インタビュー

第2回「日本のリーダーシップ確保にも貢献」(井上孝太郎 氏 / 科学技術振興機構 上席フェロー(地球規模課題対応国際科学技術協力事業担当))

2008.11.28

井上孝太郎 氏 / 科学技術振興機構 上席フェロー(地球規模課題対応国際科学技術協力事業担当)

「動き始めた科学技術外交」

井上孝太郎 氏
井上孝太郎 氏

日本の科学技術力を人類が直面する課題の解決に活かし、同時に日本の国際的地位の向上も図ることの重要さが叫ばれている。総合科学技術会議が重要目標のひとつとして新たに打ち出した「科学技術外交」の有力な具体策といえる、新しいプログラムが今年度から始まった。科学技術振興機構が国際協力機構(JICA)の開発途上国に対する政府開発援助(ODA)と連携して進める地球規模課題対応国際科学技術協力事業である。この事業は、単なる技術支援ではなく、国際共同研究によって課題を一緒に解決しながら開発途上国の科学技術の向上と自立も支援するという考えによる。このプログラムを先導する井上孝太郎・科学技術振興機構上席フェローに事業の狙いと概要を聞いた。

―政府開発援助(ODA)に対しては、いろいろな議論があり、この10年で予算が4割も減っている現実があります。新しい国際科学技術協力事業が生まれた経緯を伺います。

戦略イニシアティブ「アジアの発展シナリオと基盤技術」で提言したのは第1に「発展シナリオの研究」です。これは、それぞれの国や地域に適し、かつ世界全体として持続可能な産業形態、資源循環、エネルギーシステム、都市計画、交通体系などの社会・経済発展シナリオをつくる研究です。各国の合意形成が特に重要で、各国が共同して行う必要が高い研究と言えます。

第2は、「生物資源・生態系サービスの高度利用技術の研究」です。アジア諸国の多くは豊かな生物資源・生態系を持っています。それらの生物・生態系の機能、質、量を理解、把握し、その保全と高度利用技術の研究を進めることは当該国はもとより、日本さらには世界全体にとっても大きな魅力です。早急に共同研究、共同開発するのが望ましく、欧米諸国や中国はすでにアジア諸国との共同研究を強化しています。

第3は「省資源・環境負荷ミニマム型産業・社会インフラ技術の研究」です。それぞれの地域に適した微生物や高分子膜を利用した下水・排水処理、再循環利用、都市や工場あるいは農林・畜産・水産などの廃棄物の処理・再資源化技術、さらにはバイオマス高度利用など石油代替技術の研究などが考えられます。日本は世界に誇る環境負荷低減技術を持っており、市場としても大きなアジアの国々とこれらの技術を共同研究、開発し共有することは日本の産業競争力強化にもつながります。

第4は、「生態系機能などを利用した環境保全技術の研究」で、生物・生態系の浄化・調節機能を利用し、各地域に適した低コスト・省資源の大気、水、土壌の有害物質無害化や、植林・緑地化による保水・土壌浸食防止技術の研究などが考えられます。これも豊かなアジア諸国の生物資源・生態系を活用するもので、さまざまな環境汚染を引き起こして、自国の生物・生態系を脅かしているアジア諸国と、その影響が及んでいる日本の双方に意義のある研究と言えます。 

このほか「精緻な環境アセスメント技術の研究」や「技術のスタンダード化の研究(アジアン・スタンダード)」の重要性も挙げています。

いずれも共同研究によってお互いの知識、技術、資源を理解、活用し、技術の向上と人材を育成することがアジアにおける日本のリーダーシップ確保にも大きく貢献すること、また、研究や人材育成の成果が形になり、定着するには10-20年を要することを指摘し、各国の合意形成と組織的・継続的推進が必要であることを強調しています。

これらの考え方は、2006年にスタートした第3期科学技術基本計画にも盛り込まれています。

また、2005年度から3年間、振興調整費を受けてアジア科学技術フォーラムとアジア科学技術セミナーを開催することができました。前者は国内で開催し、国内外の政府関係者や有識者により科学技術政策や国際協力の枠組みなどを、後者は海外のアジア諸国で開催し、有力な研究者により具体的な研究課題やその推進方法などをそれぞれ話し合う場です。これらによって、アジア諸国が協力すべき研究分野・領域・課題およびそれらの推進方法についての共通認識が深まりました。

―この考えが、最終的にアジアだけではなく開発途上国全般を対象とし、課題も環境・エネルギーに限らず防災、感染症まで含めた国際科学技術協力事業になるにはどのような経緯があったのでしょう。

科学技術外交が必要だという考え方を総合科学技術会議が打ち出したのを受けて、昨年初め、文部科学省と外務省の話し合いが行われました。外務省にはODAを立て直したいという思いもあったのでしょう。

科学技術振興機構(JST)では、当時国際部長から研究開発戦略センターの事務局長に移ってきていた寺沢計二・参事役が中心になって昨年の春ごろから新事業の具体的な検討を始め、2008年度の概算要求に盛り込むことができました。その概算要求作成の過程で、文部科学省、JST、外務省、国際協力機構(JICA)らの幹部や担当者の話し合いが行われ、対象とする国の範囲や課題、予算規模、JICAの政府開発援助(ODA)とJSTの事業の連携の仕組みなどが話し合われました。

その結果、この事業はニーズが多くあり成果も期待できるので、対象国は、すでにマッチング・ファンドでの共同研究が本格化している中国を除くODA対象国142カ国とし、共同研究の範囲を、環境・エネルギーのほかに、開発途上国のニーズがあり、共同研究の成果も挙げられると予想される防災と感染症対策とを加えた3研究分野でスタートすることになりました。これらの分野は、アジア科学技術フォーラムやセミナーでも取り上げられていたものです。いずれも開発途上国とウイン-ウインの関係が築きやすいなど性格も似ており、同時にスタートできて良かったと思います。

(続く)

井上孝太郎 氏
(いのうえ こうたろう)
井上孝太郎 氏
(いのうえ こうたろう)

井上孝太郎(いのうえ こうたろう)氏のプロフィール
1964年東京大学工学部機械工学科卒業、(株)日立製作所 入社。同社エネルギー研究所副所長、機械研究所所長、研究開発本部兼電力・電機グループ技師長などを歴任。2003年8月科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェローとして環境・エネルギー、安全・安心、産業技術、先端計測などの研究開発戦略策定を担当。08年4月から現職。05年4月東京農工大学大学院(技術経営)教授、07年4月から同客員教授も。日本学術会議連携会員、日本工学アカデミー政策委員、日本機械学会フェロー。工学博士。最近の論文としては、「持続可能な社会に向けて」(オーム誌2008年5、6月号)など。

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