、とも考えています。そもそもこの事業はODAと組み合わせて実施しますが、当初からひとつの課題の中でODAとして支援する部分と自国で負担する部分があってよいことになっています。

また、初年度の課題は、すべて相手国は1国としました。しかし、多数国間の共同研究があってもよいと思います。地球規模の課題の多くは国境などないからです。環境・エネルギー問題にしろ感染症にしろ広い地域で起き、解決策も共通なものが多いのです。多国間の共同研究課題にした方が効率の面からも成果を普及する意味からもよいわけです。2001年度からは、日本が扇の要のようになった複数国との共同研究を取り入れましたが、ぜひ強化していきたいと考えています。09年度の採択課題の応募を最近締め切りましたが、初年度を大幅に超える応募がありました。この中に複数国と一緒に進めたいという課題の応募も何件かあります。

事業のそもそもの目的は、地球規模の課題に対し、途上国と協力して解決策を探ろうというものです。外務省・JICAのODAと連携する形でスタートしましたが、これは、科学技術の強化と外交への活用という国の方針に合致し、また、現地の研究活動の支援や開発途上国のニーズの把握から成果の社会還元に至るまでの大きな力になっています。この枠組みを大切にしながら、将来はさらに活動を広げること考えています。

競争的資金での研究は単発的な課題の寄せ集めになりがちですが、きちんとしたシナリオを作りその上に積み上げていく、つまり課題解決のための研究、方法の階層化を図ることも重要です。まず、多くの国ときちんとしたビジョンを共有し、それに基づいたシナリオを国際共同研究で作成し、そのためには何を成すべきかを一緒に考えるということです。例えば、「サステナブル・アジア」、つまり持続可能なアジアをつくるにはどうするかといった発展シナリオを発展途上国の人たちと一緒に研究し、それをベースに個々の研究課題の優先付けをするような仕組みです。

こうした発展シナリオをつくるにはこれまでのような理系中心、ハード主体の研究だけでは駄目です。科学的知見がベースになければなりませんが、社会学者や政策関係者を入れた総合的な研究が必要だと考えています。また、研究成果を誰でもいつでも使えるように整備したり、関係する多くの研究機関と継続的に連携したりしていくことも重要です。発展シナリオなどの研究、地球規模課題に関する情報ネットワークの運営、諸機関との連携などは、科学技術振興機構にセンターのようなものを設けて行うのがよいのではないでしょうか。

科学技術外交の重要性が最近叫ばれています。日本の科学技術を外交に活用するのは、重要なことだと思います。一方で、地球規模課題の解決に資する科学技術の研究開発は地道で長時間を要するものが多く、長期のポリシーとそれを支える仕組みが当然、必要です。開発途上国の人たちとともに地球規模の課題を解決するための科学技術を開発し、さらにそれらをグローバルスタンダードに育て上げる。それが私の夢です。

(完)

井上孝太郎 氏
(いのうえ こうたろう)
井上孝太郎 氏
(いのうえ こうたろう)

井上孝太郎(いのうえ こうたろう)氏のプロフィール
1964年東京大学工学部機械工学科卒業、(株)日立製作所 入社。同社エネルギー研究所副所長、機械研究所所長、研究開発本部兼電力・電機グループ技師長などを歴任。2003年8月科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェローとして環境・エネルギー、安全・安心、産業技術、先端計測などの研究開発戦略策定を担当。08年4月から現職。05年4月東京農工大学大学院(技術経営)教授、07年4月から同客員教授も。日本学術会議連携会員、日本工学アカデミー政策委員、日本機械学会フェロー。工学博士。最近の論文としては、「持続可能な社会に向けて」(オーム誌2008年5、6月号)など。

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